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マオと不思議なスライムの賑やかなアトリエ  作者: 小日向 ななつ
エクストラ 対決! 呪いの元凶ピエロ魔人
36/45

第36話 導かれし者達は運命と対峙する

 優しい朝日が差し込んでくる。

 その朝日に刺激され、国王は目を開いた。

 ゆっくりと身体を起こす。スライムになってからだいぶ時は経ったが、すっかりとこの身体に慣れてしまっていた。


 このままスライムとして暮らすことになるのか。

 老い先短い残りの人生、それもいいかもしれない。

 そんなことを考えながら、王はベッドから降りようとした。


「誰だ?」


 だが、それを邪魔する存在がいた。

 禍々しい〈黒〉をまとった少年、とでもいえばいいだろうか。

 怪しい微笑みを浮かべているその姿に、王は思わず警戒心を抱いた。


『フフッ、僕の顔を忘れたのかい? お父様――』


 王は一度顔をしかめさせた。

 しかし、すぐにその顔は豹変する。


『あの時は悲しかったな。ホント悲しくて、悔しくて、泣いてしまったよ。でも、おかげで僕は強くなることができた。

 ああ、この時この瞬間に瞳を閉じても思い出すことができるよ。あなたが母の胸を、貫く瞬間を。

 母が僕を庇い、逃してくれたあの時のことを。

 燃え上がる屋敷の中、あなたは叫んでいた。僕を殺すために、血眼になって探していたね。

 そうだろ、お父様?』


 王の顔は強張った。

 その顔を見て、黒をまとった少年は笑った。


『ねぇ、お父様。今はどんな気分だい? 殺したはずの、妾の子供を目の前にして』


 その言葉は楽しげ。

 その言葉はどす黒い。

 だからこそ、その言葉で少年は復讐を遂げた気になっていた。


「生きて、くれたのか……」


 しかし、思いもしない反応を国王は示した。

 その目からは優しさと嬉しさが溢れている。さらにあろうことか、国王は少年に近寄ろうとしていた。

 考えもしなかった反応だ。だからこそ、少年は戸惑った。


『お前、何のつもりだ?』

「ライル、だろう? 私はずっと、探していたんだ」

『探していた、だと?』


「ああ、生きていてくれたのか。よかった、よかったよ。

 お前の母、レイラが死にお前も行方知らず。生きていると信じて探していたが、手がかりは一切なかった。

 だが、こうして目の前に立っている。私はもう、なんと言葉で表現すればいいかわからないよ……」


 想定外の姿。

 そんな国王を見て、黒をまとった少年の中で〈何か〉が歪んだ。


『うあっ』


 燃え落ちる屋敷の中、国王は大好きな母を殺して笑っていた。

 それは本当だろうか?

 母の胸を貫き、血まみれになって笑っていた。

 本当に国王だっただろうか?


『あ、ぅっ……』


 崩れる屋敷の中で、叫びながら自分を探していた。

 血眼になって、少年を殺そうとしていた。

 必死に、必死に、必死に、少年を引き裂こうと。

 しかし、それは本当に国王だっただろうか。


「どうした!? 頭が痛いのか?」


 少年は気づく。

 この優しさは本物だ。

 少年は気づいてしまう。

 自身は利用されていたのだと。


『く、そっ』

「しっかりしろ! 誰か、誰か来てくれ!」

『ダメ、だ。逃げ、ろ――』


 気づいた。気づいてしまった。

 だからこそ大きな後悔が襲ってくる。

 少年の真の敵は、国王ではないこと。

 少年は国王を殺すために、ずっと利用されていたこと。

 そして、少年の記憶は都合のいいように書き換えられていること。

 しかし、もう遅い。


『フッフッフッ、いい絶望ぶりですね。もぉー最高ですよ!』


 何かが少年の中で蠢く。

 少年は必死に抑えようとするが、制御できない。

 腕が暴れ、顔が腫れ上がり、胸が膨張し、腹が押し込められる。


「ライル!」


 国王は愛する息子に向けて叫んだ。

 しかし、目の前にいる者はすでに人らしき姿をしていない。

 胴体から伸びた対となる八つの脚。

 赤く輝く瞳と、黒い眼が国王を睨みつける。

 黄色い頭がぎこちなく動き、口が開くと共に歪な声が溢れた。

 国王は言葉を失う。

 目の前にいた少年の変貌ぶりに。


『あ、あァ――』


 ライルと呼ばれた少年は、言葉にならないざらついた声を放った。

 身体が震え上がってしまうほど、恐ろしい呻き声だ。

 しかし、そんな恐ろしい声を聞いたにも関わらず、国王の目は鋭く輝いた。


「そうか。全てが繋がったよ。ならば、命を懸けよう」


 全てが繋がった。

 スライムの呪いをかけたあの魔人の正体。

 魔人に利用され、国王達を襲ってきた死んだはずの少女。

 そして、目の前にいる生きていた息子。

 全ては国王と、その血を引く者を始末するための計画だ。


「あの男が生きていた。考えもしない力を手に入れて」


 国王は問う。

 今の自分に、対抗しうる力はあるのか、と。

 その答えは、当然のように否定される。

 だがそれでも、目の前にいる息子を助けたい。

 ならば、命をとしてでもやらなければならない。


「ライル、待っていろ。すぐに助けよう!」


 年老いた、しかもスライムの身体で国王は戦いに挑む。

 勝てる見込みなど、一切ない戦いに。


『ア、アァ――

 ダリアン、お嬢、様――

 ルル、ク――

 み、ん、な――』


 醜い笑い声が響き渡る中で、どす黒い何かに少年の意識は飲み込まれていく。


 楽しかった思い出。

 悲しかった出来事。

 喧嘩して怒ったこと。

 笑いあった日々。

 忘れることができなかった憎しみ。


 そして、ロイドとして暮らした時間。


 しかし、今の少年にはどれが本当の大切なものだったのか、わからなかった。



◆◇◆◇◆◇



「ニッヒッヒッヒッ」


 揺れる馬車の中、ミーシャは上機嫌に笑っていた。

 その隣に座るルルクは、ちょっとだけ面倒臭そうな顔をしていた。


「なんだよ?」

「なんだよって、何よ。アンタはリボンテイルに助けられた!」

「それが?」

「もぉー、鈍い男ね! これでリボンテイルが悪い奴じゃないって証拠になったでしょ!」


「あのね。確かに助けてもらったけど、犯人じゃないって証拠にはならないからね。現に僕の魔術書も、ミーシャのお金も戻ってきてないでしょ?」

「そ、それはっ! でも、正義の味方だって証明されたもん!」


 ルルクはため息を吐いた。

 おそらくああ言えばこう言うという状況になる。つまり永遠と終わらない口論だ。

 それを考えると、ルルクは思わず頭を抱えてしまった。

 そんなルルクを見て、マオは同調したかのように笑っていた。


「まあ、リボンテイルさんのおかげで助かったのは確かかな」

「ほらぁ! マオちゃんもこう言っているじゃん!」

「もうそれでいいよ」


 ガックリと頭を落とすルルク。そんなルルクを見て、ダリアンがクスクスと笑っていた。


「ま、リボンテイルよりもマオと私のほうがすごいけどねっ」

「何をぉー!」

「私達は最短時間で霊薬〈フェニクル〉を作り上げたもの! リボンテイルにこんな芸当、できるかしら?」


「で、できるもん! その、ノウハウを盗めば!」

「ミーシャ、元も子もないよそれ」

「ロイドでも、そんなことしないわね。というかあいつ、どこに言ったのよ!」


 笑い合うミーシャ達。

 マオはすっかりと溶け込んだダリアンを見て、嬉しさのあまりについつい微笑んでしまった。

 そんなマオを見たアイザックは、優しい笑顔を浮かべる。


「どうしましたか?」

「いや、なんでもないさ。ただ、楽しいなと思ってな」


 アイザックは視線を前に向ける。

 そんなアイザックの優しい顔を見て、マオは笑った。


「ねぇ、先生。聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」

「なんだ?」

「どうして先生は、私を弟子にしてくれたんですか?」


 マオの問いかけ。それはずっと抱いていた疑問だった。

 ぶつけられたアイザックは、一度馬車の天井を見つめる。

 いつかは話さなければならないこと。その時が来たかもしれない。

 そう感じ、アイザックは口を開こうとした。

 だが、その瞬間に馬車が留まった。


「あれ、もう着いたのかな?」

「いや、もう少しかかるはずだが……」


 アイザックが扉を開き、外を眺めようとした瞬間だった。

 突然馬車が揺れた。


「わぁー!」

「きゃー!」


 悲鳴が上がると共に、馬車が真横になる。

 馬が悲鳴を上げると、扉が開いた。

 傾いているためか、マオ達は落ちそうになった。


「うおっ」

「先生!」


 放り出されそうになるアイザック。どうにか扉の取手を掴み、どうにかこうにか落下を防いだ。

 安心したアイザックは視線を前に向ける。直後、我が目を疑った。


「なんだ、あれは――」


 目に入ってきたのは、蜘蛛の糸で覆われた城下町。

 全てが不気味な白で覆われていた。

 アイザックは言葉を失う。一体何が起きて、こんな光景が広がっているのかわからなかった。


『ヒーッヒッヒッヒッ、ようこそ我がお城へ』


 マオの顔が強ばる。

 それが何を意味するのか声は理解しつつ叫んだ。


『いいですねいいですね、久々に見ましたよ!


 ですが、まだ足りない。あなたはもっと歪まなきゃいけないんだ。

 マオ・リーゼンフェルトよ。決着をつけようじゃないか。

 私が用意した、最高で最悪の舞台で!』

 マオの顔は、怒りで染まっていた。

 それはアイザックですら見たこともない表情だった。

 だが、そんなマオの手をルルクが握る。


「大丈夫。僕達がいる」


 その行動にはどんな意味があっただろうか。

 少なくとも、失いかけていたマオの冷静さを繋いでくれた。

 だからこそ、マオは感謝しつつまっすぐと前を見る。


「行こう、みんなっ」


 マオ、そして国の命運もかかったピエロ魔人との最終決戦が始まる。



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