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STAR GAZER  作者: 恵
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11月17日 前崎翼

11月17日

 


 ガシャン、と、また食器が割れる音がする。

その直後に聞こえるのは、もはや人間のものとも分からなくなった男と女の叫び声で。

母親が投げたフルーツナイフを父親が椅子を持ち上げて払い、それが部屋の隅でうずくまっていた翼の頬をかすった。

生暖かい緋いものが、翼の首筋を伝う。


「もう・・・嫌だよ」


翼は途端に立ち上がって、リビングのドアの方へ走った。

床に散乱した、食器や花瓶だったものが足の裏に刺さるが気にしない。

部屋で乱闘を繰り広げる両親を冷めた心で見つめながら、翼は後ろ手でドアノブをつかんだ。

強引にドアを引いて部屋を飛び出す。


スマホの時間制限の強制ロックがかか直前に、親友二人とのグルチャに打ち込めた一文は、「たすけて」。二人が気づいてくれることを願いつつ、MA-1のポケットにスマホとiPodとイヤホンと財布を突っ込む。震える足を無理に奮い立たせて、お気に入りのスニーカーに引っ掛けた。靴紐がほどけていることなんて気にしていられない。

玄関のドアを閉めるときに一瞬聞こえた、母親の「待ちなさい」の声を、頭を振ってかき消したら、翼は無我夢中で深夜の街へ駆け出した。




 


 無心で走っているうちに、気が付くと日付が変わる直前の繁華街。

車のサーチライトが乱反射する、違和感を感じるほど明るい街が、今ではどこよりも優しい場所のように思えてしまう。

翼は、一歩、二歩と何かを求めるように歩き出した。


狭い視界の中で歩いていたからだろう、広い道路の向かい側から歩いてきた売女に気が付かなかった。

すれ違いざまに、わざとらしく舌打ちをされてしまう。

よろめいて道の端へ押し出されたとき、よれたスニーカーの足元にポタリと血が落ちた。


「そっか、切れてたんだ」


色をなくした瞳でそれをとらえた翼は、誰にともなくつぶやいて頬に手を当てた。

視線を上げて、周囲にコンビニを探す。

道路沿いに見えたFamilyMartのネオンがやけに親しげに見えて、翼は思わずすがるように歩き出していた。



 店内に入ると、場違いなほどに明るい「いらっしゃいませー」の声。

思わず肩をびくつかせ、それを隠すように店の奥へと進む。

あった。

絆創膏を荒々しくつかんで、レジへと向かう。

大学生だろうか、アルバイトらしき男性店員が、翼の傷に気が付いたように何かを言った。

しかし、翼はその声に気が付くことはなかった。

そんな余裕が、その時の翼にはなかったのだ。

返事がないことを受け入れたような店員の姿に多少なりと訝しげな視線を送りながら、翼は自慢の長い長い髪をあえて左に流して傷を隠すようにし、店員をにらみつけるように見た。

気のよさそうな店員は、まだ心配そうな表情を浮かべていたが、バーコードを読み取って、翼が出した五千円札を優しく受け取った。

お釣りを奪うようにもらい財布に突っ込んだ翼を見て、男性店員がレジ袋に絆創膏と一緒におにぎりを入れた。

どうしてそんなものが手元にあったのか、普段の翼なら面白がりながら聞くところだろうが、その時の翼は不思議そうな目を向けることで精いっぱいだった。


「お金は、僕が払っておくので。」


小声で言った店員を、翼は思わず凝視していた。

震えの止まらない唇を必死に動かす。


「あ、りがとう・・・」


かすれたけれどしっかり声になったその言葉に、店員は微笑み頷いた。

翼はふらつきながら自動ドアへ近づき、明るい道へ出る。

少し裏路地に入ると、突然視界が暗くなりそのコントラストに眩暈を覚えた。

少しの間目を閉じから、ゆっくり瞼を上げる。

軽く深呼吸をした翼は、レジ袋から絆創膏を取り出し箱を開けた。

依然指先は震えていたが、先ほどの店員の温かさを思い出すとそれも少し収まった。

スマホのカメラを内カメにして、絆創膏の位置を確かめようとした翼だったが、思わず手が止まった。

思ったよりも深い傷に、柄にもなく動揺したのだ。


「みすぼらしい」


そうつぶやくと、途端にこらえられなくなった涙が決壊した。

慌てて画面をブラックアウトさせ、絆創膏を雑に貼る。


本当につらい時の涙は温かくなんてない。

よっぽど血の方が人間味が感じられるのだ。


翼はiPodにつないだイヤホンを耳に突っ込み、2000曲の中から一番のお気に入りの曲を選び大音量で流した。

左右の耳から聞こえてくる〈STAR GAZER〉のリズムにつられるようにまた表通りに出る。

歩きながら翼は、さっき自分がTMGのグルチャに発したLINEの一言について考えを巡らせた。


突然あんなことを言っても、意味なんかないのに。

二人にどうにかしてもらえることじゃないのに。

心の弱さと二人のやさしさにかまけて、ついついらしくないのに甘えてしまった。


海のある方向へ街を抜けようと足を動かす。

朝までには海につくだろうか。

そう思って見上げた空の、少し欠けた丸い月がにじんで星と重なった。



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