第2話 みんなで大失敗の後片付け
ネネシブ王国。そこは多くの種族が住んでいる多種族国家である。
豊かな緑に、豊富なダンジョン。観光資源も溢れ、経済的にも豊かな王国だ。
しかし、そんな国に大きな事件が起きた。
それは国王が誕生日を迎え、国民全員がお祝いをしていた日の夜のことだった。
『ヒィーッヒッヒッヒッ! お集まりのみなさま、ようこそ我がパーティーに!』
王様の前に〈魔人〉と名乗るピエロが突然現れたのだ。
ピエロはまるでマジックでもするかのようにパチンと指を鳴らす。途端に王様はスライムに変えられてしまった。
思いもしない出来事に近くにいた人々はざわつき、混乱した。だが、それでも王様を助けようと果敢にピエロに挑んだ者達がいたのだ。
『ざーんねーん』
しかし、その勇気はいとも簡単に跳ねのけられてしまった。
王様を助けようとした人々は全員、王様と同じようにスライムに帰られてしまったのだ。
その中には、マオの恩師であるアイザックもいた。
『ふふふ、なかなかに勇敢な方々だ。その勇気を称えて、ゲームをしましょう。
もしあなた方が自力でその〈呪い〉を解くことができれば、再び私は現れてあげましょう。
ただし、失敗すればあなた方は〈最凶最悪のスライム〉になるでしょう。
期限は今日から半年後まで。それまでに治せるかどうか、楽しみにしておりますよぉ』
そんな言葉を受け、周囲は恐怖におののいた。もし解決方法が見つからなければ、偉大なる王様が本当にスライムとなってしまう。それは王国にとって、史上最悪ともいえる事件だ。
こうして王様を、そして勇敢に立ち向かった者達を助ける戦いが始まったのだ。
◆◇◆◇◆◇◆
「ハァ……」
マオは大きなため息をついていた。
錬成失敗によって生まれた奇妙な何か。アイザックの話では、錬成失敗によって生まれた合成獣らしい。
不気味だったとはいえ、その命を奪ってしまったことに罪悪感を抱いていた。
「気にするな。あったとしても、本能しかない存在だ」
アイザックがマオを励ますように言葉をかける。マオは小さな声で「はい」と返事すると、それにアイザックは満足げな顔をしていた。
「それにしても、派手にやったもんだ」
シルフィールが反射的にマオを守ってくれたこともあってか、部屋が合成獣の体液でグチャグチャになっていた。
シルフィールがちょっと落ち込んでいると、マオは「大丈夫だよ」と声をかけた。
「しっかし、とんだ災難だな。しばらく錬成ができないぞ」
「霊薬の生成にも失敗しちゃったし。やっぱり間接材が悪かったのかな?」
「お前なぁ……。管理はしっかりしろと常々言ってるだろ?」
「し、しっかりしてましたよ! でも、なぜか悪くなってて――」
「はいはい、わかったわかった。次は気をつけろ」
マオのことを信じていないアイザック。そんなアイザックを不満げに見つめ、マオは剥れさせた。
そんなこんなをしていると、ウンディーネがマオの肩を叩いてくる。アイテムボックスを見るようにと促され、中に目を向けた。
「あれ?」
マオは目を疑った。なぜならたっぷりと入っていたはずの素材アイテムが、すっからかんになっていたからだ。
「え、なんで? なんでアイテムがないの!?」
マオが慌てた声を上げる。するとアイザックが思い出したかのように、先ほどの出来事を口にした。
「合成獣に食われたかもな」
そう、マオが苦労して集めたアイテムは全て食べられてしまったのだ。
思いもしない最悪な事態に、マオは力なく崩れ落ちた。
落ち込んでいるマオを見て、心配する精霊達。しかし、マオはすぐに顔を上げ、元気よく立ち上がった。
「またダンジョンに潜らなきゃ」
落ち込んでいる暇はない。できることをすぐにしなければいけない。
マオはやる気に満ちた顔をして、すぐにポーチを腰に巻いた。
それを見たアイザックは、「後片付けしてからにしろ」と声をかける。だがマオは首を振って出発の準備を始めていた。
「そんな時間ないです。このままじゃあ王様だけじゃなくて、先生も本当にモンスターになっちゃう」
マオの言葉を受けたアイザックは、少しだけ顔を険しくさせた。
その顔を見たマオは、心配かけまいとアイザックに微笑む。
「それじゃあ行ってきます。あ、ノームは一緒に来て!」
『ワン』
「お、おい! 待て、俺も行く!」
マオを追いかけるようにアイザックも駆けていく。残されたイフリート、ウンディーネ、シルフィールは互いの顔を見合った後に、アトリエの掃除を再開したのだった。
マオはアイザックと共に、学生達が冒険へと出発する部屋〈旅立ちのロビー〉の扉の前に立っていた。
アイザック、そしてノームと一緒に部屋へと入り、青い魔法結晶の前に移動した。
別名ワープクリスタルと呼ばれている魔法結晶に手をかざそうとする。
その瞬間、ノームが何かに気づいたのか『グルルゥ』と威嚇し始めた。
「あら、こんな所で何をしているのかしら? ちんちくりん」
声をかけられ、マオはムッとした顔をしながら振り返る。
そこには、ウェーブがかかった綺麗な黒髪を揺らし、ニィッと笑みを浮かべている少女が立っていた。
「ダンジョンに潜るところだよ。ダリアンちゃんは?」
「奇遇ね。私も気分転換がてらに潜るところよ。ところで、錬成は成功したのかしら?」
ダリアンの指摘を受け、マオは顔を歪めた。
それを見てダリアンは意地悪そうな顔をして、笑った。
「あら、その様子だと錬成は失敗したようね」
「そ、そんなことないもんっ」
「へぇー。じゃあ、あのすごい音は何だったのかしら?」
「そ、それは――」
「失敗したんでしょ? そうよね、ねぇ?」
マオはダリアンの指摘に「ぐぬぬっ」と唸っていた。
ニヤニヤと笑うダリアンは、そんなマオを見るのが楽しいのかもっと詰め寄ろうとする。
だが、そんなマオに見かねたアイザックが仕方なく割って入った。
「そうだ、大失敗したんだ。そのせいでアイテムがなくなって、それでダンジョンに向かうところなんだよ」
「先生っ!?」
「あら、やっぱりそうなの。ププッ、所詮は庶民なのね」
マオはダリアンに笑われてとても悔しそうに拳を震わせていた。
だが、アイザックはそんなダリアンに説き伏せるように言葉を放つ。
「失敗という失敗はない。全てが成功へ繋がる道だ。つまりだな、失敗するからこそ成功が掴めるってことだ。確かにマオはまだまだだ。だがいずれ、俺をも超える者になる。
ダリアンよ。お前がマオを笑っている間にも、マオは成長して超えていくぞ。それでもいいならずっと笑っていろ」
アイザックの言葉を受けたダリアンは、途端につまらなさそうな顔をする。
すぐに「ふん」と鼻を鳴らし、マオの順番を無視してワープクリスタルの前に立った。
「そんなにその子の才能を信じているなら、証明しなさいよ。そうすれば少しは認めてあげます」
言葉を吐き捨て、ダリアンはどこかへ消えていった。
マオはダリアンが消えた後、ベーッと舌を出す。そんなマオを見て、アイザックはやれやれと息を吐いた。
「先生」
「なんだ?」
「ありがとうございます」
素直に頭を下げて、マオはアイザックにお礼を言う。
アイザックはそれに気恥ずかしそうに笑い、マオの頭に飛び乗った。
「なら、もっと成長してもらうぜ。早く俺を元に戻してくれよ」
「が、頑張ります!」
ワシワシと頭を撫でられるような感覚を抱きながら、マオはワープクリスタルに触れる。
アイザック、そしてノームと一緒にダンジョンへと向かったのだった。




