第20話 切り開かれた運命と重なり合う恋
【ありがとう、マオ様】
真っ赤に燃え上がり、天まで届くほど立ち昇った火柱。
ホタルのように小さな火粉が舞い落ちる中、その声はマオに語りかけていた。
【あなたのおかげで、あの男の支配から解放されました】
黄金に輝く粒子。それがマオの身体の周りにまとっていく。
マオを包み込む黄金の粒子。それには濁った黒いものはなく、ただただ太陽の光を反射させていた。
【この御身を、再びあなたのために】
声はそう言って、マオの身体の中へと溶け込んでいく。
マオは思わず自身の身体に目をやった。しかし、大きな変化はない。
『よかったな、主よ』
ふと、声が聞こえた。
顔を向けるとそこには、イフリートがいた。
マオは思わず目を大きくする。するとイフリートは優しい目を向けて、笑った。
『我は剣。主を守りし剣。例え汝があの時の誓いを忘れていたとしても、我は汝の剣であり続ける』
そう言って、イフリートは姿を消した。
マオは思わずイフリートを呼び止めようとした。だがその瞬間に、「マオちゃーん」とミーシャが叫んで駆けてきた。
振り返るとミーシャはそのまま飛び込んで抱きつく。
思いもしなかったこともあり、マオは抱きしめると共に雪の上に倒れてしまった。
「あてててっ。何するの、ミーシャちゃん?」
「何って、どうしたのよ! すっごくカッコよかったじゃないっ」
「へっ?」
何がカッコよかったのか。
マオが目を丸くして訊ねようとした瞬間に、ミーシャが目を輝かせた。
「なんであんな指示が出せたの? まるで戦場指揮官みたいだったし!」
「え? えっと、ただ夢中になってやってたから、よくは――」
「とにかくカッコよかったのっ! マオちゃんすごかったのっ!」
マオは苦笑いをする。
そんなにカッコよかったのかな、と感じながら身体を起こした。
「ミーシャの言う通りだよ」
身体を起こすと同時に、ルルクが声をかけてきた。
マオは困ったように笑い返すと、ルルクは真剣な表情で感じたことを言い放つ。
「あんなに的確な指示を出せるなんてすごいよ。もし僕が同じ立ち位置だったとしても、マオみたいにはできない」
「そんなことないよ。私はたまたま――」
何かを言いかけた。
そう、何かを言いかけたのだ。
その瞬間に、強烈な痛みが頭へと走った。
まるで中から響くような鈍い痛み。思い出すことを拒んでいるかのような感覚すら覚える。
「マオっ」
「マオちゃんっ」
ルルクとミーシャが心配してマオの名前を呼んだ。
だが、マオはそのまま意識を失ってしまう。
「先生、大変だ! マオが倒れた!」
「何っ!? 今すげぇーいいところなんだけどっっっ」
「いいところって。うわっ、何しているのよ先生!」
「リリシア嬢の介抱だ! ほら、少しでも身体を楽にさせるためには服を――」
「変態! 先生の変態ッッッ!!!」
「男は誰しもが変態だ! なっ、ルルク君」
「一緒にしないでください! とにかくこっちに来て!」
力なく倒れたマオ。そんなマオを心配して、みんなが大騒ぎをする。
その光景を、ピエロ魔人が楽しそうに歪んだ笑顔で見つめていた。
◆◇◆◇◆◇◆
『いいか、マオ。錬金術は未完成の分野だ。
何と何を組み合わせればいいのか。どんなアイテムが生まれるのか。
それを発見するために、俺達は日夜研究しているんだ』
懐かしい声が響いた。
それは今でも知っている声だ。だが、今よりも若くて、どこか優しい声であった。
『錬金術はいつか、人々のためになる分野だ。だから、俺達は学習をサボってはいけない』
力強く、輝きに満ちた言葉。
だけどそこにいるマオは、ちょっとどんよりとした顔で思いもしないことを言った。
『私の力は、必要とされてないよ?』
若い男は、ちょっと困ったように笑う。
だがすぐに、そこにいるマオへと歩み寄った。
大きな手を頭へ乗せると、ワシャワシャと撫で始める。
『ちょ、ちょっと先生っ』
『必要ないなんてことはない。お前はお前で、役に立てることがある。それに、お前だからこそ協力してくれる精霊がいるんだろ?』
『そうだけど……』
『なら、力を疎むな。しっかりと胸を張って誇れ。そうすればお前は、立派な人間になれる』
そこにいるマオは、どこか怪訝な顔をしていた。
だけど、自分を認めてくれるその言葉に嬉しさを感じていた。
本当は気恥ずかしくて、ただ素直になれないだけだ。
そんな自分が、ただただ嫌だった。
『さて、そろそろ講義を始めるとしようか。マオ、今日のは難しいぞ』
『えぇー。もっと簡単にしてくださいよ、アイザック先生』
記憶の中には全くない光景。
しかし、なぜだかわからないが、どこか懐かしさを覚える光景でもあった。
◆◇◆◇◆◇◆
「マオっ」
目を覚ました瞬間、真っ黒なスライムボディーが目に入ってきた。
その顔はとても心配そうだった。だが、マオはついつい笑みを溢してしまう。
「ったく、心配したぞ。まさか担ぎ込まれてくるとは」
「ごめんなさい、先生。あっ、そうだ。イフリートは帰ってきてますか?」
「いや。一緒じゃなかったのか?」
アイザックの言葉を聞き、マオは少し暗い顔をする。
もしかしたら、と嫌な考えがよぎった。
『大丈夫ですよ』
そんな顔をしていると、誰かが声をかけてきた。
顔を向けるとそこには、ウンディーネが立っている。
マオは思わず目を見開く。するとウンディーネは優しく微笑んだ。
『彼は傷ついた身体を癒やしているだけ。だから、死んではいません』
とても透き通る声に、マオは驚く。
ふと、視線にシルフィールが入ってきた。シルフィールはマオに大釜へ見るように促してくる。
目を向けると、そこには赤く輝く球体が浮いていた。
『イフリートはしばらく休むって。ったく、あいつはいつも無茶ばっかりするんだから』
シルフィールは剥れさせながら言葉を放つ。
それはどこか子供っぽく、無邪気な印象を抱かせた。
『ワン』
マオが驚いている中、ノームがすり寄ってくる。
以前と変わらない鳴き声に、マオはちょっとだけ安心した。
「まあ、今日は休め。いろいろあっただろうしな」
「でも、ガリウスさんの依頼が……」
「ああ、あれか。あれはもういいそうだ」
アイザックの思いもしない言葉に、マオは目を点とした。
ついつい「どうして?」と訊ねると、アイザックはちょっとだけ複雑な表情を浮かべた。
「何というか、想いを遂げたらしい」
一瞬だけ言葉の意味がわからなかった。
しかし、その一瞬という時間が過ぎると共に「ガッハッハッ」という豪快な笑い声が響いてきた。
「アイザックー! マオちゃんは元気かー!」
唐突に開かれる扉。
途端にアイザックはため息を吐いた。
マオは反射的に顔を向ける。するとそこには、上機嫌なガリウスとその左腕を抱きしめているリリシアの姿があった。
「なんだ? またのろけ話か?」
「違う違う。マオちゃんを心配して来たんだ。なぁー?」
「はい、そうです。私達はマオちゃんが心配で堪らなくて来ましたよ」
「のろけ話しに来たんだろ?」
「だから違うって言ってるだろ! まあ、俺達はラブラブすぎてみんなに見られちゃっているけどなー!」
「もぉー、先生は困った人ですよ。所構わず私にあんなことやこんなことを――」
「だって、リリシアはかわいすぎるんだもーん!」
顔をだらしなく緩ませるガリウス。そんなガリウスに頬を赤らめるリリシア。
マオは想定外の光景に、目を点をさせていた。
アイザックはというと、とてもうんざりとした顔をしている。
「まあ、のろけ話はマオにしてくれ」
「え? ちょっと、先生?」
「だからのろけてないって! あ、そうだ。ついさっきリリシアに、手料理を振る舞ってもらったんだ。もう最高だったねっ。幸せが幸せを呼んで幸せすぎたよ!」
「先生ったら褒めるのお上手なんだから。でも、嬉しいです」
「僕ちんもっと褒めちゃうからねー!」
緩みっぱなしのガリウス。リリシアも本当に嬉しそうにしており、笑顔が絶えない。
だが、その幸せオーラはあまりにも眩しいものだった。
だからついつい、マオは顔を呆れたような笑みを溢してしまった。
「お前ら何しに来たんだよ?」
「お礼を言いに来たんだ。あとついでにラブラブっぷりを見せつけに来たぜ!」
「帰れ!」
アイザックがあまりのウザさに苛立っている。
だが、ガリウスが途端に表情を引き締めた。
「帰らんさ。俺達がこうなれたのも、お前とマオちゃんのおかげだ」
ガリウスは床に腰を下ろす。そしてあぐらをかき、まっすぐとマオへ目を向けた。
「本当にありがとう」
頭を下げるガリウス。
それはどこか、漢気を感じさせる姿でもあった。
マオはそんなガリウスを見て、つい安心したかのように顔を綻ばせる。
アイザックはそんなマオを見て、優しい視線を送った。
「ううん。私は何もしてないよ」
「そんなことないさ。マオちゃんがいたから俺は踏み出せた」
「だけど――」
「謙遜しないでくれ。これはお礼だ。何かの役に立つと思う。よかったら使ってくれ」
ガリウスはマオにあるものを手渡す。
それはすっかりと乾燥したマンドラゴラの根っこだった。
マオは思わず顔を上げる。するとガリウスはニッと笑った。
「そこにいる悪友を、頼むぜ」
アイザックはふんっ、と鼻を鳴らす。
おそらく気恥ずかしいのだろう。
しかしマオは、アイザックの気持ちを知りつつもしっかりと返事をした。
「はいっ」
こうしてガリウスの力になったマオは、〈最高品質のマンドラゴラの根〉を手に入れた。
これにて第2章は終了です。
なかなかに長く、プロットからずれてしまったエピソードでもありました。
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