第42話 諦めてたまるか
『ククク、ヒャーハッハッハッハッ!!!』
何もかもが、終わりを迎えようとしていた。
わかっているからこそ、ピエロ魔人は勝ち誇ったかのように笑う。
「何がおかしいのですか?」
『わからないのですか? そうですよね、そうですよね!
だってあなたは、所詮モブ! 勇者でもなんでもないただの強いエルフ!
やっと、やっと私が望む展開になったというのに、気づきもしない哀れな乙女なんですからね!』
「望む展開?」
リリシアは怪訝な表情を浮かべた。
その瞬間、まばゆい光が弾け飛ぶ。
反射的に顔を向けると、そこからは見たこともない力強い光が放たれていた。
「これは――」
『魔王再臨、ですよ』
ピエロ魔人の言葉を耳にした瞬間、リリシアの頭に痛みが走った。
魔王とは、危険な存在。
魔王とは、いてはいけない存在。
魔王とは、討ち滅ぼさなければならない存在。
「あぁあああぁぁぁぁぁっっっ」
あるはずのない知識が頭の中で生まれる。
まるで恐れているかのように、怒涛の勢いで増えていく。
それは前から知っていたかのような、そんな感覚だった。
ピエロ魔人は頭を抑えて苦しんでいるリリシアを、ニヤニヤと笑いながら見下ろしていた。
まるでわかっていたかのような顔をして、悶えているリリシアを眺めている。
『いいですねいいですね、やっと舞台が整った感じがしますよ』
ゆっくりと、ゆっくりとピエロ魔人は光へ目を向けた。
全てはこのために。
マオが魔王に戻る決意をさせるために。
そして、魔王が持つ本来の力を手に入れるためだけに。
そのためだけに、ずっとこの機会を待っていた。
後は、マオが魔王として覚醒するのを待つだけ。
だが、まだ抗う愚かな者達がいた。
「ルルク!」
それぞれが足を止め、苦しんでいる。
そんな中で一人だけ光へ向かってかけていく者がいた。
誰しもが畏怖によって動けない。そのはずなのに、そいつだけは違った。
一瞬、ピエロ魔人は『なぜ?』と言葉をこぼす。
本来ならば恐怖に身体が竦み、動けない。
復活してしまえば、本能に従って魔王を殺そうとする。
そういう摂理のはずなのだが、その少年は違う。
まるでその結末を拒んでいるように見える。
マオはもう魔王になるしかない。少年が何をしようとも、結末は変わらない――
『いや、待て』
ピエロ魔人は忘れていたことがあった。
なぜ、マオの周りに四大精霊がいたのか。
どうして時の神が、マオの傍にいたのか。
マオ・リーゼンフェルトはどんな存在だったか。
『させるかっ!』
ピエロ魔人は気づく。
慌てて右手を上げ、指を鳴らそうとした。
だが、その瞬間に腕が飛ぶ。
「まだ、まだぁ!」
リリシアが苦しげな顔して、ピエロ魔人を睨みつけた。
思わずギリリッ、と歯を軋ませる。
『邪魔するな!』
ピエロ魔人は突撃する。
咄嗟にリリシアは勢いを止めようとして、真正面からぶつかった。
しかし、止まらない。
「ミーシャ!」
「うんっ」
抑え込もうとするリリシア。
しかし、どんなに力を込めて勢いは止まらない。
このままでは――
そう感じていた時、ダリアンとミーシャがリリシアに加勢した。
「こんのぉ!」
「行かせるかぁー!」
二人は気づいている――ここが頑張りどころなのだと。
どんなに力が弱くても、どんなに身体が震えて動けなくても、友達を助ける最初で最後のチャンスなのだと。
『おのれ、邪魔だ!』
リリシアは必死にピエロ魔人を抑え込もうとする二人に、クスリと微笑んだ。
全てはピエロ魔人のシナリオ通りに動いていたかもしれない。
だが、マオを想う気持ちまではそうならなかった。
「マオを、守るの!」
「このままさよならなんて、嫌だもん!」
「そうね、みんなで助けましょう」
初めからわかっていた。
マオがどんな存在だろうと、変わらないことなんて。
どんなことがあっても。
どんなにケンカをしても。
どんなに悲しいことがあっても。
マオはマオである。
だからこそ、ミーシャとダリアンは恐ろしい敵にも立ち向かえる。
リリシアも、迷いが断ち切れる。
『クソがァァァァァ!!!』
ピエロ魔人の声が響く。
同時に、ルルクはその光の中へと入った。
拒絶するかのような、強い力が襲ってくる。
だが、ルルクはそれを押しのけた。
どんなに拒んでも、どんなに嫌がっても、ルルクにとってもマオは大切な存在に変わりない。
ルルクもまた、マオを助けたいのだ。
だからこそ、ルルクはその手を伸ばす。
「マオォォォォォ!」
その力は、少女にとって呪いだった。
その力は、人々が疎む嫌なものだった。
それでも少女は、大切なものを守るために再び受け入れようとした。
だがそれは、少女が望む幸せな結末が訪れる選択だったのだろうか。
否、あり得ない。
少女一人だけでは、幸せな結末なんて訪れるはずはない。
だからこそ、少女は願いを込めた。
みんなと笑い合える時間が過ごせるように――
望まない選択をとっても、幸せな結末を迎えられるように――
「ルルク、君……?」
その願いは、一人の少年へと届く。
勇者でもなんでもない、まだまだ未熟な冒険者である学生に。
届いたからこそ、その手をルルクは掴んだ。
「ダメっ」
「いいや、離さない!」
「でもこのままじゃあ、ルルク君も――」
「諦めない。諦めてたまるか! 僕は、君を絶対に離さない!」
マオはルルクを拒もうとした。
だが、そんなマオの背中を優しく押した存在がいた。
思わず振り返ると、アイザックが優しく笑っている。
「これは先生が引き受ける。だから、前に進め」
マオはアイザックの手を掴む。
だが、アイザックはその手を優しく振りほどいた。
「先生ぇぇぇぇぇ!!!」
ルルクはマオを抱き寄せる。
泣いているマオをそのまま引っ張り上げて、光から逃げた。
『全く、人間のくせに無茶するな』
『だからこそ、マオ様は惹かれたのですよ』
『恩に着る、錬金術師よ。これで、我々も憂いはない』
『ワンッ』
光に包まれる中、懐かしい声が聞こえた。
アイザックはゆっくりと目を開く。するとそこには、見覚えのある四体の精霊がいた。
『マオ様が抱いた願い、それはあまりにも平凡でありふれた幸せ』
『でもマオ様がそれを叶えるには難しすぎた。だから魔王の力を捨てたんだ』
『だが、放棄しただけでは意味がない。必ずしや欲する者が現れる』
『ワンッ』
『現に一部の力を手に入れ、大暴れしてしまった輩がいますからね』
『だから僕は反対だったんだよー! ま、今さら遅いか』
『力としては一部。しかし、あなたならそれを良き方向へ使えるはずだ』
『ワンッ』
『我々はあなたを信じる。マオ様が信じたあなたの強さを』
『あなたならば、マオ様だけでなくみなを幸せにできる』
『マオ様の願いを、諦めなかった者達の願いを、叶えることができる』
『ワンッ!』
『『『運命を変える。今がその時だ』』』
身体が、変わっていく。
マオが持っていた力は、マオにとって呪いだった。
だが、その力がなければみんなを助けることができない。
ならばその力を受け入れよう。
マオが望む結末を迎えるためにも。
みんなが笑っているあの光景を守るためにも。
アイザックは呪いを祝福へと変える。