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第10話 革命の獅子心、王の戦い

 屋敷へと向かったレイジ。そこで待っていたのは、小太りの男性と、明らかに正気を失った瞳の使用人たちであった。


「待ってたよ、旅人くん。おじさんたちのことを嗅ぎ回ってたらしいじゃないか。

 ジャリルくんたちが始末したと言ってたのに、よく生きてたねえ」


 彼女らはみな獣族であり、いずれもいわゆるメイド服を着せられた少女ばかりだ。主によってこのような状態にされてしまったことは明白であり、レイジは心が傷んだ。


「オマエを倒す」


 男性を睨みつけると、彼の指示でメイドたちが前に出る。彼女たちは四人で彼を取り囲み、守っているらしい。


「ここを通してくれないか。オレたち獣を解放するため、オレはここにいるんだ」


 語りかけようとしても、返ってくるのは唸り声と威嚇ばかり。とても話が通じるとは思えない。

 無視して進もうとレイジが一歩踏み出すと、今度は威嚇どころではなく鋭利な爪が襲いかかってきて、しかも明らかに首を狙っていた。


「戦うしかなさそうだな」


 レイジは手加減というものが苦手なのだが、この際仕方がない。

 彼女たちを気絶させるしかないだろう。


 まずは一人、最も近くにいた者から止めると標的を定めた。威嚇してくるのにも構わず進んでいくと、彼女は迷わず首を狙ってくる。

 レイジが打ち込むのは、攻撃を仕掛けてくるその瞬間に生まれる隙にである。懐に爪を滑り込ませ、お腹になるべす優しい衝撃を与えようとした。


 だが、その攻撃は優しすぎた。加減のあまり緩慢になった拳をかわし、彼女の爪がレイジに突き立てられたのだ。

 そのまま彼の身体を抉り、首筋に大きく真っ赤な傷跡ができてしまう。

 さらには、周囲で様子を見ていたほかの三人もいっせいに襲いかかってくるようになり、一気に群がられてはレイジも脱出できそうになかった。


 メイドたちの攻撃は苛烈であり、一心不乱に引っ掻いたり突き刺したりを繰り返してくる。振り払おうにも敵は何人もおり、うまく身動きがとれない。

 時には牙もレイジを傷つけ、彼の毛皮は彼自身の血に染まる。


 男性はこれでレイジが死んだとみなし、邪魔者の始末を終えたも同然だと思ったようだ。にたりと笑い、メイドたちにとどめを刺すように指示を出す。


「やれ、殺してしまえ!」


 頸動脈が切り裂かれ、普通の人間であれば間違いなく死んでいるような血液の噴水が起こる。

 しかし、レイジの身体は脱力などはせず、よろめく様子はありつつもそのまま立っていた。


「残念だったな。オレはここじゃ死なないんだ。なぜなら、オレは王になるからだ」


 血まみれの少年は、いまだに凶暴化した者達に組みつかれていながらも、余裕の笑みを浮かべていた。

 彼が続くなにかの詠唱を口にし始めると、瞳にある爪痕の紋章が光を放ち、周囲から錆色の煙として力が集まり、彼の身体を修復しはじめる。


「鏡像の先、邪悪の果てに顕れる十の天球よ。彼の大樹は根より出で、地に枝を広げ、殻を破りて悪徳を綴る」


 錆色の煙とは力の流れであり、それは本能的な恐怖を味わわせる。まとわりつく者達は自ら離れ、眺める者は一歩後ずさる。


 少年の身体はただ治っていくだけでなく、変わっていった。

 血に染められていた毛皮は漆黒となり、彼の身体のほとんどを覆う。

 爪や牙は鋭く刃となり、彼に戦うための武器を与える。


「捧げるは我が身、喚ぶは獣の魔王。忌々しき魂よ、此処に来たりて我が剣とならん」


 瞳の紋章をひときわ強く瞬かせながら、レイジは身体になにかを宿し、自らの力とする。

 それは強大な原初の力を持つ古の王の魂へのアクセスであり、並大抵の人間が行えることではなかった。


「さぁ、続きをやろうか」


 より大きく鋭くなった爪を構えつつ、メイドたちへ眼光を向ける。

 そして深く息を吸い込むと、魔力の塊を咆哮というかたちで放出し、衝撃波を放つことで咄嗟の防御を誘った。


 主である男性はよろめき、転がる。脂肪のおかげで気絶ですんでいるようだが、動かなくなった。

 メイドたちは自らの顔を覆い隠して防御行動としたが、それは視界を塞ぐことになり、レイジが動くだけの隙が生まれてしまう。


 少年は隙を逃そうとはしない。

 懐へ潜り込むように踏み込み、顎めがけて頭突きを叩き込んで、まず一人目が倒れる。

 そうして脱力した彼女を投げ飛ばし、二人目に激突させて動きを封じると、その間に三人目を狙って駆け出した。

 彼女には鳩尾への肘打ちで意識を失わせ、これでふたりは無力化に成功した。


 続けて、レイジは四人目が駆けてくるのを待った。狙うのは、相手がじゅうぶんに接近し、攻撃の体勢に入った瞬間だ。

 その場で地面を踏みつけることで衝撃を飛ばし、防御の間に合わなかった彼女はまともにダメージを受け、呻きながら気を失う。


 残ったのは、気絶した者と激突し、時間を稼がれていたひとりのみとなった。

 彼女はすでにレイジに向かって飛びかかってきており、爪を突き刺すことには成功する。


 しかし、先程までとは訳が違っていた。

 筋肉が再生し続け、無理にでも突き刺さった異物を押しやって、傷はすぐに消えてしまう。

 そして、レイジは相変わらず痛がる素振りも見せず、メイドの首筋を叩くことで気絶させることに成功する。


 これでメイドたち四人すべてとその主の男性はみな気絶し、転がっていることとなった。


「あとはあの男だが……」


 この屋敷のどこかに潜んでいるのかもしれないし、屋敷にはもしかするとまだ同族がいるかもしれない。

 レイジは圭たちのもとへ戻るより先に、広い建物の中を探索しようと思い立ったのだった。


 ◇


 決意を宿した少女の瞳を向けられて、ジャリルはもうバインドを撃つ気もないのかそれ以上の抵抗はしなかった。

 かわりに、俺と少女に向かって恨み言を吐き捨てる。


 覚えてろだとか、いつか殺してやるだとか、小物っぽい台詞ばかりだ。聞いていて気持ちのいいものではない。

 なんとか黙ってもらえないか、というかどこに突き出せばいいのかと考えていると、どこからか突如声がした。


「誰を殺してやるって?」


 いきなり姿を現したのは、ニワトリックを退治しに行ったはずのりんぜだ。隣にはシャフリマもおり、勝負は結果が出たようだ。

 それより、今はジャリルが俺に対して暴言を吐いていたのが気に障るらしく、りんぜの目は本気になっていた。


「私の圭くんに……なにをするつもりだったの? ねぇ、ねぇ……」


「ちょっと待ってくれりんぜ、こいつは警察とか軍隊みたいな、しかるべき機関に引き渡すんだ。乱暴しちゃダメだ」


「……うん、わかった。圭くんは優しいね」


 いや、これは優しさではないと思うのだが。りんぜに任せると、人間も魔物と同様に爆破してしまいそうな気がする。


「……おい、お前ら。動くなよ」


 一方で、ジャリルはシャフリマが腰に携えていた短剣を突然抜くと、彼女に突きつけた。人質のつもりなのだろうか。

 だが、人質にされている彼女は怖がるどころかジャリルに失望の視線を向けており、彼に魔法で作り出した岩をぶつけて振りほどいてしまった。


「あなたがそんな人間だっただなんて。見抜けなかった私が愚かでしたわ」


 本当に自分を情けなく思っているようで、シャフリマの瞳は悲しげだ。

 一方のジャリルは再びわめき始め、思い出したかのように懐からスイッチのようなものを取り出した。


「こうなりゃ最終手段だ……屋敷を爆破してやる。こいつを押せば爆弾に魔力が通って、跡形もなく吹き飛ぶ。もちろんあの屋敷に閉じ込めてある奴らも、あの旅人のガキも木っ端微塵に……!」


「そうか。それは恐ろしいな」


 りんぜでも、シャフリマでも、獣耳の少女でも、また俺でもない声がした。

 振り向くと、その主とはレイジであり、彼は何人もの同族の人々を引き連れていた。中には、シャフリマたちと同行していた彼の姿もある。


 閉じ込められていた人々はすでに解放され、また屋敷の主である男性やそのメイドたちも気を失っているのを抱えられている。

 今さらジャリルが爆破したところで意味が無いのは明白だった。


 彼はスイッチを取り落とし、シャフリマがそれを岩の魔法で破壊してしまう。


 あとはジャリルたちを王国軍に突き出すだけのようで、これにて一件落着としてもよさそうだった。

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