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「どう? わかった?」

 どうやらもうすでに早川萌の悪い噂のことを知っていた様子の新谷くんに硯は言った。(知らない人のほうが珍しいと思うけど)

「わかったよ。ていうか、僕は別に早川さんの噂のことで、早川さんになにかしようとか、……そんなやましいことは、これっぽっちも思ったりしてないよ」

 制服のズボンのポケットに手を突っ込みながら、なんだか、ちょっとふざけたくらいに気持ちよく晴れ渡っている春の青色の空を見上げながら新谷くんがそう言った。

 真中硯と新谷翔。

 二人は今、郡山第三東高等学校のほかに誰も生徒がいない、昨日の夜に降った雨の上がった、まだ水たまりの残っている雨上がりの学校の屋上にいた。

 そこには、生徒の転落防止用の黄緑色の二メートルくらいある頑丈なフェンスが厳重に張られていた。


「なら、別にいいよ」

 青色の空を見ながら、硯は言う。

「じゃあ、まあ、そういうことで」

 そう言って、硯は新谷くんのことを自分から呼び出しておいて、屋上の上を歩き出して、先に自分だけ校舎の中に戻ろうとする。

「なあ、真中さん。最後に一つだけ聞いてもいいかな?」その硯の背中に向かって、新谷くんが言う。

「なに?」

 後ろを振り返らないままで、硯が言う。

「……その、早川さんの噂の中に出てくる死んでしまった男の子って、……本当はどんな奴だったんだ? 小学六年生の六月頃って話だけどさ、十一歳か十二歳っていうと、まだ本当に子供だったんだろうけどさ、……どんな性格だったとかさ、あと外見とかさ、……あと、もし知ってるのなら、できればそいつの名前は、なんていう名前だったんだよ?」

 一つだけ、と言っておきながら、新谷くんは結構たくさんの質問を硯にした。(もしかしたら、新谷くんはその男の子が硯の幼馴染である、ということも知っているのかもしれない。あるいは、ただ硯が萌の親友だから、いろんな質問をしているだけなのだろうか……?)

 硯は答えない。

 新谷くんはずっと硯のことを見ている。硯の答えを待っているようだ。

 硯は少し迷った。

 別にここで硯が、いなくなってしまったあいつについて、新谷くんに喋らなくても、すぐにほかの萌の悪い噂を知っている誰か、に質問をすれば、新谷くんはあいつについて、そんなに手間をかけることなく、知ることができるだろう。

 ……でも、それでもやっぱり、あいつのことは自分の口から新谷くんにだけは、言いたくなかった。だから硯は新谷くんの質問に答えることをやめた。

「やだ、教えない」新谷くんを見て、硯は言う。

「そうか。わかった。悪かったな変なこと質問して」初めからあまり硯の答えを期待していない、と言う雰囲気で新谷くんは言った。

 それから新谷くんはまた、一人で晴れ渡った雨上がりの青色の空を見上げた。

 それから硯は屋上の出入り口のドアのところまで移動して、そのドアノブに手をかけた。そこからちらっと後ろを振り返ると、新谷翔くんはまだ一人でやっぱりふざけたように晴れ渡っている青色の空を見上げながら、なにかを一人でただぼんやりと考えているようだった。

 その背中に、硯はあいつの面影を見た。


「……あのさ! やっぱり、一つだけ教えてあげる」

 その見覚えのある背中に硯はそう大声で言った。

「? なんだよ?」

 新谷くんは硯のほうを振り返ってそう言った。

「その、交通事故の事件にあった男の子ね。……新谷くんに、『すっごく、よく似ているの』。外面もそうだけど、……雰囲気とか、性格も、よく似ている」硯は言った。

 それだけ言うと「じゃあね。また」と言って、硯は屋上から一人、まるで新谷くんから逃げるようにして校舎の中に駆け出していった。

 そして、雨上がりの真っ白な屋上の上には、ぽかんとした顔をした、新谷翔くん一人が残された。


(それは今年の初めの春の、萌と新谷くんが、オカルト研究会に入部をして、本当に間もない日の出来事だった)

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