Goodbye, the world
「いや、ですからね、馬鹿馬鹿しいんですよ。人はいつか死ぬとか、私は必要ないだとか、なんなんですか?馬鹿にしてるんですか?まあ、あなたが必要な人間かは、わかりませんけど、あなたが散々僕に言ってきた言葉は僕は全否定ですよ。」
「なんなんですか?」
私はビルの屋上。安全柵の外側のギリギリに立っている。
「なんなんですか?は僕の台詞ですよ。何度言ったらわかるんですか?アホみたいなことはやめてさあ、柵をもう一度乗り越えて、こっちに来てくださいよ。」
私がこの煩い男を知ったのは10分も前のことではないかも知れない。
* * *
私は耐えられなくなっていた。会社では上司の執拗なパワハラ、容姿がいいとはあまり自分では言いたくないが、セクハラもあった。
同僚からは、陰湿な嫌がらせ。
誰にも相談ができずにいた。
ならいっそ極端でも楽になろうと会社の建物の屋上に立った。
そしたら、こいつが現れた。
知らない顔だ。
そんなに大きな会社ではないからみたことのない社員はいない。
誰だ?
するといきなり男はいきなり私に
「掃除、面倒になるんですけど。」
と言ってきた。
なんだ?掃除?成程。落ちて汚れたところの処理のことか。
「知らないですよ。」
私は冷たく切り捨てた。
「酷いですよぉ、依頼されて来たのに知らないなんて。」
依頼?掃除代行?誰が?
「依頼なんて知りません。もう、放っといてください。」
そこからの私の台詞は典型的なのか知らないけれど、自虐的な言葉だった。
男は黙って聞いて、一呼吸置いた瞬間に語り始めた。
* * *
「アホって、私は真剣に!」
「真剣?笑わせんなよ。だったらさっさと飛べよ。」
え?止めに来たんじゃないの?
私の驚いた顔に男はこう言った。
「止めるつもりは毛頭ない。ただ、本当に飛ばれたら、掃除が大変。」
なんなんだ、こいつは。
私は男の決してイケメンとは言えず、かといって不細工とも言えない顔をまじまじとみていた。
「人が来た瞬間に決意が揺らぐ。もし、上司や、同僚であるなら飛んで見せてしまおうと思っていたけれど、僕みたいな知らない人間が現れると、簡単に壊れる。君の決意はそんなに脆いものなんだ。」
な、なんで、私の心が読めるの?
心を読むのではなくても、なんで、屋上のドアが開いた瞬間の私の心境がわかるの?
この男は一体?
「いいですか?この世界には幾つかの種類の人間がいるんですよ。
まずは普通の人間。これが一番幸せかも知れない。なんせ、特に大きな不幸も大きな幸福もなく、ただ、平凡に時が流れるから。」
私はいつの間にかこの男の話を聞き入っている。
昼休みの終わりを忘れて。
「次は強いたげる人間。強がって弱いものを陥れ、なんとか自分の安定を望む。可哀想な人間。」
これを聞いて、私は上司や、同僚の顔を思い出した。
「三つ目は耐える人間。強いたげる人間からなんとか耐えて、頑張っている人間。応援したくなる人間。
四つ目は干渉しない人間。臭いものには蓋をする人間と自分のことすら無関心になる人間。一番の策略かも知らないけれど、いい方法とは言い難い。
五つ目は昇る人間。別名は成功する人間。正しい真っ直ぐに自分の信念を曲げず、勝利や成功を掴む。」
五つ目を聞いた瞬間、私は自問した。こんな人間になれただろうか、と。
「六つ目は逃げる人間。耐えることも干渉しないことも昇ることも強いたげることもせず、ただ、逃げる。一番の馬鹿。」
私のことだろうか。別に馬鹿でもいい。私は楽になりたい。
「最後は例外。具体例は僕。利益もないのに人に手なんか差し伸べている。偽善者。」
結局、この男はなにが言いたいのだろうか。
「君はどれ?」
男が問う。
「私?私は・・・」
六つ目だろうか。
上や同輩から耐えたけどやめようとしている。
世間にはいい目で、嫌われ者として、みられないように努めるのもやめた人間。一番の馬鹿。
「案外、そうでもないかも知れない。」
え?というか、やはり私の心を読んでる?
「読心は置いといて、君は六つ目ではない。」
「じゃあ何番目?」
「最後のアレ。」
え?私は、例外?
「偽善者というのは僕の自虐だから。」
そんなのはどうでもいいけど。
「はじめの六つに当てはまる人間なんていない。人間は絶対六つの複合型。君も最初から逃げてた訳じゃないでしょ?」
最後の言葉が妙に優しくて、私は、泣きそうになった。
「どうも。ご清聴ありがとうございました。」
男は後ろを向いて屋上のドアに向かう。
「待って!」
男は待たない。
男が扉に手をかけようとした瞬間に扉が先に開いた。
現れたのは上司だった。
「あっ!」
その瞬間、私は足を滑らせた。
え、嘘。待ってよ。なんで、もう、そんな気は消えたんだって。死にたくないって。ちょっと。なんで、私は落ちてるの?
世界はスローになる。
その間に今までの記憶が流れる。幼少の頃の幼稚園の頃の記憶。自転車に乗れるようになったこと。小学校に上がったこと。等々。懐かしく、温かくありふれた自分の記憶が流れる。
狡いよ。こんな瞬間に私にこんなのを見せるなんて。
かなり下まで落ちてきた。
もう、私の走馬灯も終わりなの?本当は死にたくない。
ごめんなさい、お母さん。ごめんなさい、お父さん。ごめんなさい、ごめんなさい。ごめんなさい、
私。
春の暖かさに似た温度に抱かれて、私は思う。
悔しいな。もっとなにかしらできたはずだよ。バスケの地方大会だって行けたはず。片想いのあの男子に告白だってできたはず。もっと勉強してあの大学にも行けたはず。
悔しいな。
私はいつの間にか涙を流していた。
・・・
・・・
・・・たい。
・・・きたい。
生きたい。
生きたかった。
私はしばらくして目を開けられることに気づいた。
目を開くとそこは見慣れた会社の前だった。でも、誰もいなかった。私は倒れた体を起こして立ち上がる。服は血で赤く染まり、アスファルトも深紅だった。それを何故か、そして心なしか美しく感じた。
「サービスですよ。あんなに君が願うから。」
後ろから声がする。
振り替えるとあの男がいた。
「なんで、あんたがいるの。」
「なんでって、僕もわからないよ、ただ、君があんなに願うから。僕がいるんだ。」
どういうこと?
男は私の疑問を無視した。
「わかっているかも知れないけど、君は死んだ、それはもうどうしようもない。」
改めて現実を打ち付けられる。
私の中は後悔しかない。
男が「でも」と切り出してくれることを祈った。
現実はそう甘くない。
「君はこれから俗にいう天国というところに行く。苦しみも辛いこともない、最悪なところだ。」
私は男のこの言葉を何となくわかりかけている。
苦しみも辛いこともあって人間。それがなければそれは人間ではない。いや、生物ですらないかも知れない。
「最後にあなたのことを教えて?」
男はこう答えた。
「ただの14の餓鬼だよ。」
「そうには見えない。」
「背伸びして頑張っているからね。」
男は子供らしく笑った。
こう見ると本当に14の子に見える。
「もう、いかなきゃかも知れない。」
私は何かに呼ばれる。
「うん、行ってらっしゃい。」
私は光に包まれた。そして「天国」に向かう。
あの子のかすかな「さよならママ」という言葉を置いて。
「あれで、よかったんですか?」
中年くらいの男性が14の子供に聞く。
「いいんだ。」
「しかし、彼女を蘇らせることもできたわけですし、何故?」
「わかんない。」
そうですか。と中年は頷いた。
子供は消え、中年も姿を消し、世界は動き出した。
誰もいなかった世界に人が戻り、日常が戻った。
いかがでしたか?
パッとした思い付きで書いたものなので、誤字まみれだったりするかもしれませんけれど、ご容赦ください。
めざせ短編映画・・・なんちゃって。