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怜は生まれて間もなく両親が離婚し、父親の手で育てられた。父親は粗暴だが、娘には不器用な優しさを持って育てた。仕事は漁師をであり、朝早くに出掛けて行き夕方には早めの夕飯とビールを飲んで2人で食事をすることがいつものことだった。収入は安定しなかったがそれなりに満ち足りた日々を送っていた。
しかし、そんな日常は私が中学1年の頃終わりを迎えた。父親が時化た海で行方不明になった。捜索はしていたがもう父は死んでいるだろうとすぐに理解していた。最初どうしてあんなに冷静だったのか分からないが、涙を見せたのは数ヶ月後になってからのことだった。
高校2年の春
教室から名前のうろ覚えのクラスメイトたちがチャイムと同時に出ていった。
男子は柔道、女子はダンスの授業を受けることになっている。廊下からそれぞれの体育の授業の話題で盛り上っている声が聞こえた。
(柔道ならまだましだけど、ダンスとかバカみてえ…)
怜は前の授業から全く動かず、足が揃っていないガタガタの机で寝た降ふりをしながら密かに思った。
皆行ったかな… ん?
誰か一人の足音が廊下から近づいてきた。
(忘れ物なんてすんじゃねえよ…)
机に伏したまま足音が離れていくのを待ったが、意外なことに肩を優しく叩かれた。
「怜さん、体育の授業始まるよ…?」
驚いて顔を上げると困ったような、おどおどしながらこちらを見下ろす顔があった。
(確か佐々木だったか?)
思い出そうとしながら顔を見つめていると
「寝てた?授業始まっちゃうよ?」
と優しく語りかけてきた。
困ったな…
怜はどう言い訳してサボろうか頭を回し始めた。
話し掛けてきた女子生徒は度々怜を気に掛けてきた。名前はあまり覚えてないが…。まあ他のやつよりはいいやつであると思ってる。無視するのは簡単だが、多少後味が悪いので、うまく切り抜けたい。
怜は口を開き
「次の授業でないから。」
「また?欠席多いと進級出来ないよ?」
(まあそう返してくると思ったよ。)
「私体育よりも英語と数学ヤバイからさ、次赤点だったら補習受けても進級させないって言われてんのよ」
「え!本当に!?」
まあ半分以上ホントだ。
国語と化学位しか平均点を上回ったことがない。
英語に至っては下から学年2位だ。因みに1位は名前無しで0点のアホだった。結局のところ英語の一番バカは私であることが周りにも知られている。
「ホント、ホント。だから体育サボって勉強すんのよ」
(まあ実際に教科書開くまでは行くけど、ボーとしてるだけなんだけどね。)
心にも無いことを言って、反応を伺う。
「そうだね…。そっちの方が身になるかもね。」
考えながら下を向いていたが、顔を上げると明るい表情を浮かべた。
「じゃあ頑張ってね、先生には具合が悪いから保健室行くって誤魔化しとく!」
そういって彼女は時間を気にしながら走り去っていった。
はぁ…
一人ため息をつき、また机に突っ伏した。
(なんであいつは話し掛けてくんだか、他のやつと仲良くしたら良いだろうに。)
怜は高校に入ってから友達を作ったことがなかった。中学では粗暴な態度から女子には壁が出来てしまい、男子とも異性の壁にぶつかり仲良く出来なかった。
父親が居たときは家で愚痴を言って聞いてもらっていたが、親戚の家で厄介になってからはあまり口を聞かなくなった。その分自分本位な考えに偏り、昔に比べ性格が悪いと自分で感じるほどだ。
しかし何故か彼女はは冷たい反応をしても度々怜に話しかけてくる。
フインキからして優等生で優しそうだ。それが怜と正反対で、周りにも認められている。彼女と対抗出来るのは身体能力位だ。
怜は父親譲りの体格で180センチ近くはある。女子ではトップクラスの高身体で、痩せれば可愛い系だと本人は思っている。漁師の仕事の手伝いをしていたせいか、かなり筋肉がついてがっちりとしている。そのため男子からは態度も合わさって、「番長」と密かに呼ばれていた。
誰かが開けっ放しの窓から心地よい風が流れてきた。
(このまま寝たら気持ちいいかもな…)
しばらくして怜はダルそうに立ち上がり鞄を持った。
(確かに進級出来ないのはマズイし、少しだけ真面目にやるかな)
彼女の明るい顔をふと思い浮かべながら図書室に足を進めた。