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透明人間の詩  作者: 珠乃 響(ゆら)
第7章 異世界転移
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第7章2話 魔人の眷属


「チィッ、始まりやがったか!」


 索敵範囲を限界の最大にまで拡大して、高等部旧校舎の裏山に続く雑木林を迂回しながらも、最速で駆け抜けている半蔵の遥か後方で爆発音と斬撃音が鳴り響いて来る。


 今頃は魔術結界を張り巡らせた雑木林の入り口の広い空き地に設置した、対魔人用魔法陣の罠を起爆しならがら。

 迫り来る魔神の欠片(かけら)から生み出された眷属(けんぞく)を、片っぱしから消し炭に変えている(トコ)だろう。


 しかし、いくら極大魔法が使える大賢者とは言え罠の魔法陣の数は限られている上に、勇者はまだ召喚前の見習い以前の状態のはずだ。

 そんなに長い時間、戦線を維持し続けてたった二人(ふたり)だけで耐え切れるものでは無い。


 だからこそ、半蔵は全力で駆け抜ける。魔神の欠片(かけら)から魔力を眷属(けんぞく)に分け与えて弱体化しているはずの、魔人ジークリンデを見つけ出すために。

 魔力が大幅に減っている今の状態なら、奴の隠蔽能力も索敵能力も格段に劣化しているはずだ。

 そこを見つけ出し、奴が単騎での戦力が低下している(トコ)を狙い撃って、勇者と大賢者の最大戦力で叩き潰す。


 そのためには、半蔵は眷属(けんぞく)に発見されて雑魚(ザコ)戦に巻き込まれている訳にはいかなかった。だから、最大まで拡大した索敵範囲をギリギリまで迂回して、裏山の奥地へと向かって突き進んでいた。


「待っていろっ千剣破(ちはや)ぁ、今、あの糞野郎(クソヤロー)を見つけて来てやるからなっ!」


 誰もいない雑木林の薄暗がりの木々の間を()うように、姿の見えない透明人間が木の葉を舞い上げながら風のような速度で駆け抜けて行った。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「チハヤっ、一匹(いっぴき)だけ抜けて来たぁ!」


 少しだけ小高くなった丘の上から最後列として、大賢者エルフリーデが自慢の炎龍の外皮を薄く(なめ)した最高級素材のローブとマントに長い魔法杖を(かか)げている。


 そして全景を魔法で俯瞰(ふかん)しながら、怒涛(どとう)の様に押し寄せてくる数百はいるだろう眷属(けんぞく)の先頭集団が迎撃範囲に入って来ると。

 集中している時には魔法陣を起動して爆炎魔法で爆破し、単騎の場合は遠距離爆炎魔法で狙撃しながら、次々と消し炭に変えていっていた。


 しかし、そうは言っても林を出て来て視界に入るだけでも数十体の眷属(けんぞく)が、それぞれ物凄い速度で突進して来ているのだ。撃ち漏らしも当然のように出てしまう。

 それを、丘から少しだけ下がった位置で待ち構えている勇者千剣破(ちはや)が、その両手に高々と(かが)げた二本の魔法剣で片っ(ぱし)から()で斬りにしていっていた。


「――ひゅっ――ひゅっ――ひゅひゅっ――」


 驚くべきはその速度と精度である。土煙と血煙が舞う中で、(あや)しく紅い輝きを放つ漆黒の瞳を揺らめかせながら。

 二刀流で振り払う白銀の剣閃が(きらめ)(たび)に、眷属(けんぞく)達は一匹たりとも近づくことすら出来ずに、その猛獣とも害虫ともつかない異形の首をボトリと斬り飛ばされて地面に転がしていた。


 そうして白銀の軽金属鎧と純白のドレスアーマー姿で仁王立ちする千剣破(ちはや)から、丁度10m程の距離で首と胴体を泣き別れにされた眷属(けんぞく)達は、(しばら)くするとサラサラとその身体を灰に変えて消えていく。


 そう、この二人(ふたり)だけで圧倒的な殲滅力と言っても過言では無かった。


 しかし、いかに大賢者とは言えど人の身であれば保有魔力には限界もある。当然のように、未完成の勇者の体力にも限界はあった。

 無限に()いてくるのでは思える眷属(けんぞく)達を相手に、永劫に戦い続けるなんてことが出来るはずも無かった。


畜生(ちくしょお)っ、ちっとも減らないぞ! まだかぁ、透明人間っ!」


 戦闘開始から数刻が過ぎる頃には、大賢者エルフリーデの(くち)からは高貴な生まれの彼女らしくもない、愚痴(グチ)ともつかない絶叫が放たれていた。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「――はっ――はっ――はっ――ん?――」


 裏山の最奥に向かって最速で森林の中を駆け抜けていた半蔵の索敵に引っかかる敵影が、あれは――人か?

 (なん)でコイツがこんな(トコ)にと思う間もなく、視界に(とら)えると。

 それなりにイケメンでそこそこ人気があるらしい高等部副生徒会長の越後屋二太郎が、左腕の(ひじ)から先を失くして鮮血を撒き散らしながら走って来ていた。


「ひっ、ひぃいいいい! た、助けてぇええええ! お前達の秘密を探しに行っていたら、バケモノがぁ~」


 涙と鼻水と涎と下半身からも色々と垂れ流しながら、目の前に現れた半蔵に残された右手で(すが)りつこうとしてくるので。

 ボカッと蹴り倒して一先(ひとま)()ける。そう言えば、こいつは透明人間に何故(なぜ)無駄(ムダ)にいつも(から)んで来てばっかりいたなぁ、もしかして裏山でゴソゴソやっているのでも見つけていたのか、とかどうでも良いことを考えながら。

 その後ろからユラユラと歩いて来る敵影からは、絶対に視線を離さないように固定(ロックオン)する。


「――ギッ、ギギッ、――ヨコセ――アタラシイ――カラダ――」


 薄暗い木々の隙間から姿を現したのは黒く薄汚れた金属鎧も(ほとん)ど残っていない、人としての原型を(なん)とか(とど)めただけの魔人ジークリンデだった。


 しかし、その左腕だけはまるで生まれたての新品のようになっていて、あれはこの越後屋のお坊ちゃんの左腕か? と半蔵が目を()らしてよく見ると、ギュギュッと左手を握り締めながらやって来る魔人ジークリンデは、まだ馴染(なじ)んでいないようで動きもぎこちない。


 おお、じゃあこのアホを魔人(アイツ)に食わせれば、身体が完全に馴染(なじ)むまでに倒すことも出来るんじゃないか?

 とか、良い妙案を思いつきながらも、まだズリズリと()ってにじり寄って来ている二太郎坊ちゃんの、背中をぶぎゅると踏みつけて脚を掴むとクルッと方向転換して走り出す。


 それをボケっと見ていた魔人ジークリンデも、まるでゾンビのように生者を追って駆けだして来る。


「――ギッ、ギギッ、――カエセ――ワタシノ――カラダ――」


 どうやら中途半端に索敵能力が機能しているようで、高レベルの隠蔽スキルを使用している透明人間な半蔵は視認出来ていないようだ。

 目論(もくろ)み通りに(エサ)となって、脚を持って頭をゴンゴンと言わせながら引きずられているアホ越後屋だけを、凝視して必死に追いかけて来ている。


 しかも、コイツ思ったより速いぞぉ! ギョッとした半蔵が、捨て切れないお荷物の(エサ)であるお坊ちゃまを引きずりながらも、さらに速度を上げて逃げに徹する。

 しかし、地力(じりき)(まさ)る魔人ジークリンデが徐々に距離を詰め始めてしまう。


「マズいっ、追いつかれる!」


 やっぱり、(エサ)は捨てるかとマジで考えていると、どこからともなく風に乗って聞こえて来るのは。


「~~~~~~~~~~~~」


 ずっと聞き続けてきた、歌姫ディーヴァの神の楽曲と天使の歌声か? いや、まさか。小鳥(コトリ)は今頃は野外ライブ会場で最後の事前リハーサルを終えて本番前の待機時間のはずだ。こんな所にいるはずが無い!

 そう半蔵が、頭を振り払うように脚に必死に(ちから)を込めると、魔法でブーストされるように魔人ジークリンデを置き去りにして加速し始める。


「こ、これは……」


 この各種パラメーターを底上げするような感覚は忘れもしない、やはり歌姫ディーヴァの支援魔法か? しかし、今は先程の歌声も聞こえてきてはいなかった。

 とにかく、支援魔法の効果が持続している間に距離を取って逃げ切るんだ。そう半蔵が決断するまでに時間はかからなかった。

 

 理由は分からないが歌姫ディーヴァの支援を受けた、ならば透明人間には敗北は許されないのだから。

 



千剣破(ちはや)! 奴が来るっ、作戦は失敗したが単騎で連れて来ることには成功した!」


 支援魔法が切れるギリギリの時間で勇者と大賢者のいる裏山への入口まで帰り着いた半蔵は、(エサ)になっていた越後屋二太郎を放り投げると同時に大声で叫ぶ。


 やはり魔力を分け与えられただけの眷属(けんぞく)も半蔵のことは視認出来ないようで、最後は混戦の中を()き分けるように辿(たど)り着いていた。


「え? わわっ、越後屋くん? どうしたのっ」


 左手を肘から失くして血だらけで引きずられてボロボロになった知り合いの副生徒会長の姿に、ギョッとした生徒会長の千剣破(ちはや)がそれでも手を止めることなく振り返る。


「え~? (なん)か、俺達のことを調べて裏山をウロウロしているところを、魔人(あいつ)に見つかって左腕を食われたみた、みたいな?」


 そう言って親指で指差した先には、怒り狂った魔人ジークリンデが味方の眷属(けんぞく)()ぎ倒しながら走って追いかけて来ていた。


「あちゃぁ~、どうしてそう言う余計な事ばっかり……」


 二刀流で眷属(けんぞく)の首を斬り飛ばしながらも、フルフルと残念そうに首を振る生徒会長に、最後列の丘の上からエルフの大賢者が情け容赦なく吐き捨てる。


「あ~、チハヤ。そいつはこれから向こうに召喚されても、本当(ホント)(ロク)でも無いことしかしないぞ? 例えば、王国の姫君に手を出して身籠らせたり、それから」


「もういいです。それよりも、エル、極大爆炎魔法の範囲攻撃で奴の足止めをっ、私が突っ込みます!」

 

 さらに追い打ちをかけられて、これから異世界に召喚されてからの余計な心労を思い、ガックリと肩を落とす勇者が、キッパリと指示を出す。


「りょ~か~い? ちょいっとぉ!」


 妙に語尾を上げた変な発音で、それでも無詠召で極大爆炎魔法を発動させると、目の前に巨大な炎の塊が出現して白い閃光と共に爆発音を轟かせるので、危うく爆風で吹き飛ばされそうになるのを(かが)んで必死に(こら)える。


 だから、その(しゃべ)り方はムカつくからヤメロって言ってんだろ? とか地面にへばりついた半蔵が文句を垂れていると、頭をコブだらけにした越後屋のお坊ちゃんは、暴風にさらわれるようにコロコロと転がって行ってしまった。


 しかしその時には、黒煙を切裂くように飛び出して行った勇者千剣破(ちはや)が、二本の魔法剣をほぼ同時に魔人ジークリンデに撃ち込んでいた。

 が、流石(さすが)聖騎士(パラディン)。損傷の少ない左手で聖剣を抜刀するとその勢いで、二本共に打ち払ってしまう。


 それからは、集まって来る眷属(けんぞく)を大賢者と半蔵で狩り倒しながらも、押され気味な勇者の援護を続けると言う千日手に(おちい)ってしまっていた。

 

「くそっ、やはりこの数は! あっ、チハヤぁっ」


 いつまで経っても打ち止めになる様子の無い眷属(けんぞく)の数の暴力に、魔力残量が厳しくなってきた大賢者のエルフリーデが愚痴(グチ)(こぼ)す。

 しかしその瞬間、(なん)とか互角を維持していた、勇者千剣破(ちはや)の体力が限界を(むか)えたのか、ガクッと膝を落としてしまう。


「しまっ――」


 綺麗な漆黒の瞳を見開いて崩れた体勢を戻そうとするが、それを聖騎士(パラディン)が見逃すはずも無く、左手で持った聖剣で軽いタッチで魔法剣の剣先を二本共にパリングしてしまう。

 そうしてがら空きになった千剣破(ちはや)の首元めがけて、小さな鉤爪(かぎづめ)()やした右手を殴るように突き出す。


「てめぇっ、千剣破(ちはや)に手ェ出すんじゃねェ!」


 その鉤爪(かぎづめ)の軌道に黒短剣三十日月宗近(つごもりむねちか)を挟み込むと、そのまま全身で押し返すようにしながら雷撃魔法も撃ち放つ。

 と同時に千剣破(ちはや)の後ろに黒短剣カルンウェナンの効果で暗闇を浮き上がらせて、彼女の身体を押し込むように一緒に掻き消える。


 しかし、完全に消え切る前に魔人ジークリンデが左手で持つ聖剣の剣先が、クルッと回転しながら帰って来て黒短剣三十日月宗近(つごもりむねちか)ごと薙ぎ払われてしまう。

 その結果、5m離れた位置に黒短剣カルンウェナンの暗闇から出現した時には、千剣破(ちはや)二人(ふたり)で地面を滑るように転がってしまっていた。


「がはっ……」

「ああっ、半蔵さん!」


 半蔵の薄い防壁など魔人ジークリンデの聖剣の一撃で簡単に切裂かれてしまって、急所への直撃だけは(まぬ)れたものの筋肉質で細身の身体には斜めに刀傷がパックリと(くち)を開いていて。

 慌てて傷口を抑えようとする、千剣破(ちはや)の身体にも鮮血が飛び散ってしまう。


 それを追撃しようと突進して来た魔人ジークリンデは、しかしピンポイントの爆炎魔法の爆撃をその全身に受けて前進を(はば)まれてしまう。


「がぁああがっあああああ!」


「ぐっ……」


 だが同時に爆炎魔法を連撃させた大賢者のエルフリーデも、ガクッと膝を着くと(くち)(はじ)と鼻から血を(したた)らせてしまう。


 一呼吸(ひとこきゅう)おいて爆炎の黒煙を聖剣で振り払うように姿を現した魔人ジークリンデの後ろには、眷属(けんぞく)達がまだ数十体程も取り囲むように集まって来ていた。

 動けなくなった千剣破(ちはや)に向かってそのまま聖剣を突き出しながら、ズイッと一歩踏み出した魔人のジークリンデは、パカッと乱杭歯(らんぐいば)(のぞ)(くち)を開ける。


「……ユウシャ……キエサレ……」


 擦れた声でそんな台詞(セリフ)を吐くと、ズダンッと地面を蹴って千剣破(ちはや)を頭から噛み千切る勢いで飛びかかって来る。


「~~~~~~~~~~~~」


 その時、すぐ後ろから聞こえて来たのは。


 ガチィンッ、千剣破(ちはや)の頭に覆い被さるように二本の黒短剣が交差されて突き出されていて、そのままの勢いで魔人ジークリンデは雷撃と共に後ろの眷属(けんぞく)達の群れまで吹き飛ばされてしまっていた。


 そうして、ユラっと千剣破(ちはや)(かば)うように前に立ち上がったのは、七色の光を放った半蔵だった。

 その切裂かれた腹も出血は止まって傷も既に(ふさ)がり始めている。続けて、勇者と大賢者の身体も光りを放ち始める。


 すると、すぐ後ろから怒ったような、それでいて泣きそうな声が聞こえて来る。


「もぉ~、ハンゾーくんったら遅いんだもぉ~ん。お(うた)の練習しながら、(むか)えに来ちゃったよぉ~?」


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