第5章3話 普通の学校生活
「えっと、これはいったい……どうゆうこと? また、あんたが」
「俺に聞くな」
みんなで遊園地に行った週明けの月曜日に、いつも通り学園へと登校すると。
昼休みに高等部生徒会長の千剣破が小さなお弁当箱を持ってニコニコしながら、中等部にある半蔵の教室にやって来ていた。
当然、教室は黄色い声とダミ声が入り混じり色めき立って騒然となり、騒ぎを聞きつけた中等部副生徒会長である妹の十六夜が押っ取り刀で駆けつけて来ていて。
その間も、中等部の女子生徒達がキャーキャー言ってどんどん集まってきてるし、男子生徒は前屈みのまま遠巻きに見ているしで、お弁当を食べるどころの騒ぎでは無くなっていた。
「うふふ~、困りましたねぇ?」
ぽわぽわした感じて頬に手を当てて、困惑気味に微笑む千剣破さん。
あんたの所為ですよ。とは言えず、その圧倒的なカリスマ性と存在感に隠れるように気配を消そうとする半蔵に。
「なに逃げようとしてんのよ? あんたもちょっと来なさいよ」
いつの間にかワイシャツの裾をガッチリ掴んで話さない、そんな直感スキルの冴え渡っている妹は、ニッコリと千剣破に向かって慇懃に微笑みかける。
「ふふふ、お待たせしたようで申し訳ありませんでした。それでは中等部の生徒会室に参りましょうか?」
「えっ、あっ、はい。ありがとうございますね? おほほ~」
「ええ~っ、何で俺まであっ」
妹の意図を瞬時に察した同じく直感スキル持ちの勇者な生徒会長は、サラッとそれに乗っかると優雅に微笑を返す。
しかし、空気の読めない透明人間は不満そうにブー垂れて無意味な抵抗を試みるのだが。すぐに生徒会長と妹に挟まれるように両腕に抱きつかれて確保されると、ズルズルと引きずるように連れ去られてしまう。
「わわ~、ハンゾーくん。待ってよぉ~」
へっぽこな声を上げてペタペタと後を追ってくるのは、お弁当箱を抱えた小鳥さんだ。
後にはキャーキャーと黄色い声を上げる中等部の女子生徒達と、ブーブーとブーイングを上げる男子生徒達が残されていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「それで千剣破先輩、急にどうされたのですか?」
中等部生徒会室で折り畳み式パイプテーブルを囲みながらお弁当を広げ始める副生徒会長の十六夜と、高等部生徒会長の千剣破。
その隣では、部外者の小鳥までもがいそいそとお弁当箱を開けている。
あ、今朝コンビにで買ったツナサンドを教室に忘れてきた。と半蔵がガックリしていると、隣に座った小鳥がスーッとお弁当箱を差し出して来て。
「はい、ハンゾーくんの分だよ?」
と、何でもないことのようにニッコリと微笑む。よく見ると、包みの中には大小ふたつのお弁当箱がある。
すると、ガバッと妹と勇者が同じ中身のふたつのお弁当箱を覗き込んで来て。
「わぁ~、可愛いお弁当ねぇ」
「彩りもバランスも結構なお手前で」
自分でもお弁当を作っている二人から見ても、快心の出来のようだ。すると、褒められた小鳥は頬を染めると嬉しそうにして。
「えへへ~、朝からガンバッたんだぁ。あ、でもでもハンバーグは昨日の取り置きだよ~」
なんて言いながら、小さなお子様フォークを片手にクネクネし始めてしまう。そして突然、思いついたようにスポッとそのフォークを卵焼きに突き刺すと。
「あ~ん。今日も、いつものコトリちゃんの味だよ~」
ヒョイっと差し出してくるので、苦笑しながらもパクッと口に入れてモグモグと食べる。
「ん。おいしい。やっぱり、出汁巻き卵だよなぁ」
ゴックンと飲み込んで、そんなコメントを返すと再び嬉しそうに微笑むと。
「うへへ~、そ~お?」
とまた、クネクネと始めるのだが。それを見ていた妹と勇者の様子がおかしい。
「なぁ~んか、そこだけ甘ぁ~い空気がダダ漏れなんですけどぉ? ペペッ、口の中が砂糖でジャリジャリするわよっ」
「うっ、卵焼きは出汁巻きなんですね? しまったわ、我が家のは甘い卵焼きです」
自分では異世界で少しは人間的にも成長したつもりらしい半蔵は、そんな二人のそれぞれの反応は見事に見なかったことにして。
「でも、急にどうしたんだ? 俺のお弁当まで、大変だったろう?」
気になって、そう小鳥に問いかける。すると、紅が混じった玄色の瞳をわずかに細くして、長い睫毛を伏せた彼女は少しだけ寂しそうに。
「えへへ~、コトリちゃんは御雷先輩みたいに女子力が高くないので、毎日ちょっとづつガンバルのですよ?」
と、そんなことを言い出してしまう。
だが精神年齢だけは19才になってはいても、殺伐とした冒険者生活しか送って来なかった半蔵に、お年頃な女子中学生の乙女な心情など推し量ることができるはずもなく。
「あ~、そんなに無理してガンバらなくてもいいんだぞ? おれは毎日ツナサンドでもいいんだから」
と、苦笑しながらも遠慮がちに、そんなつまらないことを口にしてしまう。
そうすると、やっぱり小鳥は悲しそうに変な電子音を出しながら上目遣いに覗き込んでくるのだ。
「ぴぃ~~~~。コトリちゃん、ガンバっちゃダメですかぁ?」
「うっ――いや、ダメ――じゃ、ないが」
折り畳み式のパイプ椅子に座ったまま少し仰け反るようにしながらも、半蔵には何を間違ったのかサッパリ分からないでいた。
そんなアタフタした様子を、おもしろそうに見つめながら。
「あ~、お兄ちゃん。あれは分かってないわね~」
「ええ。半蔵さん、ダメダメですねぇ。後で叱ってあげないと~」
横から漏れ聞こえてくる妹と生徒会長の言葉にも、容赦は微塵も無かった。
これはいよいよ不味いかもしれ無い。そんな逃げ場の無い状況で歴戦の冒険者であるはずの半蔵は、基本的に戦略的撤退を選択する。
「そ、そうだ、今度またお弁当を持ってどっか出かけようか?」
乾いた声でそんな言い逃れを口にするが、そんな浅知恵は妹と勇者には勿論バレバレな訳で。
「あ~、あれはヘタれて逃げましたね~」
「ええ、あれで19才だと言うのだから。いったい、向こうの世界で歌姫ディーヴァさんとはどうしていたのか。はあ~、まったくもう」
フンっと妹が鼻で笑うと、勇者はやれやれと首を横に振りながら大きなため息をつく。
「19才?」
「あ……いえ、それぐらい半蔵さんは大人っぽいという意味ですよ。ははは~?」
勇者の不用意な一言を妹が耳聡く拾ってしまうが、うまく躱して乾いた笑い声が響く。
「そうかなぁ、確かに最近は妙に落ち着いた雰囲気が無駄に鼻につくけど。大人っぽいというのとは、なんか違う気がするなあ~」
「あははは~。ま、まあ印象は人それぞれですから、ねえ~?」
妹の十六夜ならではの鋭い直感スキルによる的確な考察に、勇者も笑って誤魔化すしかない。
「ところで、生徒会室を用も無いのに勝手に使って良かったのか?」
さっきから責められっぱなしの半蔵が、あからさまに話を変えると。
以外なことにそれに反応したのは妹の十六夜の方で、またいつもの悪い顔をしてウッヒヒヒと笑い始める。
「そうだ、聞いてよ~。実は、この前の合同演奏会が思いの他に大好評だったので、追加公演が検討されているのよねぇ。
まあ、歌姫ディーヴァの専属マネージャーの私としては、ここで出し惜しみするのも手なんだけどぉ。学園側がどうしてもって頭を下げて来て、吹奏楽部のみんなも乗り気みたいだからいっかぁ~ってね?
今度のは何と、七夕の野外ライブイベントとのコラボよ。どうよ、凄いでしょ~?」
ドヤあっと見たまんまドヤ顔をして、ふふんっと中学生らしからぬ見事なプロポーションで胸を張って見せる妹の十六夜さん。
ところで、いつから小鳥のマネージャーになったんだ、お前は? とは、きっと触れてはいけない話題なんだろう。そう、半蔵は思うことにした。
それにしても、よりにもよって七夕の夜とは――因果なものだ。
まあ、どこで野外ライブイベントとやらをやるのかは知らないが、この学園の裏山から離れてくれるのなら危険なことは無くなるので願ったり叶ったりだ。
ただ……最後に小鳥の歌が聞けなくなるな。それだけが、ちょっとだけ心残りな半蔵だった。
おっと、また変な顔をしては、せっかく七夕のイベントを楽しみにしているみんなを白けさせてしまうので、奥歯にガリッと力を入れて表情を笑顔に固定する。
そんな、哀しい笑顔のままで固まってしまった半蔵に、今度は気がつかないフリをして三人の少女達はワイワイと何を準備しよう、これを買って来ようと楽しそうに騒ぐのだ。
また、余計な気をつかってしまって、昨日の観覧車の時のように彼が余計な気を使わないように。余計に傷つかないように。余計なことに気がつかないように。
それだけのために、少女達三人は唯々姦しくバカ騒ぎを続ける。そんな彼のためだけにこの気持ちを我慢する。だから、今は嘘でもいいのだ。
でも、そんなことはちっとも気がついていない半蔵は、これが世に言う幸せな学校生活なのかもしれない、などと益体も無いことをボンヤリと思いつくのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「それで、今日は何でみんなこんなトコに集まってるのぉ?」
木造モルタル二階建ての昭和初期の洋風建築でできた、今は立入禁止になっている建造物の教室で小鳥がコテンと小首を傾げて見せる。
野外ライブとやらに向けて新譜の楽曲練習を初めて暫くすると、吹奏楽部と歌姫ディーヴァはゾロゾロと揃って、天井が抜けて使えない中等部とは別の高等部の方の旧校舎に集められていた。
「今日はねぇ、実わぁ~。うふふ~、次回の野外ライブのイベントで使うPVの撮影があるのです!」
綺麗に染められた金髪をふわぁさと振り乱して、ドヤ顔をしているのは中等部の副生徒会長である十六夜だ。
しかし、普段からTVや特に音楽番組をほとんど見ない小鳥は何のことだか分からないようで、やっぱり首を傾げたままだ。
「ぴーぶい?」
「PVよ、PVつまりはプロモーションビデオ。屋外ステージの演奏中にステージの大画面で流れるPVを撮影しておくのよっ」
それでもサッパリ分からないらしい小鳥は、ふ~んと頷くばかリだが副生徒会長の勢いは止まるところを知らない。
ついには、ドドーン、とバックに効果音を付けてふんぞり返って、大声を上げて絶叫する。
「しかも今回はあのアイドル、白夜水月とのコラボよ!」
「「「「「おおー!」」」」」
「「「「「きゃー!」」」」」
すると、今度は男子中学生を中心に野太いダミ声で歓喜の声が上がる。しかも、それだけでなく女子中学生からも黄色い声があがるということは、女性からも支持を得るようなカリスマ性ということか。
と言うのも、半蔵も元々TVなんか見ない上に精神的には5年も前のアイドルのことなど、全く覚えてなどいなかった。
だから、胡散臭そうな顔をして妹の十六夜に念のため聞くのだが。
「何でシロウト学生がアイドルのPVにでるんだよ?」
「ん~それはねぇ」
「あーっ、ここにいましたざますね! さあ撮影を始めるざますから、サッサとあのピカピカした精霊とやらをだすざます! ところで、水月はどこへ行ったのざまぁす?」
ちょっと困った顔をして人差し指を自分の頬に可愛く当てた妹の言葉を遮るように、無駄に高いキンキンした擦れ声で喚きながら誰かやって来る。
見るとそれは、TV局主催の特別演奏会でコメンテーターをしていた、確か日本を代表する音楽家とか言ってた痩せギスの婆だ。
余りの耳障りなキンキン響くやかましさに片耳を押さえながら、半蔵が妹に訊ねる。別に声をひそめる必要も無く、誰も気にすることは無い。
「何であの婆がこんな所にいるんだ?」
「あ~、あれで高名な音楽家であると同時にアイドル白夜水月の育ての親なのよぉ~。あはは~?」
十六夜もあのかん高い声は頭に響くのか、両耳を塞ぎながらもソッポを向いて、乾いた笑いと共にそんなことを言ってのける。
そのあからさまに怪しい態度に目を細めてから睨みつけるようにして、妹のぱっちりした大きな瞳を覗き込んで。
「おい、まさかとは思うが。あのクソ婆がこの前の特別演奏会で見た、小鳥が呼び出した精霊を覚えていて。
自分の教え子であるアイドルのPV撮影用に使おうってんで、お前がその尻馬に乗っかったんじゃねぇだろうな?」
「ふぃ~~ふぃ~……何よっ、いいじゃないのよ! こっちもロハで中高生に大人気アイドルとのコラボPV映像が手に入る、どっちもWinWinなんだから文句ないでしょ?」
あっさりと視線を明後日の方に向けて鳴らない口笛を吹き始めたかと思うと、とうとう逆ギレして喚き始めてしまう妹。
チラッと小鳥の方を見ると、そんなこととは知らずに楽しそうに吹奏楽部の部員の女友達と笑い合っている。
「チッ、今回だけだぞ? 次にやりやがったら例え妹のお前だろうと……」
そうなのだ、七夕の夜以降、消えてしまう半蔵は小鳥を守ってやることができなくなる。
あてにならず頼りなくても、残される小鳥のことは妹に頼むしか他に手段が無かった。
だからだろうか、その祈るような視線にたじろいだ十六夜は、半歩後ろに下がりながらも頷いて見せる。
「わ、分かったわよ。そんなに怒らなくてもいいじゃないのよぉ~。あそこで喜んでいる、小鳥ちゃんの為でもあるんだからぁ~」
そんなことは分かっている。だから、これぐらいで済ませているのだ。そうでなかったら、こんなものでは済ませず今頃は。
「……ん?」
その時、半蔵の索敵網に引っかかる敵影が――あれは、高等部の新校舎屋上か。スルスルと人混みを抜けて、旧校舎の木製窓から遠目スキルを使って外を覗くと。
新校舎の屋上には人影が二つ。ひとつは女生徒だろうが、もうひとつは――手にスタンガンを持った私服の男だった。




