82 真夜中 白詰草 しろつめくさ ……心から、君(あなた)を思う。
真夜中 まよなか
プロローグ
世界には小雨が降っている。
……悲しい雨。
そう感じるのは、私が今、泣いているからなんだろうか?
本編
白詰草 しろつめくさ
……心から、君を思う。
六月のある雨の日。
白瀬薺が青色の傘をさして、学校から自分の家に歩いて帰っている帰り道、ふと見ると、前から一人の見知らぬ男子学生が、薺のほうに向かって歩いてきた。
透明なビニールの傘をさしている、背の高い男の子。
薺は道の隅っこに体を寄せて、その男子学生と、二人のほかに誰もない、田舎のあぜ道の上ですれ違った。
その瞬間、その男子学生がちらっと薺の顔を見た。
薺も、ふと、(いつもなら、そんなことはしないのだけど)その男子学生の顔を見た。
それから二人は、そのまま、別々の方向に向かって歩き出した。
その道の先にある角っこの曲がり道のところで、ふと薺は自分の背後を振り返った。
すると、さっきすれ違った男子学生の姿は、雨の降る田んぼ道の中から、もうすでに消えて無くなっていた。
どうから、その男子学生はその道の途中にある曲がり角を、薺よりも先に曲がって、歩いていったようだった。
薺はもっと早くに自分が背後を振り返らなかったことを、後悔した。
なぜなら薺は、そのさっきすれ違っただけの、名前も知らないその男子学生に、恋をしていたからだった。
雨の降る音が、やけに大きく聞こえていた。
薺はしばらくの間、その場に立ったまま、じっと男子学生のいなくなった風景を見つめてから、元の方向に体を向けると、いつものように角っこの道を曲がって、自分の家に向かって、帰って行った。
それは薺の一目惚れの恋だった。
帰り道、薺の鼓動はずっと、……どきどきとしていた。




