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薄暗い洞窟をまだしっかりとした足取りで進んでいく。幸い光が途絶えているところはなく、うす暗い一本道と湿った岩肌しかなかった。途中で10cm程の大きな茶色い芋虫を見かけたが、虫が特に苦手ではない怜は平気だった。歩いてしばらく経つが一向に出口が見えない。不安や焦りから、犯人への怒りが滾ってきた。
(いったいどんな所まで連れてきてんだよ!犯人と会ったら殴りかかってやるわ!)
最初の恐怖心も薄れ、どんどん力強く進んでいく。実際に犯人にあったとしても、並みの男では勝てないだろうと思わせるほどの怒りの表情を浮かべていた。
(やばい…今何時だろう)
天井の割れ目から漏れ出す光を見上げ、ふと思った。
怜はスマホを持っていない。いま厄介になっている遠い親戚に世話になりたくないという理由と、単純に必要ない(友達がいない)せいだ。今更ながら持っておくべきだったなと後悔した。
なんにせよ、日が暮れるまでに脱出しなくてはいけない。怜は焦り始め、音を立てることを気にせずに、走り出した。
それから15分くらい経っただろうか、いきなり岩を打ち付けるような音と、振動が遠くから鳴り響いた。
そして何度か振動が続いた後、黒板をひっかいたような不快音が響いてきた。
怜は困惑したが、すぐに工事現場が近くにあるのだと予想した。岩の音も不快音も重機を使っている音だろう。犯人が工事なんてしてしてるわけないから、助けを呼べるはずだ!
そう考え、音が響いてきた方向へ急いだ。
しばらくして通路が終わりを迎えた。道の向こうに開けた空間が見えた。
「やっとか…」
安堵から声がもれたが、辺りを見まわすと外ではなくまだ洞窟が続いていることを理解して、ハァ…とため息をついた。
広場には4mを超えるような大岩がゴロゴロとしていた。壁は遠くにあるらしいが薄暗いため見えなかった。
ふと正面に長い岩が転がっているのが見えた。ほかの岩より長く、進行方向をふさぐようにある。全長5mはあるだろう端の方に怜は違和感を覚え、近づいて行った。
他の岩とは質感が違うなと思い、さらに端へ近づく。すると信じられないものがあった。
「化け物…」
思わず声を漏らした。そこにあったのはヤツメウナギのような小さな歯が並んだ、グロテスクな大きな口だった。さらに口から、半透明な赤みがかかった粘性のある液体じわじわと出ている。ピクリとも動かず、大きな口から液体が糸を引きながら垂れていた。
怜は恐怖や嫌悪感も感じず、ただ突っ立っている。理解が追い付いていない。
ぼうっとしながら見ていると、いつからそこにあったのか淡くエメラルドグリーンに光る、銅でできたような刃物が首筋に添えられていた。反射的に眼球だけを動かしてそちらをみると、刃は半透明な液体で薄く濡れている。
「動くな」
後ろから、くぐもった男の声が聞こえた。
静かだが、恐ろしく響く声だった。