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それから少しして、(勘のいい新谷くんは、なにかを察したのか)「ちょっと久しぶりに神社の近くを散歩してくる」と新谷くんが二人に言った。
「うん。わかった」
「気をつけてね。新谷くん」
二人はそう言って、新谷くんは一人で散歩に出かけて、つかの間の間、萌と硯の、二人だけの時間が訪れた。
気持ちの良い、(山の上に吹く)涼しい春の風が二人の周囲を吹き抜けた。
「本当によかったの萌」
地面を見ながら硯が言った。
「なにが?」足をばたばたと動かしてから、萌は言う。
「馬鹿。新谷くんのことだよ」
そう言って、硯は悲しそうな顔で萌を見た。
そんな悲しそうな自分の一番の親友の顔を見て、「そっちこそ、馬鹿。そんなの言いに決まってるじゃん」とにっこりと笑って萌は言った。
新谷翔くんと真中硯が正式に付き合い始めたのは、みんなが郡山第三東高等学校を卒業してすぐの(今と同じ春休みの)ことだった。
その前から、二人はお互いにその気持ちを惹かれあっていたようだった。
萌は硯から、硯が新谷くんに正式に告白をする前に相談をされて、「頑張って。硯なら絶対にうまくいくよ」と硯に言った。
それは嘘ではなく、本心からの早川萌の言葉だった。
萌は自分が新谷翔くんという一人の同い年の(あの人によく似ている)男子高校生に惹かれている、ことは自覚していた。でもそれは、新谷翔くんのことが大好きだから、新谷くんが萌の運命の人だから、そう思っていたわけではなくて、結局(それでも、萌の心はずいぶんと傷んだのだけど)新谷翔くんが、あの人に似ているから、私は新谷くんにこんなにも心を惹かれているのだと、当時、十八歳だった早川萌は自分の気持ちを整理した。
(その選択は、自分の気持ちの整理整頓は、今になって思い返してみると、やっぱり当たっていたと二十歳になった今の萌はそう思っていた)
それは嘘や強がりではなくて、今の恋人同士になって二年がたった硯と新谷くんの二人の関係を見ていれば明らかなことだった。
硯は新谷くんのことを、世界中の誰よりも愛していたし、……新谷くんも硯のことを世界中の誰よりも一番に(もちろん、萌のことよりも)愛していた。
そんな二人の本当の愛の気持ちが、恋愛の神様を祀っている神社である早川神社の巫女である早川萌には、すごく、……本当にすごく、よく理解できるのだった。




