第2章4話 最後の約束
「で、何でお前が家にいるんだ、エルフリーデ?」
「え~、だって他に知り合いはいないしぃ? 行くところもないしぃ?」
放課後の旧校舎での魔人ジークリンデとの戦闘の後で、半蔵は小鳥に引っ張られて保健室に寄って絆創膏をあちこちペタペタと貼られてから家に帰って来ていた。
それはいい。そこまではいいのだが、何故か異世界からやって来たエルフの大賢者が学園からついて来て、そのまま家に上がりこんでいるのだ。
なんでこうなった? 納得のいかない半蔵が、不機嫌そうに首を捻りながら反論する。
「勇者の知り合いがいるじゃねーか。さっきはああ言ったが、とっとと千剣破の所へ行けよ」
「え~、だってぇ。あんたの言う通り、今のチハヤちゃんは私のこと知らないしぃ? 話せば長ぁ~いお話しになっちゃうし~、でしょ?」
結局、異世界の大賢者なローブにマント姿ではハッキリ言って魔女のコスプレにしか見えないので、ずっと半蔵の傍にいることで他人の視線を避けていたら、そのまま家について来てしまっていた。
「だからその語尾を上げる馬鹿っぽい喋りは止めろ。イライラする。
ちゃんと、時間をかけて話せばいいじゃないか。そもそも、魔神の眷属から千剣破を助けて異世界召還を成功させるためにやって来たんだろ?」
「え~、だってだってぇ。これが、この世界の流行の言葉なんでしょう? ねぇ、かわいい?
それにぃ~、やっぱり急にそんな話しをしても混乱するだろうから、ゆっくりと~ねェ?」
そんな悠長なことを言っている場合じゃないはずだ。だって、期限は決められているのだから。
「600才のお前のどこが可愛いなんて言ってんあちちちちっ! 家の中で爆炎魔法を出すなよっ。叩き出すぞ、てめぇ!
それよりもう召還日の七夕まで、後1ヶ月も無いんだぞ?」
「まだ598才よ。今度言ったら消し炭にするわよ?
あ~、確か7月7日だったわねぇ? それまでに魔人を倒せばいいんでしょぉ? チョロイチョロ~イぃ?」
くそぉ~、前髪がコゲたじゃねーかよ。だったら目の前で、手負いの魔人を逃がすんじゃねーつぅんだよ!
とは、魔術師の中でも最強と言われる大賢者に面と向かっては言えない、半蔵だった。
「はぁ~、本気でたのむぜ? 俺は本来、戦闘職じゃないんだからさ」
「ふっふ~ん、お姉さんにまっかせなさい~? あんたは透明人間らしく、隠れていればいいからさ。
それよりも、あんたは何で私よりも先に来て――術者より前の時間に異世界転移してんのよぉ?」
「わわぁっ、あいたたぁ~。うっきゃぁ~、さっきの金髪美人さんがハンゾーくんの部屋にいるっ。何故に!」
その時、いつものようにピョコンと窓から飛び込んできたのは小鳥だった。
しかし、余所見でもしていたのか勢い余って盛大にズッコケてしまう。が、ガバッと起き上がるとビシィっとエルフの大賢者を指差して大騒ぎし始めてしまう。
「あ~っと。この人は」
「はじめまして~、エルフリーデと言います。エルと呼んでくださいねぇ? 実はハンゾーさんには昔お世話になった――お世話をしたことがあってぇ、チラッ。
今日からこちらの家に泊めてもらうことになりました~、テヘッ」
何と説明するかとっさに浮かばず考え込んでいると、エルフの大賢者は勝手に自己紹介を始めてしまう。しかも、半蔵の家にホームステイすることになってしまっていた。
「なぁっ、何勝手に決めてんだよ! しかも、世話になんかなってねーだろっ」
「わわっ、本物のエルフさんだ! し、しかも同棲って、それはダメですぅ~!」
ギョッとして半蔵が言い返そうとしていると、今度は小鳥がワタワタと動揺して余計なことを言い始めてしまう。
幻影魔法で長い耳も隠れているから、見た目にもエルフではないはずなんだが。直感スキルの成せる技か。
「あ~小鳥ちゃん、来てたの? いらっしゃい~って外人さんだ! ハロ~ォ、ナイスツーミーツウー?」
すると今度は勝手に部屋の扉を開けて妹の十六夜までが入って来るなり、英会話レッスンを始めてしまう。
いや、異世界人だから英語は通じないと思うぞ。とか、ツッコミを入れそうになるぐらいには混沌とした部屋の中にあっても、意外と冷静な半蔵だった。
「いったい、どうゆうことでしゅか!」
「いったい、どうゆうことよ!」
幼馴染と妹の二人から責められるように問い詰められるので、本気で摘まみ出してやろうかとエルフなエルフリーデを睨みつけると。
そう言えば、名前からしてエルフリーデだったりしたのか。何か違う気がするが。
それにどこで覚えたのか、殊勝にも両手を合わせて拝むようにしているので、曲がりなりにも異世界から帰還できたのはこの大賢者の極大魔法のおかげだったことを思い出してしまう。
「はあ~、ちょっとした知り合いだ」
「ええー! コトリちゃんは知らないよ~?」
「あんたに外人の知り合いなんて、いつからよ!」
幼馴染と妹のカツ丼の無い取り調べは続くようだ。
「あ~、実は小鳥とは前世の知り合いだったりして?
まあ、俺とは不本意ながら5年ぐらいの付き合いかな」
嘘をついてもどうせボロが出るので、正直に答えるがどうせ理解できはしまい。
「ええーっ、コトリちゃんの前世ってぇ~! でも、ハンゾーくんウソついてないしぃ~?」
「嘘っ! あんたに5年も前から外人の友達がいたなんて……何てバイな」
流石は小鳥の直感スキルだ。真実であることだけは分かるようで、やっぱり嘘つかなくて良かった。
それから十六夜、誰がバイだ。それを言うなら、バイリンガルだろ――って、それも違うけど。
と肩を落とす、かつて異世界にいた半蔵も、そして異世界から来たエルフリーデも翻訳スキルを使っているに過ぎなかった。
それにしても、面倒臭いことになってしまった。そう思いながら、半蔵は部屋のスミでニヤニヤしている大賢者なエルフを睨みつけるのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「それじゃ、おやすみ~。覗いたら殺すからねぇ?」
結局、留守がちな両親をだまくらかして――魔法で記憶を部分改竄して、家に居着くことにしたらしいエルフな大賢者のエルフリーデ。
夕食のカップラーメンに目を丸くして、勝手知ったる他人の家とばかりに風呂にまで入ってしまっていた。
そうして気がつくと、これまで唯の壁だった二階の廊下に不釣り合いなほど豪華な扉が張り付いていて、サッサと空間魔法で構築したらしい亜空間の部屋に姿を消してしまう。
「誰が600才の婆の部屋なんか覗くかっつうんだよあちちちちっ! だから、家の中で爆炎魔法を使うんじゃねーよ!」
「フンッ」
少しだけ開けてあった扉の隙間から逆に廊下を覗いていたエルフリーデが、鼻を鳴らすと今度こそ閉じられた扉はそのままに、中の人の気配は綺麗サッパリと消えてしまう。
「こんな所に扉なんてあったっけ?」
後ろで一部始終を見ていた妹の十六夜の至極当然の質問に、半蔵が疲れた様子でつぶやく。
「忘れろ。目の前の事実だけを直視するんだ。それ以上のことは考えるだけ無駄だぞ」
「あ~、な~る? でも、さっきの火ってライターじゃないよね? まあ、いっかぁ。
じゃ、私ももう寝るね。おやすみ」
どういう風の吹き回しか、愛想の良い挨拶を残して自分の部屋に入っていってしまう双子の妹の態度に不審な表情をしながらも、次の瞬間には綺麗サッパリ忘れてしまうことにする。
そして半蔵も自分の部屋に戻ると、そこにはベッドに丸くなって寝コケてしまっている小鳥がいた。
そんないつもの、何物にも代え難い夢のように幸せな光景に、またかと苦笑するとそのままベッドの横に座り込んで背中をもたれかけるようにしてゆっくりと目を閉じる。
ああ、あと少ししたら小鳥を起こして家に帰さないと。大怪我をする程の激しい戦闘の疲れからか、沈み込む意識の中で半蔵はそんなことを最後に思いつく。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「きゃあ!」
「ディーヴァ!」
脚を怪我した半蔵をかばうように、背中を切裂かれてしまうミルクティカラーの長髪の少女は。それでも抱きしめた彼を離そうとはせずに引き摺るようにして、そのまま戦闘圏外へと必死に逃れようとする。
――ああ、またこの夢か。
大きな洞窟の最奥で下半身がまだ蘇生しきれていない、それでも上半身だけでも高さ20mはあろうかという魔神が、最後の足掻きとばかりに大暴れしているのが見える。
そのすぐ傍には、両手に魔法剣を持って雷撃を伴った剣撃を見えないほどの速度で繰り出し続けている、勇者千剣破の姿。
隣にはエルフの大賢者が自慢のローブとマントを翻しながら大きな魔法杖を構えて、無詠唱で爆炎魔法を連発させている。
そして魔神が振り下ろす巨大な腕を避けながら、光輝く聖剣を振るっているのは純白の金属鎧をまとった聖騎士ジークリンデだ。
そのんな勇者パーティーの三人を取り囲むように、サポートメンバー達が群がってひたすらに遠隔からの攻撃魔法を発射し続けている。
その最終決戦の最中、後方の壁際に寄りかかって両脚を燃やされてしまっている半蔵に、歌姫ディーヴァが震える手で腰の小さな袋からポーションを取り出してかけようとする。
「くそっ、俺は良いから早くポーションを使え!」
「うっく、だ、大丈夫ですよ? ほら、こうして……」
そう言って、最後の一本のはずのポーションを半蔵の両脚にふりかけてしまう。すると、火傷だらけで一部は炭化していた両脚から薄ぼんやりとした光が放たれて、白煙と共に皮膚が再生していく。
「ば、馬鹿ッ。お前の背中の傷だって、軽くは――ディーヴァ!」
脚の怪我の回復を確認して安心してしまったのか、崩れ落ちるように倒れて来る彼女を抱きしめると、ベッタリとその両手には大量の鮮血がこびり付いてしまって。
「あ、あれ……ハンゾーくん? もう、お昼ごはんの時間ですか……今日はちょっと寒いですねぇ」
「あああっ! ディーヴァ、しっかりしろっ。ダメだっ、死ぬな! 誰か、誰でもいい回復魔法をっ! ポーションでもいいんだ、助けてくれ!」
抱きしめた歌姫ディーヴァの背中から流れ出る鮮血が止まらないので、周囲を見回して大声を上げる。しかし、周囲には焼け焦げた原型を留めていない物言わぬ死体が転がっているばかりで。
「いやだっ、ディーヴァ! たのむ、死ぬんじゃない! 俺を一人にするなっ。ずっと一緒だっていったじゃないか!」
「あ、あはは……だいじょうぶ、ですよ? 私は、どこにも……いきませんよ。生まれ変わっても、いつも一緒にいたじゃないですか? だから、あなたは一人ぼっちになったりは……」
震える唇でそこまで喋ると、もう半蔵の顔も見えていないのか視線を遠くにしたまま。でも、その血が付いた唇をそっと彼の唇に触れさせると。
「愛しています……これは私からの呪いです。だからハンゾーくん、あなたは必ずや生まれ変わった私の元へ……」
ストンッ、と彼女の手が洞窟の地面に落ちる。さっきまで話をしていた彼女の首が、ガックリと重力に引かれるように半蔵の腕の中で倒れて来て。
「あ、ああああああっ! ディーヴァああああああ!」
――何度、この夢を見たことか。
抱きしめている彼女の身体は、まだ温かいというのに。
こんなに喉が張り裂けるほど叫んでも、応えてくれることは無く。
もうこの世で一番大切な、彼女はいないのだと。
こんな俺を愛していると言ってくれた、歌姫ディーヴァは死んでしまったんだと。
「っああああああ! 小鳥ィいいいいいっ!」
◆◇◆◇◆◇◆◇
「だいじょうぶ、だいじょうぶだよ? ハンゾーくん、私はここにいるよ?」
深い、深い眠りから浮上するように覚醒すると、ベッドに背をあずけたまま小鳥に抱きしめられていた。
「ハンゾーくんったら、泣き虫さんですね。あなたを一人ぼっちにしたりしませんよ?」
ゆっくりと目を開けると、ベッドに横になった姿勢のままで彼女はそのふっくらとした豊かな胸に半蔵の頭を抱き込むようにして、半蔵の流れる涙をそっと唇にふくみながら優しく微笑んでいた。
「……あ、ああ。悪い」
抱きしめられた小鳥の身体の温もりと柔らかな胸元から香るいい匂いに、思わずホッとして再び目を閉じてしまう。
すると心配でもしたのかコツンと額と額と合わせるようにしてから、半蔵の耳元へ甘い吐息と共にその言葉を囁く。
「今までもずっと一緒にいたよ? だからだいじょうぶ、これからもず~っと一緒だよ?」
それは5年前に異世界に召還されてしまった時に一度は諦めるほど、あれ程に願っても願っても叶わなかったことだった。
「あ……ああ。ありがとう。その言葉だけで十分だ」
だから半蔵は、心の底から沸きあがるように深い感謝の言葉を口にする。
二度と約束を違えることの無いように、二度と離れ離れにならないようにと、あらためて心に刻んで誓う。
そうしてから再びそっと目を開けると、目の前で覗き込むようにしている彼女の玄色の瞳の奥が燃えるように紅く煌めいて見えていた。
ああ、だから。
「さ、小鳥もそろそろ自分の部屋に戻って寝ないと。明日の朝、起きれなくなるぞ?」
精神年齢だけが既に19才となってしまっている半蔵は、今すぐ彼女をどうにかしそうになる自分を、何とか騙くらかして抑え込むようにそんなことをおどけて口にする。
3月生まれでまだ13才の小鳥とは、実に6才の精神年齢の差があることになっていた。何より、ビッチーズとは違うのだ。そうおいそれと、手出しできるものでは無かった。
「ム~っ、何だか急にイジワルさんです。そんなことを言うハンゾーくんには、明日は卵焼きを作ったげません」
ご機嫌を損ねてしまったのか、ソッポを向いて頬をプクッと膨らませて怒り出してしまう。
もう春も終わりを告げ、初夏が近い涼やかな夜風が窓から吹き込むそのベッドの上で、ペタンと座り込んでプンスカと怒っている彼女にそっと近づくと。
「悪かった。悪かったって。小鳥の作る卵焼きは、とても美味しいから明日も食べさせてくれると嬉しい」
そう宥め賺すように、懸命に言葉を重ねる。しかし、プンプン怒ったままの彼女は。
「それじゃ、ん~。んん~~っ」
っと、目を瞑って桜色をした唇をわずかに尖らせると、顎をツンと上げて唸り始めてしまう。
だから小さくため息をつくと、半蔵はそっと彼女のおでこに唇をつけるのだった。
「あ……ふへへ~。ま、まあ、これで許したげます」
そんなことをウンウン頷きながらソッポを向いて、少しだけ頬を染めて言い出す彼女を見ていると。
ああ、もう止めることができなさそうだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇
真夜中の旧校舎裏にある深い山奥で、地面に倒れこんでいるのは全身が焼け焦げた漆黒の鎧をまとった元聖騎士。
倒れ伏した身体のあちこちからは、もうもうと白煙が立ち昇っている。
「……うぅ…………うくっ!」
徐々に再生しつつある全身に激痛が走るからだろう、食いしばった口から覗く乱杭歯をギャリッと噛み締めると、無意識なのか忘れられぬ憧れの人の名が溢れる。
「……う……チハヤ……」