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鋼鉄重奏ブレイヴストーム  作者: 平等院 丑造
5/23

1:Lost-≪4≫

≪4≫


翌日。エーリクに指定されたホテル『ベイサイドグランドⅡ』へと辿り着いた二人は、外からその外観を見上げ、その高さに只々驚いていた。

「うわー…すげえ高さ」

「しかも見るからにハイクラスって感じだね」

一応ここは昨夜のライブ会場から数駅離れた場所である。しかも今日は月曜日という事もある為、昨日ライブに来ていた客に遭遇する確率は低いと二人は見ていた。

「ここなら昨日の客に遭遇する事もねえだろ。こんな高級宿、一般人には泊まれねえ筈だもんな」

入口からロビーへと入り、その広さとゴージャスさに圧倒されながらも、二人はフロントへと進んでいく。

「すみません、2203号室の方に用があって来たんですが…」

ミツクニがそう言うとフロントの女性はにこやかに笑い、少々お待ちくださいと言い席を外した。

イェンスが隣でニヤニヤしているのが気になったミツクニだが、何だか面倒なので放っておくことにする。

暫くした後、フロントの女性が戻り、「そのままお部屋までどうぞ」と言われた二人は、受け取ったカードキーでエレベーターを稼働させ、二十二階まで上がった。

「さっきのフロントの子、中々可愛らしい感じだったぜ。しかもあれは絶対ミツクニに気がある」

やはりそんな事を考えていたか。ミツクニは半ば呆れつつイェンスを見る。

「そんなんじゃないよ。笑顔は接客の基本さ。俺達だってそうだろ?」

つれないミツクニの態度にむくれつつ、イェンスは全面ガラス張りのエレベーター内部をきょろきょろと見渡しながら口を開く。

「えー?でもオレは作り笑いなんかしたことないぜ」

それもそうか―――。ミツクニは妙に納得した。

「っていうか、イェンスはどうなんだよ。気になるならイェンスが話しかければ?」

「オレはそーいうの興味ないからいい」

きっぱりとそう言って突っぱねるイェンスの態度に半ば驚きつつ、ミツクニは足元にふと目をやった。

「うわ…っ」

そこで初めて床もガラス張りであったことに気付いたミツクニは、思わず息をのむ。

ミツクニの様子に気付いたイェンスも床を見、驚嘆の叫びを上げる。

「おおっ!すげーー!床が透けてるぜ!しかし高えな。こんなとこから落ちたらもうあれだな、即死だぜ即死」

そう言ってイェンスはからからと笑った。

ミツクニは余裕な態度のイェンスを少し恨めしく思いつつ、なるべく下を見ないよう努めた。

「…ん?もしやミツクニ、高いところが苦手…」

「なっ…そ、そんなわけあるか!もうあれだよ、高いところとかもう平気すぎてびっくりするレベルだから!うん!」

滝の様に汗を流し、明らかに動揺した態度のミツクニを見、イェンスは意地の悪い笑みを浮かべミツクニに近付く。

「何だよ怖いのか?ほら、掴まってていいぜ。オレの腕貸してやるよ、ほれほれ」

「くそー!足元見やがってーーー」

そんなやり取りを一頻り繰り広げたところで、二十二階に辿り着いたエレベーターは、ゆっくりと扉を開いていく。

二人はガラスの箱舟から出、フロント同様ゴージャスな廊下を進んでいく。暫く歩いたのち、突き当たりに面した部屋の扉に『2203』と記してあった。

「…ここか」

二人は息を飲む。

昨日の一件があったばかりである。エクスカリバーのメンバーがどのような様子なのか想像するだけで、身体に寒気が走った。

「…じゃあ、行くよ」

「……ああ」

イェンスは静かに頷いた。

ミツクニは意を決して部屋の扉をノックする。が、返事がない。

「あれ、おかしいな」

もう一度ノックしてみるが、中からは物音ひとつしなかった。

二人は顔を見合わせる。

イェンスはやけに青白い顔をしてぼそり、と言った。

「―――まさか、旋律を失った事を憂いて、皆もう…」

「縁起でもない事言うなっ!…そ、そうだ!こうなったら申し訳ないが…!」

ミツクニは手に持っていたカードキーを扉のドアノブ付近にあるセンサーに翳す。

ガチャリと鍵の開く音が聞こえる。ミツクニはゆっくりとドアノブを下に下げ、扉を前に押し開けた。

「………っ!?」

薄暗い室内から溢れ出す澱んだ負の空気に、思わず身じろぎする。

嫌な予感が頭にはっきりと過った。ミツクニとイェンスは急ぎ中へ入っていく。


そこにはベッドが四つほど並べられていた。

ベッドは四つとも盛り上がっており、人が居るのは間違いなさそうである。

配置からして病室のようだと、ミツクニは不安に苛まれる頭で考える。

「お、おい!」

イェンスが当てもなく声を掛けるが、返事は無い。

ミツクニは一度息を吐くと、ずんずんと中へ入っていき、完全に締め切られた部屋のカーテンに手を掛けると、それを一気に開け放った。

眩しい夏の日光が、部屋中を一気に照らし明るくする。

けれどベッドはどれも、動く気配が全く無かった。

―――これは。

ミツクニの鼓動が一気に早くなる。

イェンスはただでさえ白い肌を尚一層青白くさせながら、その場から動こうとはしなかった。

ミツクニは震える足を一歩一歩動かし、窓から一番近い位置にあるベッドの横に立つ。

そうして手の震えを必死に抑えながら、ベッドの掛布団の端を持つと、それを思いっきり引っぺがした。

「――――!」

想像を絶する光景に、ミツクニは思わず絶句する。

ミツクニの只ならぬ様子に、イェンスが弾かれた様に近付いた。

「どうしたミツクニ!やはりこいつら仏さんに……。……!?」

剥がされた掛布団の内部を見、イェンスも言葉を失う。


そこにあったのは、まるで芋虫の如く丸まり、充電器に繋がれたままのスマートフォンの画面を操作しながら煎餅を齧る、エクスカリバーのリーダー、ギタリストのサムの成れの果てであった。


「………」

二人はどうしていいのか分からず、暫くその様子を呆然と眺めていた。

不意に、サムの虚ろな目が二人の姿を捕らえた!

二人は咄嗟に身構える。が、サムは何も言わず煎餅を再び「ぽりん」と齧ると、スマートフォンの画面へと再び眼を移してしまう。

ミツクニは余りの恐ろしさに、無言のまま掛布団をそのまま元に戻した。


「………」

ミツクニとイェンスは互いに顔を合わせることなく、掛けられた布団の膨らみを眺めていた。

だが布団の中から再び「ぽりん」と聞こえた時、イェンスの堪忍袋の緒が切れた。

弾かれた様に動き出し、部屋の全ての掛布団を引っぺがし始める!

「こらぁあああ!てめえら、しっかりしねえかーーー!!」

容赦なく布団を思い切り剥いでいくイェンス。その様子をミツクニは立ち尽くしながら眺めていた。

剥がされたていく布団。露わになるベッドの主たち。まるで蚕が思わずして繭を剥がされていく、そんな様子にも似ているとミツクニは思った。

「はぁ、はぁ…」

四つの布団全てを剥ぎ飛ばし、荒ぶる呼吸を整えるイェンス。そこでミツクニは漸く我に返り、ベッドの主たちの姿を一人ひとり確認した。

皆このような騒ぎがあっても、誰一人声も上げない。それどころかこちらを見ようともしない。

まるで魂が抜けてしまったかのようなその様子に、ミツクニは改めて底知れぬ恐怖を感じた。

「…あのエーリクってやつはこの中にはいねえな」

イェンスは血走った眼でベッドひとつひとつの主を見ながら、やや枯れ気味の声でそう言う。

確かに。ミツクニも改めて四つのベッドを確認する。皆余りにも呆け過ぎて顔の区別が付きにくいが、皆長髪であることから鑑みても、この中にエーリクの姿は無かった。

「じゃあ、彼は一体どこへ…?」

ミツクニがそう呟いた時だった。

部屋の奥にあるシャワールームの扉がガチャリと開けられ、中から僅かな蒸気と共にタオルを腰巻にしたガタイの良い男が現れた。

「いやーすっきりした。髭も整えたし…ってあれ、お前ら来てたのか」

すまんすまんと言いながらその男―――エーリク・アレニウスはハッハッハッと大きく笑う。

「ふざけんな!こんな時にシャワーなんか颯爽と浴びやがって!髭、綺麗に整いすぎなんだよ!」

イェンスは完全に猛獣の顔になりながらエーリクに向かいそう吠えた。

「おっと最後のは褒め言葉か?嬉しいぜ!あーっはっはっ!…ってあれ、おいこら、誰だよこいつらの布団を引っぺがしたのは」

風邪引くだろと言いながらエーリクは一人ひとりの布団を丁寧に掛け直して回る。

心優しいその姿を見ながらミツクニは改めてエーリクの姿をまじまじと確認する。昨夜会った時は殆ど顔が見えなかったが、こうして見るとステージに立っているときとあまり変わらない。強いて言うのであれば、ほぼ裸のせいなのか、ステージ上で見る時よりもワイルドさが少し増しているかなといったところである。

「いや、てめえのほうがよっぽど寒々しいから。頼むから服を着てくれ服を」

珍しくイェンスが的確な突っ込みを入れている事に若干の驚きを見せつつ、ミツクニは「そういえば」と話を持って行く。

「この方々はいつからこんな様子に?」

エーリクは「あー…」と唸る様に言いながらキャリーケースからヒョウ柄の派手なボクサーパンツを取り出すと、二人に背を向け、腰に巻いてあるタオルを外しながら顔だけこちらを向いた。

二人は露わになったエーリクの尻を見まいと顔を横に背ける。

「昨夜、ライブ会場から帰って来てからずっとこの様子だ。最近メタル界で奇怪な事件が立て続けに起こっていたんで、俺等も警戒はしていたんだが…まさか実態がこんなだとはな。

お前らもそうだろうが、こいつらもメタルしか知らない奴らだ。音楽を奪われたら何も無くなっちまう。勿論、俺もな」

エーリクはそう言いながらもパンツを履き終え、その上から黒いスキニージーンズを履く。漸く見れるようになり、ミツクニとイェンスはエーリクに向き直った。

「…でも、そういうエーリクさんは大丈夫なんですか?」

ミツクニはせっせと黒いワイシャツのボタンを留めるエーリクの姿を見て言う。

エーリクはそれを聞くと、袖のボタンを留めながらミツクニを振り返った。少し悲しそうな表情を浮かべた彼のグリーンの瞳が、一瞬、より深く暗くなったように感じた。

「…俺くらいは元気にしてねえとな。こいつらを支えてやんねえと。」

そう言ってふと笑うエーリク。ミツクニの心が痛んだ。

―――平気なはずはないんだ。旋律を失って、全てを失った。俺達と変わらないんだ。それでも気丈に振る舞って…。

エーリクは俯くミツクニの姿を見、笑いながら「おいおい」と言うと、ミツクニに近付き一つに結んだその髪をぐしゃりと鷲掴みにした。

「俺は大丈夫だって!見ての通り元気いっぱいだ!そりゃいきなり歌えなくなって辛えが、落ち込んでたって何の解決にもならねえだろ?

解決に向けて全てをやり尽して、それでも駄目だった時は思いっきりヤケ酒してやるさ」

そう言ってエーリクはぱちりとウインクして見せる。

ミツクニはどこまでも前向きな彼の姿勢を、純粋に格好良いと心から思った。

「そうそう。でな、昨日ホテルに戻った後、バチズモのガブリエル・フェルナンデスから連絡があったぜ」

「ガブリエルさん、仕事早えな。それで、色々聞いたか?」

イェンスが近くにあった一人用ソファに凭れ掛かりながら言う。

エーリクは靴下を履きながら「ああ」と返した。

「脳内の”旋律”が奪われる…って仮説も十分に驚きだが、更に驚くべきなのは、この件、こんな大事なのにどこの事務所も警察も取り合ってくれないんだってな。まあ、俺等の事務所もだんまりを決め込んでやがるが…。しかもネットを見ても全然騒がれてないだろ。現に昨晩のライブだって、直ぐにでもネットで炎上してもおかしくないレベルだってのに、反応はゼロ。これは明らかにおかしいぜ。情報操作されてるとしか思えない」

確かに―――ミツクニはエーリクにぐしゃぐしゃにされた髪を結わき直しながら考える。

情報社会の現代に於いて、このような事件が大々的に、しかも目に見える形で起こっているのに、この小規模過ぎる反応は明らかに異常である。

メタルニュースサイト『メタル津々浦々』には怪奇事件に関する記事が掲載されてはいるが、あれはそもそも完全会員制の、プロのメタルミュージシャン向けの情報サイトであって、一般人が見れるものではない。レーベルと契約する際に自動的に会員になれるシステムであり、世界中にあるメタルアーティストの大御所レーベルが共同で運営しているサイトである。

ミツクニは一般人向けのメタルニュースサイトや個人ブログに至るまで、いくつもサイトを巡ってみたが、どこにも今回の怪奇事件に関する事は一ミリも掲載されていなかった。

「世界中の情報を操作するってのは、とてつもなく莫大な金も労力も掛かるだろう?これがガブリエルの言う通り人為的なものであったとして、これが誰の得になるのか、そしてそれだけの事をする理由は果たして何なのか―――。何にせよ、これで終わりじゃないと思うぜ」

「終わりじゃない…?」

ミツクニがそう聞き返すと、鏡の前に立ち、髪をワックスで整えていたエーリクは振り向き口を開いた。


「まだ物事は始まっちゃいないって事さ。多分だが、俺はこれから起こる事が本番って気がするぜ」



***

「そうだ」

一頻り支度を整えたエーリクは、二人用のソファに斜に構え座りながら思い出したように口を開いた。

「お前らそんなわけで、この一連の事件の調査をしてるんだってな」

「あ、そうだった」

やけに座り心地のいいソファに腰掛けてしまった事で、すっかりその事を忘れていたミツクニは危ない危ないと言いながらエーリクに向き直る。

「エーリクさん、旋律を失った時、何か普段と違うところはありませんでしたか?調子が悪くなったとか、ほんの些細な事でも何でもいいんですけど」

んー、と唸りながら、エーリクは顎鬚を左手で弄りつつ眉間に皺を寄せ暫く考える素振りを見せたが、やがて両手を上に上げ、首を横に振った。

「何もねえな。むしろいつもよりも調子が良かったと言ってもいい。他のメンバーも見ている限り、何もなさそうだったぜ。―――なあ、サム」

そう言ってエーリクはサムの寝ているベッドに向かい呼びかける。

布団の中から微かに「ぽりん」という音が返ってきた。

「―――何も無かったそうだ」

「え!?今の返事!?」

もはやどこから突っ込んだらいいのか分からないミツクニだったが、気を取り直して質問を続けた。

「じゃあ、旋律を失った日以前に何か変わったことは?音楽に関する事じゃなくても、何か思いつくことがあったら教えてください」

「いや…それもねえな。俺達は今回、最新アルバムのツアーで来日したが…。日本に着いたのは一週間前だな。その間、特に何も無かった。昨日が本当はこのツアーの千秋楽だったんだが―――」

こんな事になっちまうとはな―――そう言ってエーリクは少し俯き、髪を撫でた。

ミツクニはその様子に胸を痛めながら考える。

―――やっぱり俺達と同じだ。旋律を失うその瞬間までは、普段通りの、何も変わらない日常を過ごしていた。そして旋律を失った時は音楽に触れている時。これも共通する。

「うーん、音楽に触れてる時、かー…」

ミツクニの座るソファの肘掛に腰掛け、片足をぷらぷらとさせていたイェンスが不意に口を開いた。

「楽器って色々あるけど、どれも違うメーカーのものだもんな。旋律を奪われた奴らが、皆共通して同じ機材を使ってるとかだったら、そっから旋律が奪われたんじゃねーのってなるけどさ。あ、でもそもそも、身体に直接機械を繋いでる訳じゃないから、さすがにそれはねえか」

そう自己完結してイェンスは再び足をぷらぷらさせる作業に集中してしまう。

「いっそのこと『旋律忘却ウイルス』みたいなのが俺達に感染してるっていう説はどうだ!?メタラーにしか罹らない奇妙なウイルス…みたいなの、ありそうだろ!?」

やけに目を輝かせながらエーリクがそう言う。

―――駄目だ。もはやここでは憶測でしか語れない。ここは一度お祖母ちゃんの家に戻って、ガブリエルさんに意見を求めるしかなさそうだ。

散々考えを巡らせた後、そのような考えに至ったミツクニはソファから立ち上がる。イェンスにもその意向は伝わったようで、足をぷらぷらさせる任務を止め、ミツクニに続き立ち上がった。

「有難うございましたエーリクさん。じゃあ、お時間をあまり取っていただくのもあれなので、俺達はこれで失礼します」

「じゃーなエーリク。旋律の事はオレ達に任せろよ。あ、そういえばそいつらの布団、引っぺがしたのオレだから」

最後にしれっとイェンスが罪を暴露しつつ、二人はそそくさと入口の扉に向かい歩いていく。

「………っておーーい!!待てよこら!!」

後ろから良く通る大声で引き留められ、扉に手を掛けながらミツクニは振り返る。

罪を告白してしまった事で、若干早く帰りたそうにしながらイェンスが「何?」と面倒くさそうに言った。

エーリクはソファから立ち上がり、右手を腰に当て、左手を額に添えながら「やれやれ」とでも言いたげに頭を左右に振っている。

「あのな、お前ら………」

そこまで言ってエーリクは二人を見ると。額に当てていた左手を腰に当て、仁王立ちになりながら言った。


「仕方ねーな!お前らがそこまで言うなら、俺もお前らの仲間に加わってやるよ!!」


「…え」

いつもは勢いのいいイェンスも、突然の展開にそれ以上の言葉を発せないようだった。

ミツクニは一瞬訳が分からず呆然としていたが、やがてはっと我に返ると、イェンスを押しのけ「いやいやいや」と言った。

「いやあの、お気持ちは有り難いんですけど、調査がいつまで続くか分からないし、貴重なエーリクさんのお時間を取らせ」

「だが!!ただで仲間になるとは思うなよ!!」

ミツクニが最後まで言わぬ間に、エーリクはやけに偉そうに声高らかにそう言った。

「俺と勝負をして、俺に勝つ事が出来たら大人しく仲間になってやろう」

―――うわあ…なんかこの展開、イェンスの時より更に面倒くさい事になってるんだけど…

ミツクニはそう思いながらイェンスをちらりと横目で見る。

そんなイェンスはと言うと、面倒くささを隠そうともせず、だるそうに扉のドアノブを弄り始めていた。

―――いや、決して嫌な訳では全くないんだけど、正直エーリクさんの事何も知らないしなあ。

悪い人間でない事は十分知っているが、かといってすんなり仲間にしていいものなのか。否、確かにイェンスが仲間入りした際は、ミツクニはイェンスの事を全くと言っていいほど知らなかった。だが彼はそもそもガブリエル直々の紹介である。

だが、エーリクはどうだろうか。確かにとても良い人物である事は間違いない。ライブ会場から無事に逃げてこられたのも、エーリクがいたからこそである。

だが、この件はミツクニが思っていた以上に、スケールの大きい事件のようである。それをこれから調査を共にしていくという事は、危険を共にし、時に命を懸けて守り、時に背中を預ける事もあるという事である。

―――でも、確かにエーリクさんは少しばかり面倒くさい部分がある人だけど、それ以上にとても優しくて強い人だ。正直、信頼も出来ると思う。エーリクさんがもし仲間として一緒に調査してくれたら、どんなに心強いか…。

ミツクニはそこまで考えを巡らせた結果、覚悟を決め口を開いた。

「分かりました。じゃあ勝負しましょう、エーリクさん」

イェンスが隣で言葉にならない叫びを上げているのを視界の端に感じるが、ミツクニはあえて彼のほうを見ないよう努めた。

エーリクはと言うと、やけに嬉しそうに「おお!」と言うと、ミツクニに近付き肩に寄り掛かる。

「ミツクニ、勝負に応じるとは男らしいじゃねーか!…うん、お前は少し細いが、身体つきはしっかりしてるようだ。鍛えてるな?」

「はい。まあ、毎日短い時間だけですけど」

エーリクはミツクニの腕を掴むと、阿修羅の刺青をみて「ヒュー」と唸る。

「毎日コツコツが大事だからな!このアシュラも格好良いぜ!」

そのようなやり取りをしていると、二人の後ろからイェンスがむすっとした表情でひょっこり顔を覗かせた。

「おいおっさん、ミツクニにベタベタ触って何のつもりだよ。ミツクニのアシュラは見せもんじゃねーぞ」

「おっ!何だイェンス、俺はまだ三十五歳だ。お前らとそう変わらないだろ……うん、お前は少し細すぎるな。それで地元では喧嘩番長張ってたんだろ?抜群の戦闘スキルの持ち主ってとこだな!」

褒められた事でイェンスは頬を少し赤らめながら、何かブツブツ言ってポケットに手を入れ、下を向いてしまった。

「おっと、でも筋肉が無さすぎる。もっと鍛えろよ。俺がいいトレーニングを組んでやるよ」

そう言ってがははと笑うエーリクにイェンスは噛み付きそうな勢いで吠えた。

「うるせーー!!余計なお世話だ莫迦野郎!!」

エーリクは変わらず豪快に笑いながら、イェンスの頭をガシガシと撫でた。

ミツクニは何となく微笑ましくその様子を見ていたが、やがてふと我に返り口を開く。

「エーリクさん、それで勝負と言うのは…?」

「おおそうだそうだ!…よし、勝負の地はここから数キロ先にある。車で行こうぜ!」

エーリクはそう言うと、スマートフォンを取り出し電話を掛け始めた。



***

「え、ここって…」

エクスカリバーのスタッフが運転するバンに乗り辿り着いた先は、室内型遊園地の一角にあるボウリング場であった。

「そう、ボウリングだよ!これなら世界共通だろうと思ってな」

エーリクは受付を颯爽と済ませると、ミツクニとイェンスのシューズとボールを瞬時に見繕い用意した。

その手際の良さに只々呆気にとられながら、二人はエーリクに付いていく。

フロアには十数本ものレーンが並び、平日にも関わらず何人かの者達がボールを投げている。

「お前達、ボウリングはやったことあるか?」

自分たちのレーンに辿り着いたところで、早速エーリクがそう二人に問う。

「うーん…俺実は殆どやったことないんですよね。地元にボウリング場も幾つかあったけど、一回友達とやっただけで。イェンスは?」

「オレは一回もない」

腕を組みながら、やけに堂々とそう答えるイェンス。

エーリクはそうかそうかと笑いながら言うと、レーン上部のスコア画面を見た。

投球の順番はエーリク、ミツクニ、イェンスとなっている。

「おい、何でオレが最後なんだよ」

イェンスがむすっとした表情でエーリクに言う。

「こういうのは年の順って決まってんだよ。お前、ミツクニより年下だろ?喋った感じで何となくそう思ったんだが」

「違えよ!いいか、オレとミツクニは一九八九年生まれのタメ年だぜ!」

やけに鼻高々なイェンスはそれを言うと得意満面な笑みを見せた。

エーリクは「ワオ」と口の中で呟き言った。

「ってことはお前らまだ二十九歳なのか。だったら尚更年上の言う事は聞かないとな!アーッハッハ!!」

エーリクの笑いがフロア中に響き渡る。

「…ってなわけで、まずは俺から投げるぜ。俺のフォームを良く見てな」

そう言ってエーリクはボールリターンから先程選んだボールを持ち上げ取ると、レーンの前に姿勢良く立ち、一呼吸置いた。

そうして左足を少し前へ出し数歩前進した後、しなやかかつ全くブレの無いフォームで投球して見せる。

エーリクの手を離れ、レーンの中央を真っ直ぐ進んだボールは、並んだピンの中心へと命中し、見事に全てのピンを倒して見せた。

スコア画面にストライクの文字が輝く。

「す、凄い…」

ミツクニはガッツポーズを決めるエーリクを呆然と眺めた。

「エーリクさん、もしやボウリング得意なんですか?」

「それなりにな。学生の頃はそれこそ週一は必ず行ってたぜ」

「へえー!さすがだなあ!!じゃあ次は俺の番…」

ミツクニがそう言って立ち上がろうとした時だった。

ミツクニが立ち上がるよりも先に、隣でイェンスが物凄い勢いで立ち上がる。

イェンスの紅髪が思い切り顔に掛かり、ミツクニは思わず「うわっ」と座ったままよろめいた。

「ふん、これくらいどうって事ねーよ。次はこのオレが投げてやる。覚悟しろエーリク」

イェンスはそう言ってエーリクの顔を指差し挑発した。

「え!?い、いやイェンス、次、俺の番なんだけど…」

ミツクニは必死にそう言ったが今のイェンスには全く届かない。

イェンスはミツクニが制するのも聞かず、エーリクがミツクニ用にあてがったボールをむんずと掴むと、間髪入れず短距離走かと思う程の凄まじいスタートダッシュでレーンの端へ向かい走り始める。

そうして何を思ったか、ソフトボールの投球さながらに腕を思い切り振り回し、ボールをレーンへ放り投げた!

「…むっ!」

しかし親指に力が入りすぎてしまったのか、それとも無くばボールを振り回すことに心血を注ぎ過ぎてしまったのか。

イェンスが投げたはずの6kg弱の鉄球は彼の手から離れることなく、加速度を以てして、彼の腕を後方の、通常の動きでは有り得ない角度へ持って行った。

そのままの勢いでイェンスは後ろへ思い切り尻もちをついてしまう。

「イ、イェンスーーー!!」

ミツクニの叫びがフロアに響く。

すぐさま立ち上がり駆け寄ろうとする彼をイェンスは制した。

「来るんじゃねえミツクニ!何だこんな鉄球のひとつやふたつ…おらあっ!!!」

そう言って、尻もちをついたままイェンスは、今度は腕を思い切り振り上げ、ピンめがけてボールを勢いよく放り投げた。

鉄球は鈍い音を立ててレーンの中央付近に落下し、そのままレーン場を滑っていく。

「…どうだ!!」

尻もちのまま、イェンスがボールに喝を入れるかの如く叫ぶ。

だが―――。

イェンスの喝も虚しく、ボールはそのままレーン左側の溝へと落ちていった。

「………よし!これは何点だ!?」

何故か得意満面なイェンスは勢いよく立ち上がると頭上のスコア画面を見た。

画面には大きくGと表示されている。

「む、何だこれ。『G』って書いてあるぞ。これは凄いって事なのか、ミツクニ?」

「いや違うよイェンス…。この『G』はガーターって意味。レーンの溝に落ちるのはミスだからスコア加算はされないんだよ」

隣では、尻もちをイェンスがついた辺りからずっと腹を抱え笑っている。

「あーーはっはっは!!イェンスはほんとクレイジーだな!腹痛てー」

その様子を見てイェンスは再びむっとした表情へ戻る。

「笑ってんじゃねーぞエーリク!…くそっ!もう一回だ!!」

「待てってイェンス!だから今、俺の番だから!影響受けるの、俺のスコアだから!!」

ミツクニの声はもはやイェンスには届かぬ。

『血塗られた牙(ブラッディ・ファング)』は闘志に燃える碧い眼で、再びレーンへと歩いて行った。



***

「…えーっと、ビリはミツクニか!スコアが32点だって。ミツクニはほんとボーリングが下手くそだなあ。今度オレが一緒に行って教えてやるよ!」

ミネラルウォーターを飲みながらイェンスがそう言って声高らかに笑った。

「………」

ミツクニはもはや言葉を返す気力も無く、只々スコア画面を眺める。

結局、あのあとイェンスはことごとく自分のペースで投球を続け、そしてそれは狙ったかの如く、ことごとくミツクニの番の際に行われた。

それでも四回ほど何とかイェンスが投げる前に自分の順番の際に投げる事に成功したが、それだけで追い付ける筈もない。そうしてイェンスは、ここでも狙ったかの如く、決められた順番がイェンスの番になると、ミツクニに「ミツクニ、投げていいぜ」とレーンを譲ってくれるのであった。

よってミツクニが投げ、出したスコアは殆どイェンスのものに、イェンスが投げ、出したスコアは殆どミツクニのものとなってしまった。

その仕組みに全く気付かない―――というよりも最後までルールを理解することの無かった―――イェンスは最後、スコア画面の自分の欄を見、二位であることを純粋に喜んでいたのである。

一方エーリクはと言うと、自分の番になるとイェンスが現れる前に既にしれっと投げ、見事スコアを猛獣に汚される事なく、245点という高得点を叩き出していた。

「いやー、中々楽しめたぜ。…さて、ミツクニがビリな訳だから、何か罰ゲームを考えねえとな」

そう言ってエーリクはミツクニの肩に手を回した。

「ええっ!そんなルールでしたっけ!?」

直ぐ横に並んだエーリクの顔を横目で見ながら、ミツクニは驚いてそう言う。

―――っていうか俺の点数ってわけじゃないのに…。

少し落ち込むミツクニの肩を、回した手でぽんぽんと叩きながらエーリクは口を開く。

「ははっ!今そういうルールに決まったんだよ。…でなミツクニ、お前には罰として…」

ミツクニは若干涙目になりながらも、そう言いかけるエーリクの顔を恐る恐る見る。エーリクは目が合うと、少し不敵な笑みを浮かべ再び口を開いた。

「ミツクニは今後、俺に対して敬語禁止の刑な。名前も『さん』付けじゃなくて『エーリク』って呼び捨てで呼ぶんだぜ。あと、連絡先も俺に教える事。いいな?」

ミツクニは驚いてエーリクをまじまじと見た。太陽の如く輝いた笑顔で、エーリクはこちらにぱちりとウインクして見せる。

―――この人を絶対仲間にしよう。

溢れ出す感動に胸が一杯になりながらも、ミツクニはそう心に固く誓った。



***

ボウリング場から出た三人は、その後屋内型遊園地で一頻り遊びつくした。

途中、お化け屋敷では来ていた子供たちがミツクニの腕に彫られた阿修羅の刺青を本物の悪霊だと勘違いし失神しかけたり、ジェットコースターではイェンスの髪が後ろに座っていたミツクニとエーリクにワカメの如く纏わりついてきたり、占いコーナーでは来ていた他の女性客にエーリクが囲まれ攫われそうになったりと多少の事件はあったものの、三人は童心に還り思い切り遊園地を満喫した。そうしてすっかり打ち解けた三人は遊園地から出た後、そこからほど近い海浜公園へと向かう事にした。

夕方の空を眺めながら海沿いに歩くと、その景観に心が洗われるようであった。

群青色に染まりつつある空。海の向こう側には高層ビルが幾棟も立ち並び、その更に向こう側には、太陽が燃える様な金色の残渣をヴェールの如く纏いながら、ゆっくりと、地平へと沈みゆく。

潮風が髪を揺らし、鼻を擽った。さあっと吹き抜けていくそれは少し冷たく、蒸すような暑さを和らげてくれる。

「青とオレンジのコントラストが油絵みたいで綺麗だ」

イェンスが珍しく柄にもない事を言った為、ミツクニは思わず彼を凝視した。

「何だよミツクニ。あ、さてはオレの顔に見惚れてたな?」

「いや、それはないけど…イェンスがそういう事言うの初めて聞いたから、何かびっくりした」

後ろからエーリクも笑いながら口を挟んだ。

「全くだぜ。イェンスも案外綺麗な感受性を持ってるんだな」

ミツクニがそう言うとイェンスは一瞬驚いた顔をした後、「ふん」と言って横を向いてしまう。

「…こうして夕空を見てると、初めてエクスカリバーのライブを観た時の事を思い出すぜ」

エーリクが海を眺めながらぽつりと言った。

ミツクニは立ち止まり、エーリクの方を振り返る。

「初めてエクスカリバーのライブを観た時って事は、まだエーリクがエクスカリバーに入ってなかった時の事?」

そうだ、と言いエーリクは頷く。

「実は俺が初めてエクスカリバーのライブを観たのは第二次メタルブームが起こった直後でな。イタリアで行われた大規模メタルフェスに一メタルファンとして参戦した時の事だった。前任のユリウス・アレクサンダーが辞める直前って事だな。あの時―――ユリウスの歌声を中心とした美しい旋律、今日みたいな夕空が混じりあって、一つの物語のようだった。あれを見て、俺はエクスカリバーのファンになったんだ」


―――熱く燃え滾る炎のように、もしくは絶対零度の氷のように。

ミツクニの記憶が、フィルムの様に再生される。

まるで空間自体が一つのオペラであるかのような、完成された美しさ。


そうだ。俺もあの時―――。

「俺もそのライブ、観てた」

ミツクニは微かな声でそう呟く。

エーリクは「ああ」と思い出したように言った。

「そういえばあのフェス、プロメテウスも参戦してたな!

…で、すっかりエクスカリバーに惚れ込んだ俺は翌日、エクスカリバーのアルバムを全部買ったんだが、そうこうしてるうちにボーカルのユリウスが辞めたから公開オーディションやるってニュースで見てさ。ショックだったし驚いたが、これはチャンスだと思ってすぐに応募したよ。それから俺のエクスカリバーとしての人生が始まったんだ」

そう言ってエーリクは思い出を懐かしむように目を細め、海を見た。

「それまでもバンドはやってたが、俺にとってはエクスカリバーこそが、今まで俺が出会った音楽の中で、俺のやりたい音楽に最も近いと思った。だからそんなバンドで歌えることが凄え幸せでな。サムの作る曲の登場人物を演じて歌う。初めて自分の歌うエクスカリバーの曲をスピーカー越しに聴いたときは感動したよ。でも―――」

そこまで言ってエーリクは顔を曇らせる。

そうして左手で自分の喉にそっと触れた。

「今はこんな有様だ。俺にとっては、歌う事こそが生き甲斐で、支えでもあったのに。エクスカリバーに入る前―――物心ついたときから、俺は歌を支えに生きてきた。前職のエンジニアをしていた時もな。どんなに辛い事があっても、歌と音楽があれば乗り越えられた。なのに―――!」

エーリクは喉に触れた左手を下に下ろし、ぎゅっと握りしめた。

その拳が微かに震えている。

ミツクニはその様子に、言葉を返せずにいたが、やがて目を閉じ、自分自身に確認するように一度頷く。

そうしてミツクニは目を開けると、エーリクへ向かい歩み寄った。

「エーリク、俺達には貴方が必要だ。一緒にこの事件の調査をしてほしい。旋律を取り戻して、元の人生を勝ち取らないと。俺達と一緒に来てくれ」

「…エーリクの歌、聴き損ねたしな。一緒に旋律取り戻したら、その時は聴かせろよ」

後ろでイェンスも静かに、けれどはっきりとそう言う。

エーリクは二人を見ていたが、やがて両手を大きく広げ、二人に歩み寄ると、二人纏めて思い切り抱きしめた。

「く、苦しいよエーリク」

絞り出す様にミツクニは声を出す。隣ではイェンスが既に失神寸前であった。

「あっはっは!…悪い悪い」

いつものように大きく笑うと、エーリクは漸く腕を離す。

そうして手を一度下ろし、腕を組むと、凛とした笑みを見せた。

「…有難うな、ミツクニ、イェンス。改めて、宜しく頼むぜ!」

ミツクニはそう言って手を差し出すエーリクの手を握り返す。

エーリクの手は力強く、力がこちらにも流れてくるようだった。

「…こちらこそ!宜しく、エーリク!」

ミツクニの心にまたひとつ、温かな灯火が宿った。



***

「さて、こいつらとも暫しの別れだな。寂しくなるぜ」

そう言って四人分の布団を掛け直してやるエーリクを、ミツクニとイェンスは隅の方で眺めていた。

祖母タケの快諾によりエーリクも祖母宅へ泊る事になった為、エーリクの荷物を取るべく、三人はエーリク達エクスカリバーが宿泊するホテルに一旦戻ってきたのである。

「ガブリエルさんにはさっきエーリク仲間入りの事を話したよ。すんなり了承してた。っていうか、何か最初から分かってたような感じだったな」

ミツクニはそう言ってジーパンのポケットに手を入れた。

「ははっ!ガブリエルって何でもお見通しって感じだもんな」

エーリクはそう言って洗濯したてらしきボクサーパンツを畳み、キャリーケースの中に入れていく。見るつもりは無かったのだが、どの柄もあまりに派手すぎてついつい目がいってしまったことにミツクニは心から後悔した。

「っていうかエーリク、こいつら置いてって大丈夫なのかよ」

イェンスは壁に寄り掛かりながらそう言った。

「ああ、今はこんなだけど、一応自分で何でも出来るんだぜ。ツアーに付き添ってくれてるスタッフ達も責任もって面倒見てくれるっていうし、数日したらこいつらの家族も国から来るようだから、大丈夫だろう」

「ふーん」

興味なさそうにそう返すと、イェンスは近くのソファにダイブし、そのまま横になってしまう。ミツクニはそっとその顔を覗き込んだ。目を閉じて横になっている猛獣の顔は少し疲れが見える。今日一日思い切り遊んだ疲れがあるのだろう。ミツクニはそのまま放っておくことにした。

イェンスは暫く無言のまま横になっていたが、やがて何か思いついたかのように起き上がると、サムのベッドに近付き掛布団をぺらり、と捲った。

「こらイェンスやめなさい。人で遊ぶんじゃありません」

エーリクが後ろでそう言っているのを完全に無視し、イェンスは布団の中にいたサムをじっと眺める。

サムは相変わらずスマートフォンの画面から目を離さない。イェンスは上からひょこっと、サムの持っているスマートフォンを覗いた。

「…なんだこれ、何かのゲームの動画か?」

ミツクニも気になり後ろから覗く。確かにイェンスの言う通り、画面には近未来風のダンジョンで戦うキャラクターたちの姿が映し出されていた。

エーリクが後ろから「あ、そうそう」と言う。

「数日前だったかな、何だか四人全員でそのゲームに突然興味持ちだしたらしくてな。確かオンラインゲームだって言ってたぜ。旋律を失ったライブ後の夜、一回だけ四人でパソコン開いてプレイしてたけど、それ以来やってるのは見ないな。誘われはしたが、俺はゲームはオフライン派だからやらなかった」

「なるほど…何だかサムさん達がゲームって意外だなー」

「しかもこんな超本格的なやつな。まあ、オレもオンラインゲームって苦手でやった事ねえんだけどな」

ミツクニ達はそんな話をしながらサムの布団を元に戻してやる。

「しかし楽しみだぜ、ミツクニの祖母ちゃん家、きっと凄え『ビューティフルジャパン』なんだろ?」

エーリクはいつもよりも更にテンションを高くしながら、意味が解らない事を言った。

「ミツクニのお祖母ちゃんは凄えぜ!とにかく料理が絶品なんだ!しかも家は広いしな。『ワビサビ』が効いてるぜ」

イェンスも先程よりもやや元気を取り戻しながら、やはり意味が解らない事を言う。

「イェンス、それ意味わかって言ってないでしょ?」

そんな会話をしつつ、エーリクが支度が出来たところで、三人は見送りに来たスタッフ達とエクスカリバーのメンバー四人に別れを告げつつ、部屋を後にする。


「―――コマ」


不意に後ろから声が聞こえ、ミツクニは振り返る。

だが布団はどれも閉ざされたまま、動く気配はなかった。

―――『コマ』?気のせいかな?そう聞こえた気がしたんだけど…

ミツクニは首を傾げながら外に出る。

胸中に、何か妙な騒めきを感じた。


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