第11話 ヤンデレ幼馴染みときつね耳の少女
俺たちはなんとか獣の村での一件を解決して、解放された村民からの歓迎ムードの中にいた。
「依頼もちゃんも達成したし、街に戻ろうよ」
りんぜがニワトリック退治の依頼が書かれた紙を見せてくれる。確かに、退治したと認められるだけの数討伐がなされたと記されていた。
「あぁ。達成してくれてありがとな」
「えへへ、だって圭くんのためだもん」
嬉しそうに笑ってくれるりんぜ。
シャフリマとの勝負にも勝ってくれたわけだし、俺なんかのために頑張ってくれるりんぜにはちゃんと感謝しなければならない。
「オレからも感謝する。魔物を引き受けてくれたおかげで、オレたちはこっちの問題に集中できたからな」
レイジはそう言うと、なにかの袋を俺に渡してくる。ずっしりと重く、中身を覗くと、なにやらお肉らしい。
「村の人々からのお礼で、ニワトリックの肉だそうだ。街に戻ったら、ゆっくり食べて休むといい」
魔物のお肉なんて食べられるのだろうか、と思ったが、鶏も蛇も淡白な味だとよくいうから、きっとそういう味がするんだろう。ありがたくもらっておくことにする。
レイジはというと、もうしばらくこの村に滞在してから、再び王になるための旅に出るそうだ。
またどこかで、と挨拶を交わして、俺たちはレイジと別れることにする。
りんぜを連れて、シャフリマたちとともに再び船に乗る。
来た時と人数は変わらないのに、見る限りみんなの顔つきが違っていて、島での一連の出来事はなかなかの事件だったのだと改めて思った。
「シャフリマたちはこれからどうするんだ?」
勇者認定試験に参加するには四人パーティでなければならない。
ジャリルが捕まり、あの青年が村に残ったことで、船に乗ったのはシャフリマと少女だけだ。これからの身の振り方は考えているのだろうか。
もしまたパーティ仲間を探し直すというのなら、俺とりんぜをあわせればちょうど四人になる。悪い話ではないはずだ。
しかし、シャフリマはため息をひとつついた後、視線を落としてこう言った。
「わたくしは冒険者を辞めます。そこの彼女には助けられ、ジャリルの本性も見抜けなかった。実家で修行し直さないといけませんわ」
彼女は気に障ったというだけで俺たちの冒険を邪魔しようとした人物だけれど、そこまで多大な影響を被ったわけでもない。
会ってすぐだとしても、こうして言われると少し寂しいものだ。
だが、それがシャフリマ自身の考えだというなら、無理に止めることもない。
俺はそうかと頷くと、続けて少女のほうに視線をやった。どうやらなにか言いたいことがあるようで、シャフリマが彼女に話すよう促している。
はじめは少女も恥ずかしそうにしていたが、やがて心を決めたのか、俺たちのほうをまっすぐに見た。
「あ、あの。もし迷惑じゃなかったら、私を圭さんたちのパーティに加えていただけないでしょうか。
私、この目で見てみたいんです。自分の故郷も、広い世界も」
その申し出は、俺にとっては嬉しいものだった。
勇者認定試験を目指している以上四人集めなければならないし、彼女の特技は回復魔法だ。怪我と隣り合わせの冒険者には、回復役は欠かせないだろう。
それに何より、大きな三角耳のかわいらしい美少女が同行してくれるのは、幸せ以外のなにものでもない。俺は大歓迎だ。
すぐさま肯定で快く答えようと、俺は口を開いた。その瞬間、発言を遮るようにりんぜがずいと前に出てくる。
「ねぇ。私たちと一緒に行きたいって、本当?」
りんぜの問いに、少女は頷いて答えた。
これは、なにかまずい予感がする。
よく考えなくてもそうだ。俺の情報はなんでも握っていたい彼女のことだから、他の女の子の同行は許さないとか言い出してもおかしくはないかもしれない。
警戒しながら、息を飲んでふたりの様子を見守る。視線どうしがぶつかって、空気が張り詰める。
そして、静寂を破ったのはりんぜの方だった。
「あぁんもう、我慢できない! もふもふ、させてもらっちゃうね!」
ついに痺れを切らして、彼女は少女に襲いかかった。
両手は彼女の髪を撫で、ふかふかとしたその感触を確かめるように動き、表情がゆるんでいく。少女は抵抗する間もなくその大きな耳を触られて、くすぐったそうにしていた。
……どうやら心配は杞憂だったらしい。確かにりんぜは動物が好きなほうだったし、家ではペットを飼っていたと聞いたことがある。
少女を前にして、ふかふかの毛皮を味わう欲求に駆られたのだろう。なんのことはない。
「こんなにかわいくてもっふもふの子が一緒に来てくれるなら、私はとっても嬉しいな」
「お、おう。とにかく、俺たちは歓迎するよ」
触り心地が気に入ったのか、少女の耳から手を離そうとしないりんぜ。
少女にとってもこっちの方が重要なので、触られていることには言及せず、かわりに目をらんらんと輝かせた。
「本当ですかっ、ありがとうございます……!」
かくして、俺たちの旅には獣耳の少女が加わることになったのである。
これからよろしくの意味を込めた握手を交わし、りんぜもそれに続く。
「よろしくね、えーっと……そういえばお名前聞いてなかったね。なんていうの?」
りんぜに名前を聞かれて、少女は首を振る。獣の種族はみな一人前と認められるまで名前を与えられないという説明をして、りんぜもそうなんだと頷く。
名前がないのは不便だが、そういう文化だから仕方ないのだろう。
そんな中、あるとき会話へシャフリマが割り込んで、少女のことを指差して口を開いた。
「ひとついいかしら。獣族の一人前の条件は、自分のことは自分で決めること。あなた、もう自分自身で未来を決めたんじゃなくって?」
確かに彼女は、誰にも支配されず自らの道を歩むのだと決意した。あのとき、ジャリルに向かっていったのは覚悟があったからだ。
俺たちについていきたいと思ったのも、誰かに命じられたことじゃない。
だったら、彼女はもうとっくに一人前になっている。
「だったら、ここにいる私たちで命名式にしない?」
「だな、主役もそれでいいか?」
そう話を振られて、少女は戸惑ってみんなの顔色を窺い、それから首を縦に振った。
彼女にとって名前とは憧れていたもので、突然その憧れが報われるとなれば、戸惑うのも仕方がないだろう。
「あの、わ、私なんかがそんな認めていただけるなんて本当、あの、なんといいますか……そ、その、お願いしますっ!」
うまく言葉がまとまらない様子で、彼女は深々と頭を下げる。女の子の名付け親になるだなんて、責任重大だ。
「せっかくだから、かわいい名前にしなきゃ。うーん、圭くんが好きなもので、名前によさそうなのは……」
そこで俺の好きなものという条件が出てくる理由は不明だが、りんぜは少し考えた後になにかを思いついたらしい。口を開く彼女に、その場の全員の視線が集まる。
「じゃあ、『モンブラン』ちゃんなんてどう? ね、かわいいでしょ!」
彼女が挙げたのは、ケーキの名前だ。いや、というより、たぶんウチで飼っていた犬の名前がモンブランだったからだ。
俺としては、馴染みはあるものの、愛犬のことをつい思い出してしまう名前である。
その名前を提案された本人は噛み締めるように何度も復唱し、徐々に表情を綻ばせ、最後には満面の笑みで俺たちに感謝を述べてくる。
その「ありがとうございます」はとても眩しく、彼女は心の底から嬉しがってくれているようだ。
「よろしくな、モンブラン」
「はいっ!」
少女、モンブランの耳はぴんと立ち、ふさふさのしっぽは全力で左右に振られている。
その愛らしい姿は、これからの冒険に安らぎをもたらしてくれるのだろう。