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「それ、私も同席するからね」
新谷くんの影(夜の闇の中で、新谷くんのよく体が見えない)を押しのけるようにして、硯が萌の前に顔を出した。
「もちろんだよ。硯にも、私の本当の気持ち、聞いて欲しい」と萌は言った。
「萌」
そう言うと、硯はぎゅっと萌の体に抱きついた。
「萌。無理しなくていいんだからね」と硯は言った。
「うん。ありがとう」萌は言った。
そう言いながら、……硯の体は、いつもすごくあったかいな、こうしてもらえると、なんだか安心する、と、このとき萌は暗闇の中で、そんなことを思っていた。
「じゃあ、今度こそまた明日ね」
「またね。早川さん」
「うん。また明日」
もう一度、そんなお別れの挨拶を二人として、早川萌は真中硯と新谷翔と赤い大鳥居の前でお別れをした。
「萌〜! ばいばい!!」
よっぽど萌が自分の噂の話をみんなに聞いて欲しいと言ったことが嬉しかったのか、赤い大鳥居のところから少し歩いたところで、硯が大きな声を出して萌にそう言った。
「うん。ばいばい、硯」
と萌は言った。
それから萌は二人の影が見えなくなるまで赤い大鳥居の前にいて(二人はなんだかまだ少し喧嘩みたいなことをしていた)、二人の姿が坂の下に見えなくなると、一度大きく深呼吸をして、空に浮かんでいる月と、美しい星を眺めて、それから自分が門限の時刻を破っていることを急に思い出して、急いで走って石階段を上って、早川神社の横にある自分の華族の旧家のような家にまで帰って行った。
その途中で、はぁはぁ、と息をすることが、なぜだかすごく気持ちよかった。
……そういえば、こうして道の上を走るのなんて本当に久しぶりだ。それはもしかしたら(体育の時間を除けば)小学生以来のことかもしれない、と萌は一人で夜の中を走りながら、そんなことを思った。




