陽気な勧誘者
「バド部入ろう!ゆき…」
「…名前を言うなと何度言えば分かる」
「あーごめんごめん」
またこいつだ。入学式が終わってからと言うもの、
1週間毎日放課後の進学クラスの教室に入ってくる。しつこいとしか言いようのないこの男。このクラス
じゃちょっと有名だ。大勢の視線を浴びても
常に大きな声。でも足音は軽い。
「…懲りないなぁ、お前」
「お前じゃなくて旭だって!言ってんじゃんいつも〜」
俺のいる進学クラスと教室が隣り合っている商業クラスの副島旭__いつもこの教室に来て俺を
バドミントン部に誘う変わった奴だ。でも俺は副島が来る度断っている。
この高校は部活動が盛んで、野球とかサッカーとかは県内だとまあまあ強い。でもバドミントンなんかは
部員も少ないしそれほどじゃない。それだから
入らないっていうわけではないけど。
「俺は入らないんだって。言ってるじゃんずっと」
俺がまたいつものようにちょっと申し訳なさげに断りを入れると副島はふくれた。
「えぇーなんでー」
不意に副島から出た言葉に少し戸惑う。
いつもの副島ならここで『あーマジかぁーー!
別の部狙ってる?』とか『そっかー…でも入って!』とか言ってくる(俺はそれに対して『狙ってる部は
ないけど入らない』とか『無理でーす』とか言って
返している)のに今日は『なんで』ときた。
俺は副島の問いに答えかけて押し黙った。
今は勢いで何を言ってしまうか分からない。
こいつの口が軽いことなど想像がついている。
「…じゃあ副島はなんで俺を誘うの?」
質問には答えず副島に問う。
「え?そーりゃお前が強いから」
即答である。副島の澄んだ声が耳に響いた。
「強くなんか…ない」
俺は、副島が思っているより強くない。そんなふうに言うのは見苦しい気がして黙り込んだ。
俺は中学生のときバドミントン部に所属していた。
小学3年のときからやっていて、それなりに楽しかったから中学の部活も何も考えずバドを選んだ。
でも中学校の部活は今までと全然違っていた。
中学に上がって初めての県大会のシングルスで入賞すると、俺は1年ながらに団体のレギュラーメンバーに選ばれた。すると、周りの俺への扱いは変わっていった。
団体に入れなかった先輩に調子に乗るなと言われ、部室に入れてもらえなくなった。陰口は増える一方で同学年にも仲間はいなかった。団体のメンバーの先輩は俺が落ち込む度に優しく声をかけてくれたが、その 先輩たちが引退すると、俺への嫌がらせはもっと増えていった。
俺はそんなことが嫌でバドを辞めたくはなかったので今まで以上に練習に打ち込んだ。そうすると結果はついてきたし、関東大会や全国大会にも進むことが出来た。
でも3年になると不調が続いた。3年になってからは
部室に入れるようになり、慕ってくれる後輩も
できた。だが同級生の陰口は収まらずに続いていたのだ。同級生の言うことなど気にしていないつもり
だったが、同じ団体メンバーにも言われていると
流石に気にせざるを得なかった。
それが原因と断定的に言えるわけでもない。
でも今まで伸びてきていた結果が落ちていっている のは明らかだった。 俺の不調に気づいている奴なんか、いなかったけど。
辛うじて最後の県大会の団体優勝は出来たが個人戦シングルスは第3位に終わった。
そしてひと月後。迎えた関東大会の団体戦の2回戦。俺らのチームは第1ダブルスを0-2で落とした。
続くシングルス。2回負ければ終わりのゲームに俺は挑んだ。第1ゲームは勝ち取ったものの第2ゲームは
逆転された。あとがなくなった第3ゲーム___
19-20。相手のマッチポイントで、俺のサーブ。慎重に放ったつもりだったショートサーブはネットを
超えず、俺のコートに落ちた。それが最後だった。
俺たちのチームは負けたのだ。
今でも忘れない。あのとき、負けた瞬間…俺へ
向けられたチームメイトたちの視線。
「役立たず」「サーブミスで終わらせてんじゃねぇよ」「あれだけ調子に乗って練習していたくせに」
チームメイトから俺に言葉はなかったがそんなふうに思われているのが目だけで分かってゾッとした。
それからのことはあまり覚えていない。
泣くこともできず、俺はひとり個人戦に挑んだ。
個人戦はベスト8に終わり、部活を引退。長く続いた陰口からは解放された…いや、俺のせいで負けたんだから俺の知らないところで続いていたのかもしれない。
根に持たれていなかったんだとしても高校でバドをしようとはどうしても思えなかった。だから高校の
バド関係の推薦も全て断った。…だって負けたらまたあんな目で見られる。一生懸命練習して結果がついてきても調子に乗るなと言われる。
あんな日々…俺はもう耐えられな…
「…さき。高崎ってば!」
「!」
副島の声で我に返った。
「あはは。すっげ怖い顔してたよ」
副島が愉快そうに言うので俺は俯いた。
…まずいな。中学のときのこと思い出すと冷や汗が
出る。こんなの副島に悟られてはいけない。と、俺は
1度深呼吸をして、顔を上げた。副島はいつも通りの
呑気な表情だ。
「俺は…強くないの。バドはしないの」
ゆっくりと副島に告げる。不思議そうな顔で見てきた副島が、思い出すように言った。
「全国大会経験者。去年の関東大会、個人戦シングルでベスト8。…まあ団体ではシングル落としちゃってたけど…それ入れても高崎強いよ?県内じゃ有名なんだよ?」
副島は俺に自信を与えようとしている。
でも俺はまたあの関東大会を思い出して胸が痛んだ。そういうことじゃない、と言いかけて口をつぐむ。
思い出したくもないことを口にしたくはなかった。
「とにかく、俺は…」
「…俺ねっ!お前に憧れてバド始めたんだ」
幾度目かのバドはしないを副島が遮った。
明るい話し口だった。大声なので再び俺たちに
クラスメイトの視線が集まる。
「…は?」
憧れ?俺に…?
「んー何年のときかな。小5ぐらい?」
「ちょっ、ちょっと待てっ…憧れることなんか…」
本当にないんだよっ…いい加減みんなの視線がやばいから待ってくれっ…。そんな俺の切実な思いは届かず副島は真剣な表情で語り続ける。
「あるよ!だってめっちゃ一生懸命やってたもん!」
「!」
一生…懸命…?
「俺が初めて見た試合はお前が負けてたけどさ。お前、ずっと勢いヤバくて。格上相手でも食らいついてる?つーかさ?」
「………」
「だから尊け…」
「待てっ!ホンットに待て!」
やばいこと言い終わる前に俺は副島の口を両手で
塞いだ。女子がこちらを見てくすくすと笑い声を
立てる。…でもそれは今、俺にとって、もはや
どうでもいいことになっていた。
一生懸命…?俺の試合そんなふうに見えたのか…?
小学生のときは確かにバドが楽しくて、上手く
なりたくて、一生懸命だった。どんなに実力に差が
あろうと絶対勝ちたくて、負けたくなんかなくて、
頑張ってた。中学のときだって…俺は一生懸命
だった。でもそれは勝つためとかじゃなくて
色々言ってくる奴らを黙らせたくて__
それって違う…よな。
バドが楽しいってこと…俺、忘れてた…?
「一生懸命やってて大会でも入賞してる。努力家と練習できたら俺は嬉しい。だからさ、考えてみてよ」
へらっと笑って副島が再度勧誘した。俺は俺が思ってるほど最低で弱い人間なのか…?そういうのは自分
じゃ決められないけど今バドから逃げずに
一生懸命やれば、まだ___
キーンコーンカーンコーン
部活の始まりを告げるチャイムが鳴った。
「おおっとそろそろ行かなきゃ!じゃ、明日も来るから!」
副島が俺の机から飛び退いた。
「い、いやもうい…」
「あ。言っとくけど俺、先輩たちに高崎の大会の成績とかめっちゃ話して、マジで期待させてるし、だから高崎が入らないとか言ったら、俺、怒られちゃうんだ!絶対お前捕まえる!じゃなっ!」
「おっ、おいそれどういうっ…」
俺の声はまたもや副島に届かなかった。今のが本当 なら結構なプレッシャーが俺に……。大声で言い残し副島が走って教室から出ていくと、居残って部活の
時間まで勉強してるクラスメイトとか教室でだべってた奴とかからドッと笑いが出た。
「うるせえ友達だなぁ!千名ちゃん!」
「ちっ…ちが…」
クラスメイトたちは面白がるばかりで相手にしない。
「ホンットに千ちゃん大好きだよなぁ副島の奴〜!」
「なっ、名前を言うな!ちゃん付けもすんな!
なんだよ千ちゃんって!ていうかまだあいつとそんなっ…と、友達とかじゃないからっ!」
高崎千名。高校1年。
何やら騒がしい高校生活のスタートとなりそうです。
最後まで読んでくださった方、本当にありがとうございます!
幼く、拙い文章に仕上がっていると存じますが
そこは大目に見てくださると嬉しいです(笑)
バドミントン部で奮闘する高校生の姿を題材に、
スローペースですが更新していきたいと思います!応援よろしくお願い致します!