第2章2話 ビッチーズ
「はあ~、学園にもカラオケボックスの店長から連絡が入ったみたいよ? 大騒ぎだったんだから、もう。
まあ結局は、未遂ということで前途有望な若人の未来を守る~とか何とか言い訳をして揉み消すことにしたらしいんだけど……」
カラオケの単独ライブの翌日も気持ちの良い晴天で、それは良いんだが。昼休みに一人飯を半蔵が食おうとしていると、どうした訳か旧校舎への渡り廊下には他に二人もお弁当をつついていたりしている。
何故だ解せん。特にそこで得意気に校内の個人情報をダダ洩れさせている、中等部生徒会の副生徒会長さん。
そんな訳でコンビニのツナサンドを咥えたまま、大きなため息をつきながら半蔵が今日も雲ひとつ無い青空を見上げてモゴモゴとつぶやく。
「まあ、男子高校生が三人で女子中学生の二人をカラオケボックスに連れ込んで仲良くパンツを半ケツまで下げていれば。時間になっても出てこないのを見に来た従業員が、見たくもないものを見せられることになるわなぁ」
「はあ~、他人事のように言わないでよ」
小さなお弁当箱を膝の上に乗せたまま、ガックリと肩を落としてしまう妹の十六夜。
「え~、だって本気で他人事だしぃ?」
「何でよっ! 彼らは彼女達を含めて停学にもならずに、今日も登校して来ているのよ?」
そう言いながらも、遠慮がちに小鳥の方へと心配そうな流し目を向ける。だから、半蔵はハッキリキッパリと言い切ってやる。
「別に構わないさ。あれで自粛してくれれば、それで良いし。そうでないのであれば、徹底的に殲滅してやるだけだぞ? 既に俺的には死刑判決が出ている訳だし」
「う……あんたがそう言うと、何でかホントに何とかしそうな気がしてくるから不思議よね~。まあ、殺るなら学外でやってよね」
肩を竦めると手のひらをシッシッと振りながら、生徒会としては見て見ぬフリをしてくれることにするらしい。そんなお前も、十分大概ではあるけどな。
「そんなのは、あのアホ共に言えよ。俺はそこがどこだろうと、全力を持って跡形も無く壊滅させるだけだ」
「また~、そんな物騒なことを言ってぇ。はい、あ~ん。
そう言えば、私も昨日はカラオケデビューしたんだよ? お友達が連れてってくれたんだぁ、えへへ~。
でも、ここだけの話だけど私は狭い部屋は何だか息苦しくって。やっぱり、海の見える公園の丘の上で唄う方が、好きかも~」
半蔵の口にお手製の卵焼きを放り込みながらも、小鳥は二人の――ともすると物騒極まりない会話がまさか自分が絡んだ物だとは思わずに、嬉しそうに微笑む。
「もぐもぐ。うん、うまい。やっぱり、卵焼きは出汁巻きだよなぁ。
小鳥の歌は精霊が多い場所の方が良く響くから、やっぱり海の見える公園の空の下で唄う方があってると思うぞ?」
「そう? えへへ~、たまに家庭科でみんなと作る甘い卵焼きも好きだけどねェ。
もぅ~ハンゾーくんったら、精霊さんなんかいる訳ないのに~ねぇ?」
「げほっげほっ、砂糖が口の中にいっぱいで甘すぎるわよ。こいつは厨二病なんだから、もう放っておけば良いのよ」
ごはんを喉に詰まらせながら、妹が自分の小さなお弁当箱の卵焼きをつつく。
その無駄に可愛らしいお弁当箱を彩っているおかずを横目で見ながら、朝からいそいそと一人で手作り弁当を作っていた妹の後ろ姿を思い出す。
半蔵は今や自分の一番好きな食べ慣れた味となった、口の中の卵焼きを飲み込む。
そんな小鳥は最後に残しておいた、ウサギにカットされたリンゴを嬉しそうにカプッとかじって幸せそうに頬に手をやるのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
昼休みも残り時間がわずかとなって教室に戻ると、今朝も昼休みも職員室に呼ばれていたらしい件の女生徒二人が、ゲンナリした顔をして教室に帰って来る。
一瞬、教室の空気が凍り付いたようになるのを誰もが感じ取る。どうやら、既に噂だけは校内に拡散し始めているようだった。
そんな居心地の悪い空気を物ともせずに、今朝も挨拶できなかったらしい元気な小鳥さんが。
「あ~、おはようだよぉ。昨日は黙って帰ってゴメンねェ~」
「「あ……お、はよう」」
嬉しそうに新しくできたお友達にお昼になってから朝の挨拶を始めてしまうので、ビッチな二人も我に返ると思わずといった雰囲気で返事を返していた。
「また一緒にカラオケ行こうねェ~、あれ?」
気付かずに今この時だけの禁句を口にした小鳥が、そのおかしな気配を敏感に察して辺りを見回す。
「あ、ああ……そうね」
「それじゃ、もう予鈴がなるから」
だから、ビッチーズな女生徒二人もそそくさと逃げるように席に戻ってしまう。
特に小鳥がチクったりしたとか勘ぐって逆恨みしている様子も無いので、問題は無いかもしれないなと思いながらも半蔵が違和感に首を捻る。
すると、辞職したアラフォーの中年女教諭の代わりに急きょ副担任から担任に昇格してしまった、大学を卒業したばかりの若い女教諭が予鈴も鳴っていないのに早々と教室に入って来てしまう。
「わきゃあ~、先生もう来ちゃったよ~」
ワタワタと空のお弁当箱を抱えた小鳥が慌てて自分の席に戻っていくので、違和感もどこかへと霧散してしまうのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「だから、何で俺がこんなところに呼ばれなきゃいけないんだ?」
放課後になるや高等部の生徒会室に連れ込まれてしまい、腕組みをして足も組んで完全に不貞腐れてしまっている半蔵が、目の前に座る高等部の御雷生徒会長を睨みつける。
人払いをされた小奇麗な部屋のその横では困った顔をして妹が窓の外を見ながら、鳴らない口笛を吹いている。
「早速ですが、この間のことといい今回の件といい、月見里さんにはご迷惑をおかけして本当に申し訳ありません」
烏の濡れ羽色をした長髪を折りたたみ式のパイプ長机の上にサラリと落としながら、生徒会長の千剣破が深々と頭を下げる。
「それだけなら帰らせてもらう。小鳥を教室に待たせてあるんだ」
こんな時だからこそ不機嫌な様子を隠そうともせずに、半蔵がイライラとパイプ椅子から立ち上がろうとする。
「そう言わずに、話を聞いてはいただけませんか? お時間は、できるだけ取らないようにいたしますので」
勇者な彼女にそうまで平身低頭で来られてると、これから返すはずの借りを思い出してしまい舌打ちをしながらもドカッと椅子に座り直す。
「チッ、手短かに頼む。さっきも言ったが、こんな時期に小鳥を一人にする訳にはいかないんだ」
「勿論です、実は昨日のカラオケボックスの一件で関係していた男子生徒三人なんですが、我々生徒会の方でも目を付けていた――あの、実は、その」
まだ16才の少女ということなんだろうか、急に顔を赤くして視線をキョロキョロと彷徨わせ始めてしまうので。
はあ~、と盛大なため息をついてから、続きを引き継いで半蔵が話し始める。
「ようはその中の一人の兄弟で社会人の野郎が何を勘違いしたかイイ気になって、ジゴロ気分で素人な売春組織で荒稼ぎをしているってんだろ?
そんな屑に尻の穴まで掘られてる糞ビッチーズがどこで股を開こうが知ったこっちゃ無いが、よりにもよって小鳥を巻き込みやがったんだ。
死んで償ってもらう。これは俺の中で決定事項だぞ」
「け、ケツって――あんた、何するつもりよ?」
それまで黙って聞いていた中等部生徒会の副会長である妹が、少しだけ顔を赤くしながら口を挟んで来る。
だから時間が無いって言ってるだろ。余計な口出しをするなとあれ程言ったのに、と妹の十六夜でを殺気込めて睨みつけながら
「何でもいいだろ? あんた達には関係ないことだ。あ~、命までは取らないから安心しろ」
「あはは~、命を取らずに死んで償わせるって――どう殺すのか、そっちの方が怖いんですけどねェ」
まだ赤い顔をそれでもしっかりと正面から向けて来て――流石は勇者の胆力といったところか。などと感心ひとしきりながらも、半蔵がアッサリと斬り捨てる。
「あんた達が知る必要の無いことだ」
あの日、たった一日だけ小鳥を一人っきりにしてしまって、海の見える公園で歌姫ディーヴァとして動画を取られたことを発端にしていなかったとしても、半蔵が全ての責任を背負うつもりだった。
「だから、余計な口出しをするな」
昼の違和感がヒシヒシと危険察知のスキルに警報を鳴らすので、すぐさま立ち上がると音も無く守るべき人が待つ教室へと全力で駆け出す。
「あ……話はまだ」
「あ……ちょ、ちょっと!」
遥か後ろになった生徒会室から呆気にとられたような二人の声が漏れて来るが、今はそれどころではない。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「あのぉ~、旧校舎になんか何の用なんですか?」
ちょうどその頃、放課後の教室で一人ポツンと待ちぼうけしていた小鳥を連れ出した自称お友達の女生徒二人が足を踏み入れていたのは、取り壊しが決定している旧校舎建屋だった。
小動物のようにキョロキョロと辺りを見回す小鳥の不安を余所に、薄暗くなってきた旧校舎をどんどん奥へと突き進む先に。
昨日のカラオケボックスに後からやって来た高校の男子先輩三人だけでなく、背広を着た社会人の男までが待ち構えているのが視界に入って来る。
すると唯一人の大人であるはずの男が、色欲に塗れた嫌らしい下卑た笑いを浮かべながら近づいて来る。
「へえ~、これがネットで噂の歌姫ディーヴァか。動画で見るより、ずっと可愛いじゃん。
マジでこいつをあの美声でアヘアへ言わせれば、入れ食いでガッポガッポじゃね? よし、CM用の動画も生撮りして続編ってことでアップしてやるか~。イヒヒヒッ」
「え? もう動画は撮りませんよぉ?」
下種な最低の屑男の言っている意味が分からず、ズレたことを言い返してしまう小鳥に。
嗜虐心が刺激されたのか、イイ感じに前をおっ勃てて興奮し初めてしまい。
「ちょうどいいケミカルが手に入ったから試してみっか? ほら、お前達にもやるよ。そこいらのじゃキかないぐらい、キマるらしいぜェ」
そう言って、ポイッと錠剤をいくつかお友達の女生徒二人と男子高校生三人に放って投げてよこす。学生五人は別に何でも無いように慣れた手つきで、受け取ったそれを口に放り込むとカリッと言わせる。
そして、自分でも口に入れて噛み砕いた背広の男が錠剤をもうひとつ摘まむと、文字通り外道で下劣なニヤケ顔で、嫌な雰囲気に後ずさってしまう小鳥に近づいて。
「何なら口移しで飲ませてやろう――か、あれ?」
目の前からフッと掻き消えるように、ミルクティカラーの長髪の少女の姿が見えなくなってしまっていた。
「ど、ドコ行ったっ! え? ここまでキマるってか?」
自分が飲んだ違法ドラッグの所為で幻覚が見えているのか、それすら分からなくなってしまったようで。
キョロキョロと辺りを見回すが、同じようにギョッとして目を丸くしている学生五人の様子からも、本当に消えてしまったらしい。
いや、同じ薬物を摂取したのだから同じ幻覚が見えていてもおかしくは、無い。
「んな訳ねーだろっ!」
その時、聞き覚えの無い声と共に、ズガンッ、と脳にまで響く衝撃が背広の男の股間から撃ち抜かれる。と、グシャリと何かがへしゃげて潰れる嫌な音がして。
「ぎゃがっ…………」
ゴンッと顔面を床に打ち付けて尻を天に向けて突き上げたままで、うつ伏せにピクピクと痙攣し始めてしまう。
「うわっ、な、何だってぐがっ」
「え? どうしたってんぎいっ」
「わわっ、逃げがろがあっ」
急に倒れ伏した背広の男の姿に、ギョッとした顔で棒立ちになってしまった男子高校三人も、同じように股間の海綿体が圧潰する衝撃音をラリッた意識の中で自分の悲鳴と共に聞いていた。
突然のように大の男が四人も地面に崩れ落ちてしまう光景に、ヤクでキマった阿保面で口を開けていたビッチーズの女生徒ペアは。
ガンッ、という硬い激突音を耳にした時には、自分達の顔面が仲良く同時に床に打ち付けられていて、鼻の骨と前歯が全部粉々に砕かれて折れた歯が飛び散ってしまっていた。
「ぴぃ…………?」
「ぺぅ…………?」
後頭部の髪がブチブチと抜けるのも構わずにビッチーズなペアの二人を目の高さまで持ち上げると、半蔵よりも背が低いのでプラ~ンと吊り上げられる結果となってしまう。
「いいか、よく聞け。これから鏡で自分の顔を見る度に、小鳥に手を出したことを後悔して生き続けて逝け、いいな?」
辺りには誰もいないはずなのに、自分達は宙吊りにされていて何処からともなく聞き覚えのある声が聞こえて来るという現実離れした光景に。
キメてる割には、素直にコクコクと頷いている途中でとうとう意識を失ってしまう。
チッ、他愛も無い。
身体強化をかけていた細身で引き締まった両腕の筋肉から力を抜いて手を離すと、ボテボテと生ゴミが堕ちるような音がしてビッチーズが身体をくの字に曲げながら床に転がる。
ふう~っと盛大にため息をついて、緊急事態だったとはいえズブの素人相手に持てるスキルのいくつかを使ってまで久しぶりに暴れてしまったので。
ちょっとした自己嫌悪に嫌になりながらも、でもあくまで最優先事項である小鳥の救出に何の後悔もない半蔵だった。
だから、ポケットからスマホを取り出して、さっき速攻でお姫様抱っこのまま生徒会室に退避させた小鳥に電話をかける。
すると、待っていたようにワンコールで出た彼女に。
「ああ、俺だ。小鳥の方は大丈夫か?」
と、その時、気の緩んだその瞬間を狙うように背後から、鋭く大きな鉤爪が襲い掛かって来る。
ガイィンッ、と金属同士がぶつかり合うように火花が飛び散り、衝撃音が反響して静まり返る頃には5m程の距離を開けて短剣を持った半蔵と。
文字通り巨大な熊手のような鉤爪の手を振りかざした、プラチナブロンドの髪に色黒な肌で漆黒の金属鎧に身を包んだ女騎士がそこには立ち尽くしていた。