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萌の実家である早川神社までの帰り道の途中で、辺りはすっかり真っ暗になってしまった。
……涼しい春の夜風と、遠くで鳴いているカエルと虫の声が、森と田んぼのある田舎のあぜ道の上に聞こえている。
星と、それから月の綺麗な夜だった。すごく気持ちのいい夜だ。だけど、世界は明るいわけではなくて、みんなの顔を見ることはできない。
ところどころにある電灯の灯りを道標にして、そんな歩き慣れた夜の田舎道の上を、しばらくの間、萌と硯と新谷くんの三人は、並んで一緒に歩いていた。
「朝日奈くんと野田さん。もう自分たちの家についたころかな?」久しぶりに口を開いて、萌が言った。
「うん。時間的にもうそろそろかな? あの二人は家が結構、学校に近いからね」光る腕時計で時刻を確認しながら、硯が言った。
萌は後ろを振り返って、萌と硯のほんの少し後ろを歩いている新谷くんの顔を見る。でも、やっぱり暗くてよく、新谷くんの顔を直接、見ることはできなかった。
「朝日奈くん。帰り際に野田さんに叩かれていたね」萌が言う。
「まあ、いいんじゃない? 萌の門限を破らせた罰だよ」と硯は言った。(確かに硯の言う通り、間に合うかな、と思ったのだけど、結局門限には間に合いそうにもなかった。萌はもうすでに、実家で父に叱られることを、覚悟していた)
野田葉摘は内心、萌のことをすごく心配してくれていたのか、別れ際に「私、早川先輩とこうしてお話しすることができるようになって、すごく嬉しいです。これからも宜しくお願いします」と小さな声で、萌にだけ言ってくれた。
その内緒話に朝日奈くんが「なになに?」とちょっかいを出したため、葉摘は朝日奈くんのことを(きっと照れ隠して)叩いていたのだと萌は思った。
あのクールは葉摘ちゃんが私のことを……、と萌は感動した。
そのことが(葉摘に叩かれた朝日奈くんには、本当に申し訳ないけど)萌はすごく嬉しかった。
「先輩は、どうしてそうデリカシーがないんですか? とか野田さん言ってたね。それから、そんなんだから、いつまでたっても朝日奈先輩には彼女ができないんですよって、言っていた」そう言って硯はお腹を抑えるようにしてすごく楽しそうに、笑った。
「うん。言ってた」そう言って、萌はにっこりとその顔を自然に笑顔にさせた。その萌の顔を見て、「なんだ。笑えるじゃん」と、いつの間にか萌の隣にいた新谷くんがそう言った。
「え?」萌は言った。
辺りが暗いから、自分の表情は見えないと思って油断していた。新谷くんはこの夜の暗闇の中でも私の表情が確認できるくらいに目がいいのだろうか? と萌がしまった、と思いながら、考えていると、「あ、やっぱりさっき、笑ってたんだ」と新谷くんが明るい声でそう言った。
萌は無言。
……どうやら、新谷くんはただの当てずっぽうで、さっきの発言をしたようだった。
その新谷くんの罠に簡単に引っかかってしまって、萌は恥ずかしさで、その顔を思いっきり真っ赤に染めた。(本当に今が、夜でよかった)




