第31話 偽者リボンテイルを捕まえろ!
すっかりと荒らされてしまったアトリエ。
留守番をしていた精霊達は侵入した何者かにやられており、全員が力なく倒れていた。
「あっ!」
マオは精霊達の介抱をしていると、あることに気づいた。
それはアイザックを元に戻した霊薬〈フェニクル〉の入ったビンが、壊されていたのだ。
中に入っていた薬液は当然のように残っていない。例え残っていたとしても、使い物にならないだろう。
「そんな……、あんなに苦労したのに」
怒りよりも、絶望が支配していた。
一体誰がこんなことを、とマオは考えてしまう。
「許せない」
わなわなと、ミーシャが震えていた。
怪盗リボンテイルの名を語り、マオを傷つけた。
それだけで、ミーシャを突き動かすには十分だった。
「落ち着け。手がかりも何もないんだ。下手に動くと――」
「手がかりはないわ。でも、接触はできる」
ミーシャはアイザックからカードを奪い取った。
そこに書かれていた内容。それによれば、深夜三時に相手は接触を図ろうとしている。
要求はマオが持つ霊薬〈フェニクル〉のレシピ。一人で来いと指示していることもあり、文章からマオが行かなければならないだろう。
「仲間の命はないと書いている。もしかすると――」
「ルルクかもね。だとしても、このまま手をこまねくつもりはないから」
ミーシャは扉に手をかける。
そのまま出ていこうとしたところで、マオが「待って」と声をかけた。
足を止め、振り返るミーシャ。マオはちょっと不安げな顔をして、言葉を口にした。
「ミーシャちゃん。大丈夫だよね?」
どんな意図で言い放ったのかわからなかった。
マオもまた、どう言葉にすればいいかわからなかった。
だが、大きな不安だけは伝わってくる。
このまま時間を迎えてしまえば、どうなるのか。
わからないからこそ、マオはミーシャにすがった。
「大丈夫だよ。それに、リボンテイルはマオちゃんの味方だから」
ミーシャはそう言って部屋を出ていった。
返された言葉。それが一体どんな意味があったのか、マオはわからなかった。
◆◇◆◇◆◇◆
刻々と時間が過ぎていく。マオは一生懸命に精霊達の介抱をするが、誰一人として目をさますことはなかった。
不安で不安で、頭がいっぱいになる。
もしこんな状態で霊薬のレシピまで奪い取られてしまったら、立ち上がることができないかもしれない。
そんな不安を抱えていると、アイザックが肩に手を置いてくれた。
「やれることはやろう」
「でも……」
「精霊達はそのうち目を覚ますさ。今は、どうやっていい方向になるか考えよう。それにミーシャが動いてくれているはずだ。最悪なことにはならないさ」
よりいい方向へと進むために。
マオはアイザックの励ましを受け、顔を上げる。
今はレシピをどうやって守り通すか。捕まったルルクをどう救い出すか。
その二点を考えるのみだ。
「時間まで、あと一時間。作れるとしてもアイテムは一つだけ」
「できれば模倣犯を攻撃するものにしたいが、下手に刺激するとルルクが危ないか」
「レシピは渡す訳にはいかないし、でも渡さないとルルク君を助けられないし」
考えるマオ。
そんなマオを見て、アイザックは一つのアイディアを閃く。
「なら、敢えて渡してしまうのはどうだ?」
「え? でもそんなことしたら――」
「何、考えがあるさ。マオ、磁石はあるか?」
「はい、ありますけど」
「よし、それを使うぞ」
マオは不思議そうな顔をしながら磁石を取り出した。
アイザックは受け取った磁石を見つめ、ニヤリを笑ったのだった。
◆◇◆◇◆◇◆
時刻は深夜三時。旧校舎の屋上には、すっかりと闇が深くなった空が広がっていた。
ホーホー、とフクロウの声が響く。そんな中、屋上を繋いでいる扉が開いた。
「不気味だなぁー」
屋上へとマオは足を踏み入れる。
輝く月が美しい光を放つ中、マオは周辺を見渡した。
誰もいない。だが、広がる闇夜が独特の恐怖を押し付けてくる。
恐る恐る、屋上の真ん中へ進んでいく。
途端に雲が月にかかった。
一気に闇が深くなり、一瞬だけ目が暗闇に包まれてしまう。
『動くな』
気がつけば、誰かがマオの後ろに回り込んでいた。
マオは恐る恐る目を向けると、そこには一人の少女が立っている。
『動くと喉を切り裂く』
耳障りな声が頭に飛び込んできた。
同時に雲が晴れ、月が再び光を反射した。
その時、喉元でキラリと輝く何かがあることに気づく。
よく見るとそれはナイフだ。とても鋭そうで、今にもマオの喉を掻っ切ってしまいそうだった。
『レシピは持ってきたか?』
「う、うん」
『どこにある?』
「扉のところに置いた」
『本当か?』
ナイフを持っている手に力が入る。
明らかにマオを脅している。
だが、マオは慌てない。小さなか声で、だけどハッキリと「本当だよ」と言い放った。
『よし、わかった』
少女はマオを捕らえたまま、ゆっくりと扉まで下がっていく。
マオは息を飲み込みながら、少女が自分を離してくれるのを待った。
少しずつ、少しずつ。
気が遠くなるような時間をかけて、模倣犯は扉に手をかける。
ゆっくりと扉を開き、置かれていたレシピを確認した。
模倣犯はそれを見て、笑みを浮かべる。
もうマオは用済み。そう考えて始末しようとした刹那だった。
『ぐおっ』
何かが模倣犯の腰に向かって飛んできた。
あまりの勢いで、模倣犯はマオと一緒に前へと飛ばされてしまう。
言葉にできない痛みが襲いかかっていた。
唐突なことに、模倣犯は状況が把握できない。
そんな中、先に立ち上がっていたマオはあるものを手にする。
それは〈アルミティアの杖〉だった。
「レシピは絶対に渡さないんだから!」
杖と逆の手を模倣犯は見る。
そこには手のひらサイズの磁石が存在した。
それを見て、マオが仕掛けたトラップが何だったのか理解する。
『小賢しいことを!』
ここに来る途中、アルミティアの杖を扉から少し離れた場所に設置していた。
そして、模倣犯を上手く陽動する。後は磁石の力を使って引き寄せれば、作戦成功というものである。
だが、普通の磁石では〈アルミティアの杖〉を引き寄せることはできない。
そもそも、常に磁石の効力が機能していては意味がない。
肝心なタイミングで効力が発揮できるようにしておかなければ、この作戦は失敗する。
「私が何者か忘れた? 私は錬金術師よ!」
精霊達に頼りっぱなしではない。
マオは、そう宣言するかのように叫んだ。
『うるさい! お前が、錬金術師だなんて認めるか!』
立ち上がる模倣犯。
よく見るとその身体は真っ黒な〈何か〉に包まれており、どんな顔で怒っているのか全くわからなかった。
マオは睨みつける。そのまま模倣犯に飛びかかろうとした瞬間、パチパチと音が聞こえた。
『これはこれは、さすがでございます』
マオは思わず振り返る。そこには模倣犯と同じ黒い〈何か〉に包まれた少年が立っている。
『お一人で十分だと思っておりましたが、まさか打破するとは。やはりあなたは恐ろしい特異点ですよ』
少年はそう言うと、指をパチンと鳴らした。
直後、少年の隣に一つ所十字架が現れた。
マオが思わず目を鋭くさせる。それを見た少年は、もう一度指を鳴らした。
光が集まり、だんだんと人の形となっていく。
いつしか光は剥がれ落ち、中からルルクの姿が現れるのだった。
「ルルク君!」
思わず大声で叫ぶマオ。しかしルルクは、気絶しているのか反応しない。
『さあ、錬金術師よ。このまま抵抗すればこいつの命はない。どうする?』
マオは歯を食いしばった。
仕方なく杖を捨てる。途端に少女が飛びかかり、マオを押し倒した。
『さっきはよくもやったわね!』
少女は右手を大きく振り上げる。
そこには月明かりを反射するナイフがあった。
『死ね、マオ・リーゼンフェルトォォ!』
殺意が、形となってマオに襲いかかる。
迫る刃に、マオは思わず目を瞑ってしまった。
「させるかぁぁ!」
マオに襲いかかる最後の瞬間。
だが、寸前に誰かの声が響いた。
同時に甲高い金属音も響く。
カラン、とナイフが転がっていくと、マオを押し倒した存在を誰かが蹴り飛ばした。
「大丈夫?」
そこにいたのは、一人の少女だった。
まるで真っ黒なシルクハットに、身体を包み込めるほど大きな黒いマント。
白いシャツに、真っ赤なベスト、そして真っ白なショートパンツが見え隠れしていた。
そのお尻から伸びる赤い尻尾。そこにはかわいらしい真っ赤なリボンが結ばれていた。
「あなたは?」
目を隠すように覆われた仮面。顕になっている口元が優しく緩むと、少女は名乗る。
「私の名前はリボンテイル。力、権力、そして悪しき心に溺れた強者から弱き者達を守る大怪盗さ!」
それは、思いもしない出会いだった。
マオは思わず助けてくれた怪盗リボンテイルを見つめる。
リボンテイルは敵を睨みつける。そして、マオにあるお願いをした。
「悪いけど、手伝ってくれる? 偽者とはいえ、ちょっと骨が折れそうだから」
「は、はい!」
マオは慌てて立ち上がる。
アルミティアの杖を持ち、模倣犯達を睨みつけた。
『ふーん』
模倣犯の片割れである少年は、とてもつまらなさそうな顔をする。
想定外だったのか、その顔からは笑顔が消えていた。