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「新谷くん」萌は言った。

「うん。なに、早川さん」と新谷くんは言った。

「……噂のこと、ちゃんと私に聞いてくれてありがとう」と萌は言った。新谷くんは黙っている。

「私の噂の話のこと。あんまり面白い話じゃないんだけれど、できれば詳しく聞いてもらえるかな?」と萌は言った。

 ……このとき、萌は小さく笑っていた。その笑顔を、辺りが暗いせいで、二人にちゃんと見てもらえないことが、萌は少し残念だった。

 硯は、萌の口から萌の噂の話が出たことで、ひどく驚いていた。それは早川萌にとって、最大の禁句だった。真中硯は、『あの不幸な事故』から、今の今まで、萌の前で、萌の噂のことを口にしたことは一度もなかった。

 その萌の噂のことを萌本人の口から聞いたことで、……萌、あなた本気なんだね、と硯は思った。

 時が来たのだ。

 ……その、重い、あまりにも重たい、……『早川萌(と、いう名前の、ずっと泣いている一人の時の止まった小学生女の子)にかかった呪い』を、解くときがついに来たのだと、夜の暗闇の中で、真中硯は一人そう思った。


 萌は新谷くんと硯に、明日、噂の話のことはオカルト研究会の部室で、オカルト研究会のみんなに直接、自分の口から話をしたいと伝えた。

 今日は、もう遅い時間だったし、それにきちんと噂の話をみんなにしたかったから、あの事件の内容と、それから自分の気持ちを、整理する時間が欲しいと萌は思っていた。

 そのことを、新谷くんは了承してくれた。

 新谷くんは萌に向かって、「別に構わないよ」と言ったあとに、「明日じゃなくても、一週間後でも、一ヶ月後でもいい。逆に今、このときでもいい。早川さんが話したいときに、僕は早川さんの話を聞くよ」と、新谷くんは真面目な声でそう言った。

 そんな夢見たいなことを、本当に萌の前ではっきりと言ってくれる人がいるなんて、……まるで夢みたいだ、と萌は思った。

 萌はあまりに嬉しくて、危なく新谷くんと硯の前で、このまま泣き出しそうになってしまった。

「……ありがとう。新谷くん」と、『にっこりと笑って』、萌は新谷くんにそう言った。

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