第25話 降臨! 不思議の国のルルクちゃん
シクシク、とロイドは泣いていた。
逃げられないように縛られ、後ろに回された手首。
男なのに着させられたメイド服のスカートは短く、今にも中が見えてしまいそうだ。
スカートから伸びる足はなんとも綺麗で、男とは思えないほどの細さである。
「うぅ、もうお婿に行けない……」
ない胸を強調させるようなコルセットに窮屈さを覚えつつ、ロイドは歩いていく。
そんなロイドを引き連れて進むダリアンは、とても上機嫌だった。
「私から逃げようなんて百年早いんだからねっ」
「うぅ、許してくださいダリアン様ぁー」
「だーめっ、コンテストで優勝したら解放してあげる」
シクシク、とロイドはさらに涙を流した。
なぜ、こんな姿になってしまったのだろうか。
先代執事の言いつけで、常に男らしい執事であれと言われたロイド。
しかし、現実は女の子よりもかわいい姿にされてしまったかわいそうな男の子である。
行き交う学生が全員ロイドに釘付けとなる。ロイドはそれが気になって気になって堪らなかった。
「待てぇー!」
そんな中、聞き馴染みのある声が響いた。
ロイドの隣を誰かがものすごいスピードで駆け抜けていく。
思わず顔を上げると、その隣をまた誰かが駆け抜けていった。
その時、ロイドは目を疑った。
「ルルク?」
揺れる白い髪と大きなリボン。
肩を隠すように羽織られた赤いカーディガンに、青い胴衣。
なぜかない胸を強調させるコルセットに、揺れる赤いスカート。
そのスカートを覆うように施された白いエプロンが、妙なかわいらしさを引き出していた。
ロイドは言葉を失う。
なぜ、ルルクが女の子のような姿をしているのか、全く理解ができなかった。
「ふ、ふふふ」
唐突にダリアンが笑い出した。
それはあまりにも不気味なもの。ロイドは耳にした途端、身体を震わせてしまった。
「やるじゃない。まさか、そんな逸材がいてそんなテーマを持ってくるなんてね」
ロイドの額から汗がダラダラと流れ落ちてくる。
このまま静かに逃げよう。そう思った瞬間、ダリアンはロイドを縛っていた縄を引っ張った。
「わぁっ!」
ロイドは悲鳴を上げて倒れる。
そのまま硬い床に突っ伏すと、ダリアンが顔を覗き込んできた。
その顔はどこか引きつっており、だけどとんでもなく健やかな笑顔を浮かべていた。
「ロイド、もっとかわいくなりましょうね」
「えっ? それは一体どういうことで――」
「今、この場で、アンタを、エロかわいくするのよ!」
「ちょ、ちょっと待ってください! なんでそんな方向性に走るんですか!?」
「同じかわいい路線じゃあいつには勝てない。なら男が喜ぶエロを取り入れるのよ!」
「男がエロくなって喜ぶ男なんて、どこにいるんですか!?」
「男はみな変態よ! お父様が言っていたわ!」
正論なのかそうでないのか。
もう何を目指しているのかわからないダリアン。
そんなダリアンに跨がられ、ロイドはメイド服を引きちぎられていく。
それはもう学園史に残る奇妙な事件の一つとして、語り継がれるものとなる。
だが、ロイドはそんなことになるなんて知らない。
「ああ、やめてください! こんな、こんな場所でこんなことぉぉ」
「かわいく、そうかわいくするためよ! アンタ、もっとエロく、誰もが欲情するようなメイドにするためよ!」
「だ、誰か。誰か助けてぇー!」
学生達は、見て見ぬふりをした。
響くロイドの悲鳴。それはダリアンが満足するまで、止まることはなかった。
◆◇◆◇◆◇◆
「くそ、どこに行きやがった!?」
ルルクは殺気を剥き出しにしてミーシャを探していた。
しかし、どんなに見渡してもミーシャの姿はない。
「あ、あなたコンテストの出場者ですね」
そんな中、誰かがルルクに声をかけてきた。
目を向けると、頭にかわいらしいウサギ耳が跳ねた女子学生だった。
「いえ、違います」
「何を言っているんですか。出場者はこっちですよ」
「え? あの、ちょっとぉ」
ルルクの有無を聞かずに、女子学生は手を引いていく。
そして、そのまま階段の前に立たされてしまった。
「それじゃあ、階段を昇ってください。ステージに立ったらアピールをお願いしますね」
「だから、僕は――」
「とっとと行く。わかりましたか?」
ルルクはため息を吐いた。仕方なく足を踏み出し、階段を昇った。
どうせすぐ終わる。その後にミーシャを見つけ出して、制裁を加えればいい。
だが、その考えはあまりにも甘かった。
『さあ、次の男の娘を紹介しよう。
なんと、絵本から飛び出してきた男の娘の中の男の娘! その端麗な美しさと、有り余るかわいらしが滲み出している美少年!
今日だけの降臨だ。さあ、みんな見てくれあの姿を!
不思議の国のルルクちゃん、出ておいでぇぇぇぇぇ!』
ステージにたった瞬間に、カーテンが開く。
直後、目に入ってきた光景にルルクは目を疑った。
埋め尽くさんばかりの人、人、人。四方八方から飛び交う黄色い歓声は、何を意味しているだろうか。
「やばっ、何あの子!?」
「今までとレベルが全く違うぞ!」
「ルルクだ、ルルクだぁー!」
ルルクは言葉を失う。
なぜ、こんなにも人がいるのだろうか。
なぜ、こんなにも歓声が上がっているのだろうか。
なぜ、みんな沸き立っているのだろうか。
なぜ、なぜ、なぜ――
『さあ、ルルクちゃんっ。アピールをどうぞ!』
疑問が駆け巡る中で、進行役の男子学生からアピールを促されてしまった。
頭がショートするルルク。しかし、解放されるためには何かをしなければならない。
必死にパニックになった頭を制御して、何をするべきか考えた。
「え、えっと、みんなだーい好きっ」
てへっ、とルルクは笑った。
途端に会場からは「きゃあぁぁぁぁぁ」と悲鳴に似た歓声が上がる。
その声は波となって会場をうねり回す。
いつしか「ルルク、ルルク」と何度も名前を連呼されていた。
ルルクは顔を引きつらせた。
なぜ、自分はここにいるのだろうか。というか、なんであんなアピールをしたのだろうか。
考え出した途端に、顔が真っ赤に染まっていた。




