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鋼鉄重奏ブレイヴストーム  作者: 平等院 丑造
6/23

1:Lost-≪5≫

≪5≫


ミツクニ、イェンス、エーリクの三人はその日、ミツクニの祖母タケ宅にて、最高に楽しい夜を迎える。

祖母タケはエーリクの来訪をとても喜び、その日の夜三人は祖母タケの作る料理に舌鼓を打った。その後暫く四人でテレビを見ながら歓談を楽しんだ後、庭へ出て花火を楽しんだ。

その後祖母タケに「おやすみ」と就寝の挨拶を済ませ、三人は二階へと上がった。

やはりエーリクもイェンス同様ミツクニの使用する部屋に寝ると言い張って聞かなかったので、三人は結果的に川の字に布団を三枚敷いた後、あーでもないこーでもないと様々な話で盛り上がった。

「エーリクは彼女とかいねえのか?」

イェンスが達磨の如く胡坐を掻き、ゆらゆらと身体を揺らしながら問う。

エーリクは布団の上に腕枕で寝転がりながら、「ああ」と答えた。

「今は特定の相手を作らないって決めてるんだ。エクスカリバーに加入する前に付き合ってた彼女が居たんだが、何つーか、どうしてもソリが合わなくて別れちまった」

そう話すエーリクはあっけらかんとしている。既に過去の記憶として処理しているようだった。

「ミツクニはどうなんだ?よく見るとモテそうな顔してるけどな」

エーリクはミツクニの顔をじっと見て言った。

「いや、俺も彼女は居ないよ。わりと最近別れたんだ。浮気されて」

ミツクニがそう言うとイェンスは揺れるのを止め、エーリクはがばっと起き上がり、前のめりになる。

「何だよその話。詳しく聞かせろよ」

二人の眼が今日一番と言っても過言では無い程にきらきらと輝いているのが気になったが、ミツクニは淡々と一連の事件を話し始める。


「…じゃあ纏めると、ケイトをミツクニに紹介したテッドっていう莫迦と、テッドに紹介されたケイトって尻軽が寝てたって事でいいのか?」

イェンスが全くオブラートに包まないストレートな表現で話を要約したのを聞き、エーリクが隣でイェンスの背中を叩く。

「おい!…まあでも…いやしかし、よくもまあそんな軽率な事が出来たよな、その二人」

珍しく歯切れ悪く、言葉を選びながらエーリクはそう言う。

エーリクに叩かれた背中を擦りながら、イェンスはミツクニの肩をぽんぽんと叩いた。

「まあでもさ、そんな女別れて正解だぜ、ミツクニ。寧ろ今そういう女だって分かって良かったじゃねーか。ミツクニ、ちょっとだけその女との結婚の事考えてたんだろ。プロポーズした後だったらもっと痛手だったぜ。金銭的にも」

ミツクニは確かに、と言って言葉を続けた。

「そうなんだよね。俺も今思ったけど、分かったのが今で良かったよ。まあ、テッドは仕事上の付き合いがこれからも続くから、そこはちゃんと解決しないとなとは思ってるけど」

今まで通りバンドを続けられるのか。共にバンドをやっていく中で、果たして今まで通りしっかり機能したバンドに修復できるのか。それがミツクニにとって一番の悩みの種ではあった。

「あ、でもさ」

イェンスがミツクニをじっと見ながら言う。

「何だかミツクニ、今全然落ち込んでなくねーか?初めて失恋の話がちらっと出た時はまだ引きずってそうだったけど、今は全然そんな感じしねーな」

エーリクも「確かに」と続く。

「寧ろちょっと清々しく見えるぜ」

ミツクニはそう二人に言われ、自分自身の感情に集中してみる。

そうして全く胸が痛んでいない事に気付き、自分自身で驚愕した。

「…ほんとだ…!何か俺、もう全然大丈夫だよ。寧ろあんなに落ち込んでたのが嘘みたいだ」

何でだろう。ミツクニはそう心で己に問いただすが、その答えは考えるまでもなく既に出ていた。

ミツクニは目の前で何やらふざけながら笑う二人を見ながら思う。

―――この二人と出会えたからだ。旋律を失いはしたけれど、こんなに笑い合って、何かを一緒に楽しんで、全てを共有できる友達に出会えた。こんなに笑ったのなんて、何年ぶりだろう、俺。

そう考えると、ミツクニの心に温かいものが込み上げてくる。

少し目が潤むミツクニを見て、二人は驚きながら近づいた。

「お、おいミツクニ何だよもうー!やっぱり立ち直ってねーのか!?」

「涙拭けよミツクニ。ほら、俺のTシャツ使っていいぜ」

そう言ってエーリクは着ているTシャツを脱ぎ始める。

「い、いやそうじゃないんだよ…。お、俺、二人に会えて良かったなって思って…こんなに楽しいの、何年ぶりかなって思ったら何か……あ、これ汗だから!目から出るタイプの汗だから!」

Tシャツを差し出すエーリクを手で制しながらミツクニは腕で涙を拭う。

「な、何だよそれ…照れるじゃねーかよ莫迦」

そう言ってイェンスはミツクニの肩を人差し指で突っつく。

「はっはっは!嬉しい事言ってくれるじゃねえかミツクニ!お前が女だったらとっくに抱きしめてるぜ!…あ、いいや。ミツクニは男だけど、取り敢えず抱きしめてやろう」

そう言ってエーリクはミツクニに思い切りハグした。

「ちょ、ちょっと苦しいってエーリクーー!!!」


八月も後半、未だ真夏の気候が続く中、時は確実に歩み出している。

眩しい程に明るい三人の部屋の外では、星一つない漆黒の宵闇が、世界を包み支配していた。



***

祖母タケ宅にて、待機という名のバカンスを楽しんでいた三人の元にガブリエルから連絡が入ったのは、エーリクがこの家に来てから三日目の朝の事であった。

『いや、連絡が遅れて申し訳ない。調査が思ったよりも進まなくてね』

そう電話越しに話すガブリエルの声はいつもと変わらず飄々としており、あまり申し訳ないと思っているようには感じられない。

「いえ、全然。寧ろ俺達こそ、こんなにゆっくりさせてもらっちゃって申し訳ないです」

一応三人は最初の頃はネットで情報を仕入れようと試みたりはしたのだが、やはり怪奇事件についての情報は一切記載されておらず、また、相変わらず他のメタラーとの連絡は取れぬまま終わった。

そうしているうちにネットでの調査に飽き、三人で祖母タケの家事を手伝ったりする日々を楽しんでいたという訳である。

『いや構わないよ。寧ろ今までゆっくりして貰えて良かった。ここからが忙しくなりそうだからね』

三人はスマートフォンに向かって身を乗り出す。

ガブリエルとの電話はミツクニのスマートフォンで行っており、スピーカーにしている為、四人で会話する事が出来た。

「忙しくなるって…何か分かったのか?」

エーリクの声に若干の緊張が混じる。

『そうなんだよ。実はね、ここ数日、メタル界で妙なものが一気に出回り始めたという情報が入っている』

パソコンのメールに送ったから見てくれとガブリエルは続ける。

ミツクニはすぐにパソコンのメールを開いた。そこに記載されているURLをクリックし開く。

IDとパスワードを入力する枠が映し出され、ミツクニはレーベル契約の際に発行された、プロのメタルミュージシャン専用のIDとパスワードを入力する。

認証はすぐに通った。

「…!これは…?」

そうして開かれたホームページには、近未来都市の映像と『COMA online』の文字が記されていた。

「…あ!これあれじゃん!ほら、エクスカリバーのサムがスマホで見てたやつ!」

イェンスが画面を指差しながらそう叫ぶ。

そう言われてミツクニも漸くそれを思い出す。確かにそうだった。

「『COMA』…コマ……あっ!」

ミツクニは小さく叫んだ。

―――あの時、エクスカリバーのメンバーの部屋を出る時に聞こえた単語。あれも確か『コマ』って言ってたはずだ。そうか、これの事だったのか。

『これは見ての通り、オンラインゲームだ。近未来都市を舞台に戦う…といった趣旨のもののようだね。今まではベータ版のみで一部のメタルアーティストしかプレイ出来なかったようだが、数日前から世界中のメタルアーティスト―――プロとしてレーベルからIDとパスワードを発行して貰った者のみだが―――に解禁されたようだ』

「へえ、一見すると普通のオンラインゲームみてえに見えるが、これに何かあるのか?」

エーリクは訝しげにパソコンの画面を見ながらそう言う。

『そうなんだよ。実はね、このゲームは驚くべきことに、ゲーム内の何処かに封印されたシークレットアイテム”旋律”を見つけ、手に入れる事が目的でありゲームクリア条件らしいんだよ』

三人の間に緊張が走る。

―――”旋律”。

まるでこの状況をあざ笑うかのように、パソコンの『コマ』のサイトは煌々と輝く近未来都市を映している。

「それ、って…まさか」

イェンスが声を絞り出すように発する。

『そう、この状況から鑑みて、僕は失われた旋律はこのゲーム内に封印されているシークレットアイテム”旋律”と同一のものだと踏んでいる。そして僕達から旋律を奪ったのは恐らく、このゲームの開発者だろう。

ここまでのゲームを作るほどだ、相当に金銭的余裕がある者なのだろうけれど、今は全く見当もつかないね…』

そう言ってガブリエルは黙ってしまった。

ミツクニは拳を握り、煩い程脈打つ鼓動を必死に抑えようと努力する。

失われた旋律。それがメタラーのみがプレイできるゲーム『コマ』の中にアイテムとして眠っている。ゲームをプレイし、それを得る事で旋律を取り戻せるのなら。

「このゲーム…やるしかないよな」

ミツクニは自分に言い聞かせるようにそう言った。

隣でイェンスとエーリクも頷く。

「ああ。幸い俺達にはプレイできる資格があるようだ。しかも三人ともゲームは得意だしな!」

「オンラインゲームって言ったって、現実じゃねーだろ。そんなんで旋律が取り戻せるのか解んねーけど、ゲームだったら気軽にチャレンジ出来るじゃねーか。ガブリエルさん、それってすぐにでも出来るもんなのか?」

イェンスがそう聞くと電話越しのガブリエルは『いいや』といつもの調子で答える。

『実はこのゲーム、調べたところによると仕様は少し特殊でね。パソコンがあれば出来るというモノでもないんだよ。専用の装置と、ある程度整った環境が必要といったところかな。ベータ版は通常のオンラインゲームと同様、パソコンさえあれば出来る様なものだったようだけれど』

「専用の装置?」

ミツクニは思わずそう聞き返す。VRのようなものだろうか。

ミツクニの心を読んだかのように、ガブリエルは『そう、VRのようなものだよ』と始めに言ったうえで話を続けた。

『このサイト内でユーザー登録を行うと、登録した住所に専用の装置が送られて来るんだ。無料でね。装置自体は電源さえ途絶えなければ何処ででも使用できるけれど、まあ、とはいえある程度高度なネット環境推奨といったところかな』

―――成程。だから『整った環境』も必要なのか。

しかしそれがどのような装置かは分からないが、VRと同様かそれ以上の技術のものを無料で送ってくれるなんて都合が良すぎる。

「課金要素はあるんですか?金を積まなきゃ強くならない、とか」

『ところがねミツクニ、実は何人かの協力者に既にコマをプレイして貰っているんだが、課金要素もこのゲームは一切無いんだ。ますます怪しいだろう?どこで利益を得ようというのか…』

そこまで聞いたところで、ミツクニの胸に不安が押し寄せてきた。

どう考えても怪しい。普通はこういったゲームは利益を出すために、武器やアバターで課金要素を取り入れるようになっている。なのに課金要素もゼロとなると、利益を追い求めないという事なのだろうか?

「その代わりあれじゃねーか?個人個人のセンスとか、プレイ時間とかが強さに直結するとか。んで、きっと作った奴は大層な金持ちなんだろうぜ」

イェンスがそう言うと、エーリクは腕を組み口を開く。

その顔はいつもよりもやや険しく感じられた。

「…んん、謎が多すぎて考えても全く分かんねえな。まあ、いずれにせよやってみるしかねえんだよな」

エーリクの言う通りではある。

どう考えても怪しいが、旋律を取り戻すにはやってみるしかない。

「…ガブリエルさん。このゲーム、俺達にやらせて下さい」

ミツクニははっきりとした声でそう言った。イェンスとエーリクも頷く。

ガブリエルは『うんうん』と電話越しに応えた。

『やはり君たちはさすが”メタルヒーロー”だね。

実は君たちなら絶対にこのゲームをプレイすると言ってくれると思って、三人分のユーザー登録はもうこちらで済ませてしまっているんだよ。そして機材は既にこちらに届いていて、いつでもコマの世界に入れるように準備は整っている。あとは君たちがここ―――ロサンゼルスに来るだけだ』

ガブリエルの準備の良さに驚きつつも、ミツクニは二人の顔を見た。

「行こうぜ、ミツクニ。ロスなら直行便に乗れば成田から十時間ほどで着くだろ。明日にでも向かおうぜ」

「………!」

イェンスはそこで一瞬はっとした顔をしたかと思うと、無言で俯いてしまった。

ミツクニはイェンスの肩に手を掛ける。

「イェンス、大丈夫か?」

イェンスはそこで再びはっとした顔をした後、ミツクニに笑い掛ける。

「お、おお。何でもねーよ。…ガブリエルさん、まさか飛行機の手配までしてくれてるとか……さすがにねーよなあ?」

ガブリエルがそれを聞き『ふふ』と笑った。とその瞬間、ミツクニのパソコンに再度メールが送られてくる。

ミツクニは急ぎそれを開いた。

「…あ、明日成田発の飛行機のチケット三人分…」

『既に手配しておいたよ。明日金曜の正午に飛ぶものを用意させてもらった。ロスに着くのは…時差があるから、金曜午前五時ごろと言ったところかな』

あまりの手際の良さに三人はただただ脱帽するばかりであった。

ガブリエルは話を続ける。

『ロスに着いたら、車を手配しておくから。それに乗って僕のスタジオまでおいで。いきなりで申し訳ないけど、宜しくね』

そう言ってガブリエルは電話を切った。


ミツクニ達は暫く無言のまま、切れた電話画面を見ていた。

突然こんなに話が進むとは思っていなかったのである。

―――オンラインゲーム『コマ』。

謎めいたゲーム。本当にここに旋律があるのだろうか?

ミツクニは半信半疑のまま、解が出ぬ問いを延々と繰り返す。

不意に、エーリクが「おっ」と言いパソコンの画面を指差した。

画面にはコマのホームページが映っている。

エーリクが指差したのは、そのページの下部に並ぶアルファベットの列だった。

「『©EL-Resonannce』、エル・レゾナンス……?」

イェンスがその文字を読み、首を傾げる。

「会社名だろ?ガブリエルは何も言ってなかったが、これで検索掛けたら何か分かるんじゃねえか?」

エーリクはそう言ってネットでエル・レゾナンスを検索してみる。

だが不思議な事に、関連するような検索結果は何も出てこなかった。

「おかしいね。会社として存在しているのに、検索で出てこないなんて」

ミツクニは顎に手を添え画面を凝視し言った。

エーリクはと言うと、やはりじっと画面を睨みながら唸っている。

「うーん…出てこねえか…。にしても、エル・レゾナンスってどっかで……いや、気のせいか…」

そうして三人はまた無言になった。


外で蝉の啼く声が煩い程に響いている。

いつもと変わらぬ日常。けれどそれは突然に、終わりを告げようとしている。

窓に切り取られた、近くて澄んだ夏の空の蒼が、まるで美しいこのひと時を表しているかのようで、とても美しく、とても切なく感じられた。

―――けれど。

ミツクニは窓から目線を移し、イェンスとエーリクの方を向く。

「日本でのバカンスは終わっちゃうけど、俺は二人と過ごせて本当に良かった。それと、これからやる仕事―――って言ってもゲームだけど―――は少し不安もあるけど、二人と一緒だったら、俺、コマをクリア出来る気がする。旋律を取り戻したら、また三人で日本に来て、思いっきりバカンスを楽しもうよ」

エーリクはミツクニの肩を抱き、笑いながら応える。

「全く、嬉しい事言ってくれるじゃねえか。昨日の夜みたいにまたハグしてほしいのか?…だが俺もだぜ。三人で頑張って、ゲームクリアしよう」

「オレがいないとミツクニもエーリクも寂しいだろ?…仕方ねーから一緒にゲームやってやるよ!」

そう言ってイェンスは少し顔を赤らめながら、二人に思い切り抱き着いた。

その勢いで二人はバランスを崩し、畳に尻もちをつく。


ロス行きの飛行機が離陸するまで、残り二十六時間を切っていた。



***

翌日の朝、祖母タケが玄関で見送る中、三人は祖母宅を後にしようとしていた。

昨晩、祖母タケにロス行きが急遽決まったことを告げると、祖母タケはとても驚いていたが、それなら御馳走にしなきゃねといい、愛情の籠もった料理を作って出してくれた。

昨晩はそうして祖母宅での最後の夜を過ごしたわけだが、その前後からずっと口数が少なく、様子のおかしかったイェンスが、出発するかというタイミングで遂に爆発する事となる。

「う……うわぁぁああん!!」

弾かれた様に突然大声で泣き始めたイェンスに、ミツクニとエーリクはすっかり動揺してしまい、ただあたふたする事しか出来なかった。

「イっちゃん、どうしたんだい?」

祖母タケがイェンスの背中を、その皺っぽい温かい手で優しく擦る。

イェンスは涙を拭う事もせず、まるで子供の如く泣きじゃくっていた。

「う……だ、だってお祖母ちゃんと離れるの、寂しくて……う、うう……うわああーん!!」

そうしてダイナマイトの如く大泣きするイェンスをなだめる祖母タケ。横でその様を見ながら、ミツクニは、

―――イェンスもこの数日間で随分日本語が流暢になったなあ。

などと考えていた。

がしかし、このままイェンスが泣き止むのを放っておくわけにもいかない。

ミツクニは助言を求めようとエーリクの方を見る。

―――だが。

「ううう…うおおおおん!!」

何故かエーリクも号泣していた。

あまりの展開にミツクニの脳裏に戦慄が走る。

「え、ええっと…エーリクは、何で泣いちゃってるの…?」

何をどう聞けばいいのかもはや分からないミツクニだったが、取り敢えずその言葉しか出てこなかった。

エーリクは野太い男泣きをしながら、ミツクニの肩をバシバシと叩き口を開く。

「だってよお…あの猛獣が、あんなにタケさんに懐いて、泣くほどに別れを惜しんでるかと思うとよお…泣ける話じゃねえか…っ!動物と人間の絆と別れってのは、ベタだがいつだって感動するよなあ……う、うおおーー!!」

駄目だ。どこをどう突っ込んだらいいのか分からない。


祖母タケは少し目に涙を浮かべながら、イェンスとエーリクの手を握ると、いつもの通りの優しい声でこう言った。

「イっちゃん、エーちゃん、お仕事が終わったら、またいつでもここに来てね。それと、ミッちゃんの事、宜しくね。ミッちゃんはああ見えて、とっても繊細な子だから」

ミツクニは反論しようと口を開いたが、その瞬間にぶわっと何か熱いものが込み上げて来、そのまま口を閉ざし道路のアスファルトをじっと見た。

眼がジンジンと熱く感じるのはきっと、地面に反射した日光が眩しいからだろう。

「お祖母ちゃん、安心しな!オレがミツクニを支えるぜ!!」

エーリクが涙声でそう言っている。

「何言ってんだよ!ミツクニはオレが居なきゃそもそも生きていけねーんだよ!」

そんな訳の分からない事を言っているイェンスが鼻を啜る音が聞こえた。


そうして、ディーン・”ミツクニ”・カルヴァート、イェンス・カルマ、エーリク・アレニウスの三人は、第二の故郷・日本を後にした。

次なる地はスペイン語で『天使の町』を意味する名を冠する、華やかなフィルムの都市、ロサンゼルスである。

だが―――。

この時、三人は知らなかった。

自分たちに待ち受けている生活が、華やかさやセレブリティとはかけ離れた、未だかつて経験した事のない程泥臭いものだという事を―――。


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