第16話 リリシアさんが抱く小さな想い
公平なるチーム分けによってリリシアと一緒に行動することとなったマオ。
ルルクがお互いのチームの健闘を祈りつつ、さらなるルール説明をする。
「チーム分けも無事に終わったし、どうにかこうにかダンジョンに着いたし、そろそろ始めようか」
「ね、ねぇ、ここって寒くない? 防寒具を着てても身体が震えるんだけど……」
「当たり前だろ。ここはいつもと比べて難易度が高いダンジョンなんだ。しっかりと準備しなかったミーシャが悪い」
「う、うるさい! アンタを介抱してたから準備し切れなかったのよ!」
反発するミーシャ。しかし、ガリウスがそんなミーシャの肩を叩いた。
振り返るとキリッとした顔で親指を立てていた。
「寒かったら俺が抱きしめてやるさ」
「いえ、結構です」
ミーシャはそう言ってマオの身体に抱きつく。
思わず「きゃあ」と悲鳴を上げると、ミーシャはマオの身体をぎゅーっと抱きしめて顔を埋めた。
「やっぱりマオちゃんは暖かーい」
「ちょ、ちょっとミーシャちゃん!」
「幸せ。このままずっとこうしていたいなぁー」
困り果てるマオ。ついつい苦笑いを浮かべると、今度は後ろから誰かが抱きついてきた。
振り返るとそこにはリリシアがおり、ほっこりとした顔で「ホントですね」と笑っていた。
「マオさんは暖かいですね。もう猫みたいです」
「ですよねぇー。このまま抱きしめていたい」
「み、みんなぁー」
実はマオを心配して着いてきたイフリートの力によるものだが、敢えて口にしなかった。
そんなこんなで女の子達がマオを抱きしめている光景が広がる。
「おお、そんなに暖かいのか。なら俺も――」
「先生はダメですっ。やったら訴えますからね!」
「ケダモノは引っ込んでなさい。さもなければ切り刻みます!」
「そ、そんなぁ!」
女子全員から拒絶されるガリウス。マオはその状況にさらに困ったように苦笑いを浮かべていた。
「みんな、そろそろスタートの合図をするから定置について」
ワイワイと賑やかにやり取りをしていると、ルルクがちょっと呆れたように言葉を吐き出す。
それぞれが「はぁーい」「仕方ないですね」「ぬくもりを感じたかった」と言葉を溢すとマオから離れていった。
「みなさん、準備はいいですか?」
ルルクは確認するように全員に目を向ける。
リリシアとガリウスは睨みつけ合いながら、マオとミーシャはそれぞれのリーダーの後ろに立って待機をしていた。
みんなが準備完了だと感じ取ったルルクは、右手を振り上げる。
そして大きな声で「スタート」と叫び、右手を下げると同時に戦いの合図を送った。
「行きますよ、マオちゃん!」
「へっ?」
ルルクの右手が下げられると同時に、リリシアが駆けた。
マオの腰を担ぐ形で持ち上げ、そのままダンジョンへと突入していく。
「きゃあぁぁああぁぁぁぁぁっっっ!」
それは、今まで体験したことがない世界だった。
あまりにも一瞬にして光景が通りすげていく。
視界に入ったかさえわからないまま、ものすごいスピードでモンスターもトラップも横切っていった。
「ざっとこんなものかしら?」
気がつけばマオは知らないところにいた。
スタート地点がどこにあるのか全くわからない状態になったマオ。もしこのままリリシアに置いていかれたら、確実に迷子になってしまう。
「あ、あの、ここは?」
「スタート地点から三つフロアを越えた場所ですね。モンスターは比較的少ないフロアでもありますよ」
「え? もうそんなに進んだんですか?」
「はい。採取にうってつけの場所を選びましたし、万が一に襲われても守り通しますから安心してください」
マオは改めてリリシアのすごさを知る。
ひとまず、リリシアに言われた通りにアイテムを探し始める。するとすぐ近くに〈フロストベリー〉が実っている木を発見した。
「すごい数」
「これなら申し分なさそうですね」
あとは〈純白ローズ〉だけだ。
ひとまずマオは〈フロストベリー〉をリリシアと一緒に採取する。
ふと、何気なくリリシアに目を向けた。するとなぜだか思い耽ったようなため息を吐き出していた。
「どうしたんですか?」
「いえ、他愛もないことですよ」
そう言ってリリシアは収穫に集中する。
マオはちょっとおかしいリリシアに妙な感覚を抱く。
「あっ」
「どうしましたか?」
「そういえばなんですけど、どうしてガリウスさんはリリシアさんを追いかけるようになったかなって」
「知りません。あんな奴のことなんて」
途端に機嫌を悪くしたかのように言葉を吐き捨てるリリシア。
だが、旗から見ているマオからするととても不思議な光景だった。
その顔は嫌がっているように見えるが、どこか楽しそうでもあった。
まるで追いかけられることが嬉しいような、そんな風に見える。
「大体、何なんですかあの人は。種族の仲の悪さのことは考えないし、教師であるにも関わらず追いかけ回してきますし。本当に教師として資格があるのですか? 全くもぉー」
「一度だけですけど、ガリウスさんの講義を受けたことがあります。結構わかりやすく授業をしてましたし、それに結構みんなと和気あいあいとしてましたよ」
「なんでそんな方がドワーフなのかしら? もったいないですね」
「あ、でもエルフの人にも分け隔てなく接してました。むしろ笑い合ってましたけど」
リリシアはマオの言葉を聞き、疲れたようにため息を吐く。
そしてそのまま物思いに耽り始めた。
マオは奇妙な違和感を覚える。なぜこんなにもリリシアは憂いているのだろうか、と。
だからつい、マオは聞いてしまった。
「リリシアさん、気になっているんですか?」
思いもしない言葉だったのか、リリシアの顔が真っ赤に染まる。
慌ててマオに振り返ると、リリシアは「そんなことありません!」ときっぱりと言い放った。
「なぜあんな奴のことを気にしないといけないのですか! そもそもの話、種族の仲を考えてくださいよ。絶対的な壁があるじゃないですか! なのになぜ、あの御方は――」
「あの、リリシアさん? もしかしてガリウスさんのことが――」
「断じて違いますっ! あの御方のことが気になるなんてあり得ません!」
必死に否定するリリシア。だがそれが逆にマオの中で一つの確信を抱かせる。
リリシアは言葉では否定している。だが、態度はちょっと違っていた。
「とにかく、私はあの御方は嫌いです!」
マオはニヤニヤと笑顔を浮かべる。
リリシアはそれに苛ついたかのように「何か?」と言葉を刺した。
「なんでもないですよぉー」
「……マオさんなんて嫌い」
マオは知る。リリシアの本心というものを。
だからこそ二人のじれったい恋物語を応援したくなった。