81 萌木 ……春の風、桜色。 私は待っている。 自分が、もう一度、恋をするのを待っているのだ。
萌木 ……春の風、桜色。
私は待っている。自分が、もう一度、恋をするのを待っているのだ。
季節は春になった。
……ようやく、長い、すごく長かった冬が終わって、季節は、新しい命の息吹が吹く、雪解けの、(誰もが待ち望んだ)新しい春になった。
美しい春の桜の咲き乱れる早川神社の静かな(鳥の鳴き声しかしない)境内を、風の中に舞い散る桜の花びらを眺めながら、竹ぼうきで掃除をしながら、萌は思う。
きっと硯がいつまでも、ずっと可愛いままなのは、硯が私と違って、きちんと幸せになれたのは、硯がすごく正直で、(まっすぐで)そして、なによりも『自分の気持ちに本当に素直だから』なんだろうな、と萌は思った。
(……それは今のところ、早川萌には逆立ちしても、できないことだった)
すごいな。本当にすごい。(私の親友はとてもすごいやつだ)
私もいつか、硯みたいになれるのだろうか?
硯のように、(自分の気持ちに本当に素直になって)……新谷くんのような、そんな人生をずっと一緒に歩んでいけるような、そんな自分の運命の相手といつか巡り会えるのだろうか?
……「はぁー」そんなことを思って萌は一人、またため息をついた。(ここに硯がいたら、きっと萌に向かって「そんなことしていると、幸せが逃げちゃうよ」と言っただろう)
「掃除しよ」
萌はそう独り言を言ってから、石畳の上の掃き掃除を始める。
そのとき、硯と新谷くんと入れ替わるようにして(実際、その人は二人とすごく長い、地元の郡山東高等学校の運動部の生徒たちから地獄の坂と呼ばれている、長い石段の途中ですれ違ったようだった)一人の見知らぬ萌と同い年くらいの男性が一人、萌のいる早川神社の本殿に訪れようとしていた。
それは早川萌も、その人も、二人ともまだ気がついていない、『二人の運命の出会い』の瞬間だった。
その人が、萌が竹ぼうきで掃き掃除をしている、早川神社の境内に向かって石段を上ってくる。
二人の距離は少しずつ、でも確実に近づいている。
二人の(きっと、本当の)運命の出会いまで、あと、……5(ごー)、4(よん)、3(さん)、2(にー)、1(いち)、……、0(ぜろ)。
「あの、すみません」と萌の背後で声がした。
「はい。なんでしょう?」
そう言って、境内の掃除をしていた早川萌は(お客さんだと思って、満面の、百点満点の笑顔で)その後ろを振り返った。
萌木 終わり




