第34話 運命を変える選択の時間
放たれるアメジストの輝きと、溢れ出す力。
それはリボンテイルが見たこともないマオの姿だった。
バケモノ、いやダリアンもまた驚いていた。
『おのれ、オノレ、己ェェェェェ!』
ダリアンの中で何かが膨らんでいた。
それは大きな大きな負の感情だ。
元は嫉妬から来るもの。
激しい怒りと共に、屋上の床を手で叩きつけて起き上がる。
『お前はわたシより、シタなんダ!
お前ガわタシより、特別なハズがナい!
ワタシはおまえヨリ、トクベツだッ!』
闇が噴き出す。
どんどんと噴き出して、ダリアンの身体を覆っていく。
次第に闇は新たな形を作っていき、身体を変える。
いつしかダリアンの身体は、ドロドロとした皮脂で覆われたドラゴンとなっていた。
「何よあれ。あれじゃあ、本当にバケモノじゃない……」
リボンテイルの身体が震えた。
あんな恐ろしい姿になったダリアンを、止められるとは思えなくなった。
しかし、マオは違う。
迎えるべき結末のために、一つの選択をする。
「リボンテイルさん、力を貸して!」
「え?」
「私達だけの力じゃあ、ダリアンちゃんは助けられない。だから、あなたの力も貸して!」
誰しもが逃げ出したくなる状況。
そんな中で、マオは震えているリボンテイルに協力を求めた。
リボンテイルは「だけど」と言って思わず違う選択肢を提示しようとする。
だが、マオの手を見てリボンテイルは気づいた。
その手は、とても細かくだがハッキリと震えている。
「マオちゃん……」
「大丈夫。絶対に助けるし、誰も傷つけないんだから」
強情に、マオは言い放った。
そう、誰しもが逃げ出したくなる状況だ。
マオとて例外ではない。
一つのミスをすれば、瞬時にやられる可能性が高い。
下手すれば死ぬかもしれない。
怖くない訳はないのだ。
それでもマオは、まっすぐとダリアンを見つめる。
ただダリアンを助けたいという思いで、バケモノに立ち向かう。
「わかった。でも、無茶しないでね」
「ありがとう、リボンテイルさん!」
リボンテイルの協力は得た。
後は、勇気を持って突き進むだけだ。
【マオ様、そろそろ動きますぞ】
「うん」
【私が補助できるのは〈時間〉のみ。ゆえに〈運命〉はあなた様が導かなくてはならない。
だが、辿るべき結末のヒントは〈時間〉の中にある。見逃してはなりませんぞ】
「わかった、ありがとね」
マオは強く見つめる。
バケモノはその視線に苛ついたのか、大きな雄叫びを上げた。
耳を覆いたくなるような、けたたましい声だ。
しかし、マオはずっとバケモノを見つめた。
救いたい人がいる。
助けたい人がいる。
だからマオは、捻じ曲がった〈運命〉と対峙する。
【来ますぞ!】
クロス・クロノスが叫んだ。
途端にバケモノは飛び立った。
同時にドロドロした何かが降り注ぐ。
それが屋上の床に付着した瞬間、煙を上げた。
「酸だ。リボンテイルさん、離れて!」
マオの指示に従い、リボンテイルは下がる。
それを見たバケモノは、噴き出した黒い何かを口に集めた。
渦巻き、どんどんと大きくなっていく。
一度リボンテイルを睨みつけた後、バケモノは強烈な咆哮を上げた。
「――ッ」
叫び声と共に、漆黒に染まった螺旋状のブレスがリボンテイルに襲いかかった。
リボンテイルは咄嗟に掻い潜ろうとする。
だが、その前にマオがリボンテイルの前に立った。
「マオちゃん!」
その動きは明らかに速かった。
いや、動いているというよりは一瞬にして目の前に現れた感覚だ。
「リボンテイルさん、幻影魔術を使って!」
思いもしない指示。
しかし、リボンテイルは躊躇わなかった。
マオに言われた通りに幻影を生み出す。
自分ではなく、マオの幻影を。
「よしっ」
「一人じゃだめだけどっ」
「「二人ならどうにかなるっ!」」
マオは二つのアイテムを取り出した。
一つは翡翠色に輝く結晶。
もう一つは深紅に輝く結晶。
マオは翡翠色に輝く結晶を幻影に投げ渡す。
受け取った幻影は、流れるような動きで杖にセットした。
マオもまた、深紅に輝く結晶を杖にセットする。
互いの顔を見合い、準備が完了したことを確認すると、そのまま杖を交差するようにぶつけ合った。
「一人じゃできない合体技っ」
「一人じゃ無理な合体技っ!」
「「くらえっ、ボルテック・フレア!」」
真っ赤に燃え上がる炎が、螺旋となって漆黒のブレスとぶつかり合う。
火の粉が舞う中、黒い〈何か〉が飛び散る。
『私は一番にならなくちゃいけない。お父様と約束したもの。
誰もが仰ぎ見るような、いや頂点に立たなきゃいけない。
でも、誰も私のことを見てくれない。周りも、ロイドも。
私は優秀なのに、どうして……?』
飛び散る黒い〈何か〉から声が溢れる。
その声を聞きながら、マオと幻影は強く杖を握った。
『あの子だけだ。私にぶつかってきてくれるのは。
アイザック先生に認められたあの子だけなんだ。
なんで、私と言葉を交わしてくれるんだろう。
どうして、あんなにも悔しそうな顔をするんだろう。
でも、楽しそう』
拮抗する力。
だが次第に、マオのほうが押され始めた。
マオは思わず幻影に目を向ける。
すると苦しそうな表情を浮かべて、消えかかっていた。
【マオ様、一度引いてください! このままでは――】
「だめっ。もう少し、もう少しでわかるの!」
【しかし!】
「ここで引いたら、ダリアンちゃんを助けられない。
このまま逃げたら、ダリアンちゃんは助からない。
なら、このまま死んだほうがマシだよ!」
マオは叫んだ。
クロス・クロノスは思わず怒鳴りそうになった。
だがそれよりも早く、リボンテイルが動く。
「マオちゃん!」
わかっている。
ここが正念場で、踏ん張りどころなんだってことを。
だからこそ、リボンテイルは叫ぶ。
「負けるなっ!」
その言葉が、その選択が、その強情さが――
定まっていなかった結末を決める。
だからこそ、クロス・クロノスは全力を出す。
【ああ、もぉー!】
本来ならば、この場で使うはずがない〈力〉があった。
来るべきピエロ魔人との戦いで、使うはずの〈力〉だった。
だが、このままではマオは死ぬ。
ならば、その〈力〉は使うしかない。
【交わりし運命よ、我が主に示せ】
【過ぎ去りし時よ、我が主に飲まれよ】
【歪み澱んだ御伽話よ、我が主の前に跪け】
クロス・クロノスが言葉を紡いでいく。
するとマオの身体から放たれていた輝きに変化が起きる。
少しずつ、少しずつその輝きは黄金に染まっていった。
【我が名は〈クロス・クロノス〉――契約者マオ・リーゼンフェルトと共に歩む者なり!】
クロス・クロノスが叫ぶと共に、マオの身体から黄金の輝きが解き放たれる。
直後、消えかかっていた幻影の身体が蘇る。
マオと同じように、黄金の輝きをまとった幻影は一緒にバケモノを強く見つめた。
「ダリアンちゃんを助けるんだっ」
渦巻く火炎に勢いがついた。
途端に、黒い〈何か〉が飛び散る。
『あの子と友達に、なりたいな。
こんな私だけど、なってくれるかな?』
何かがわかった気がした。
だからこそ、マオはもう遠慮はしない。
「大丈夫だよ、ダリアンちゃん。
私達、もう友達だからっ――」
マオは杖を力いっぱいに握る。
途端に、火炎は力強く黒いブレスを押し切った。
『ウゥオォオオオォォオオォォォォッッッ――』
ダリアンを、いやバケモノを黒いブレスごと飲み込んでいく。
ドロドロとした身体も、ダリアンの負の感情も、何もかもを浄化するように燃やし尽くしていった。




