第35話 あなたが選んだ結末の先へ
黒い〈何か〉が飛び散っていく。
マオはその黒い〈何か〉を見渡した。
『ありがとう』
『ありがとう』
『ありがとう』
全てが、マオに感謝をしていた。ただひたすらに、言葉を放っていた。
マオはそれに優しい笑顔を浮かべる。
「どういたしまして」
感謝を受け取ると、月明かりが差し込んできた。
途端に黒い〈何か〉は銀色の輝きを放ち、マオの身体へと飛び込んでいく。
「きれい――」
リボンテイルは、銀色の輝きをまとうマオに、見惚れていた。
見たこともない美しさが、目の前にある。
今まで盗み出してきた宝石よりも、美しい少女。
だからこそ、リボンテイルは手を伸ばしたくなった。
「ミーシャ?」
誰かが、リボンテイルをそう呼んだ。
思わず担いでいたルルクに目を向けると、その目は薄っすらと開いている。
「あれ? 違う?」
寝ぼけた様子のルルクは、自分の力で身体を支えようとする。
だが、上手く力が入らないのか倒れてしまいそうになった。
リボンテイルはそんなルルクの身体を支え、気恥ずかしげに笑った。
「もう少し、寝てなよ」
そう言ってリボンテイルは一つの魔術を発動させた。
心地いい歌声が、ルルクの頭の中で響く。
だんだんと意識が闇に飲まれていき、ついには手放してしまった。
歌声もそのうち聞こえなくなっていく。
懐かしいと感じながらも、ルルクは深い闇に落ちた。
◆◇◆◇◆◇◆
見たこともない空間に、ルルクは立っていた。
空も大地も、何もかもが真っ白な世界だ。
「ここは――」
何気なく周りを見渡す。
だがどんなに見渡しても、目に映る光景は変わらなかった。
ふと、何かが目に留まった。
真っ黒なワンピースを着た少女がいる。
ルルクはその少女の元へ向かって歩いた。
一歩、一歩と近づいていく。
『ようこそ』
『彼女の命運を握る者よ』
『ここは選択に関するヒントを与える場所です』
不思議なことが起きた。
足を踏み出すごとに、声が響いたのだ。
その声は少女に近づくごとに、大きくなっていく。
『単刀直入に結末をお教えしましょう』
『このままでは彼女は魔人に殺される』
『その運命を変えるためにはあなたが持つ宝物が必要です』
『ですがそれは奪われてしまった』
『このままでは偽りのシナリオが本物となってしまう』
『それはどんなことがあっても避けなければならない』
大きくなっていく声が、頭に響く。
響くと共に、痛みが生まれる。
痛みはだんだんと大きくなり、顔が歪む。
だが、ルルクは前に出る。
まるで、その結末を変えようと足掻いているかのように。
『ここに来たということは、あなたには覚悟がある』
『しかし、魔人が用意したシナリオを変える力はない』
『ならば私が、その力を与えましょう』
『あなただからこそ発動できる力を――』
ルルクは少女に手を伸ばす。
そのまま少女の肩を叩いた。
すると少女は振り返る。
ルルクはその笑顔を見た瞬間、目を疑った。
「マオ?」
名を呼ばれた少女は、優しく微笑む。
そして、ルルクの頬を両手で抑えた。
『鍵はある。扉を開くかどうかは、あなた次第――』
その唇は、ルルクの口を覆った。
何が起きたかわからないまま、ルルクは口づけを交わす。
次第にマオに似た少女は消えていき、世界もまた崩れた。
闇へと覆われていく中、少女はルルクの中へと溶け込んでいく。
それは綺麗で、どこか暖かくて。
だけどちょっと悲しくて、だからこそ力強いものだった。
◆◇◆◇◆◇
小鳥が囀る声が、ルルクの耳へと飛び込んできた。
目を開くと、見覚えのある空間があった。
「起きた?」
馴染みのある声が耳に入る。
目を向けると、そこにはひどい隈を目の下に作ったミーシャがいる。
「ったく、のんきに寝て。こっちは大変だったんだからね」
「大変だった?」
「あー、うん。気にしなくていいや」
ミーシャは誤魔化すように笑う。
そんなミーシャを見て、ルルクはどこか安心して笑い返した。
「できたぁー」
「やった、やったじゃないっ」
ふと、二つの声が聞こえた。
顔を向けるとそこには、マオとダリアンが抱き合っている姿があった。
二人の手には、液体が入った一つのビンがある。
サファイアのように輝く液体はあまりにも美しくて、だからなのかついルルクは見惚れてしまった。
「で、できたか。やったな、マオにダリアン! これで王様達を救える!」
声が聞こえて、見覚えのない男性がいることに気づいた。
ルルクはその男性を見て、思わず目を大きくしてしまう。
「あの人は――」
「アイザック先生だって。えっと、薬が完成して元に戻ったらしいよ」
ミーシャの言葉を聞き、ルルクは言葉を失った。
夢で見た最悪の光景。
それが何かを頭の中で結びつく。
「ものは盗まれちゃったけど、でもまあいっかなって思ってる。アンタは無事だったし。
あ、言っとくけどリボンテイルの仕業じゃないからね。むしろリボンテイルの活躍があったからこそ、アンタは助かったんだからねっ」
ミーシャが自慢げに語る。
そんな中、弱々しくルルクは立ち上がった。
先ほど見た夢。もしそれに意味があるなら、選ぶべき行動も決まる。
「先生」
ルルクはよろよろとしながら一歩前に出る。
そして、マオと全てを守るべく一つの決断をした。
「これから王様のところに行くんですよね? なら僕も、連れていってください!」
最悪の結末を変えるべく――
最高の結末を迎えるために――
物語は最終局へと突入する――