42 萌の見る夢(早川萌の悪い噂)
萌の見る夢(早川萌の悪い噂)
お願いします。また私の前で笑ってください。……私は、あなたの笑顔が見たいんです。
その日の夜。早川萌は、あの人の夢を見た。
萌の見る夢の中にあらわれる萌と同じ十八歳に成長をしたあの人は、早川萌のことを確実に恨んでいた。
それは、『絶対に笑うことのない、きっと萌のことをすごく恨んでいるであろう、あの人の顔』を見れば明らかだった。
でも、本当の小学六年生のあの人は、……いつも笑顔の素敵な男の子だった。いつも優しくて、萌にまるで本物の太陽のように、いつも暖かい笑顔を与えてくれた。
萌がそんな心の中の太陽を失ったのは、あの人が死んてしまった交通事故の事件が起きた日のことだった。
六月の梅雨の時期。
雨の日。
あの人の死因。
それはまちがいなく、……事故だった。
車の事故だ。
その事故の現場には、当時、同じく小学校六年生の十二歳の萌がいた。
そこにいた萌のことをかばって、あの人は、萌の代わりに、車にひかれて、その日のうちに亡くなってしまったのだった。
萌はそのときのことを、あまりうまく覚えてはいなかった。
簡単な記憶喪失のような状態に萌はなっていた。それはきっと、あの人が死んでしまった、というショックがあまりにも大きかったからだと、大きな街にある大きな病院の精神科のお医者さんは萌に言った。
だから萌はその日の出来事をあまりよく覚えてはいなかった。
ぽっかりと心に穴が空いてしまったかのように、その事故があった時間の周辺の記憶が抜け落ちているのだ。
……でも、そんな萌の記憶の中で、一つだけはっきりと覚えていることがあった。(そのことを、萌はいろんな大人の人に話した。でも、結局その話は、あまり深く信用されないまま、あの人の事故は、ただの小学生の巻き込まれた交通事故の事件として、公的な機関によって記憶され、青色の分厚いファイルの中に保管されて、そのままあの人の笑顔と一緒に過去という檻の中に閉じ込められてしまった)
その萌の記憶とは、『あの人が、萌をかばって、萌の代わりにわき見運転をして、あの人と萌が傘をさして一緒に歩いていた歩道に突っ込んできた乗用車に轢かれた』と言う記憶だった。




