第4章3話 人殺し
「ふん、お前が霧隠か。最近、ちはやに付きまとっているという中坊は」
中高一貫教育の学園をあげての吹奏楽部の合同演奏会ということで、高等部と中等部の生徒会が勢揃いした合同会議に何故か半蔵が出席させられていて。
おまけに、冒頭から高等部の副生徒会長でイケメンな越後屋二太郎くんに、まだ覚えの無い因縁をつけられていた。
「越後屋くん、半蔵さんは私に付きまとったりしていませんよ? それから、名前で呼び捨てにするのは止めてくださいと何度も言っていますよね?」
「しかし、ちは……御雷生徒会長、だったら何で関係無いこいつがこんな所にいるんだ!」
勇者な千剣破がジロッと漆黒の瞳で睨みつけると、とたんに及び腰になってワタワタと人を指差し喚き始める小心者のお坊ちゃま。
実は彼の実家の越後屋というのも御雷程では無いにしても、古くから続く家柄で特にその名の通り金融系に強い旧家の家系の次男坊だったはずだ。
「……千剣破、帰っていいか?」
「ダメでしゅ!」
3才も年下のしかもお坊ちゃまの癇癪に付き合っているほど暇じゃ無いので、早々に退席しようとするが間髪容れず小鳥から駄目出しされる。
すると案の定、勇者な生徒会長もニコォ~っと満面の笑みを浮かべながらワイシャツの袖を掴んでくる。
「駄目ですよ~。せっかく私が呼んだんですから。それにほら、小鳥ちゃんもこう言ってますからねェ?」
「な、何故こんなガキなんかが、ちは……御雷生徒会長を名前で呼び捨てにしてるんだ!」
とか、もうどうでも良いことを叫び始める越後屋に、はあ~っと半蔵が大きなため息をついていると。
急にクネクネと科を作り始めた千剣破がワザとらしく、摘んでいたワイシャツの裾をツンツンと引っ張り始める。
「え~、それは~、半蔵くんが~、うふふぅ~、ヒ・ミ・ツ?」
「ヒ・ミ・ツ、じゃねェ~よ! ってか、無駄に目立つから止めろよなっ?」
透明人間なのに何故か昔からこの越後屋には目を付けられるし、勇者にはからかわれるし、で本気で帰りたくなってしまう半蔵だった。
そう、この越後屋二太郎こそが七夕の勇者召還で異世界に転移させられることになる、いや転移させられた三人の内の一人なのだ。
しかし、確か半蔵の記憶では、異世界召還される前には会ったことは無かったはずなんだが。
正直、係わり合いにはなりたくないヤツだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「はぁはぁはぁ…………」
真昼間に魔の森の入口で、両手に黒短剣を握り締めたまま膝に当てて、ゼイゼイと半蔵は息をしていた。
目の前には十人程の手足を斬り飛ばされた傭兵達と、それから一人の日本人の死体が魔剣を持ったまま転がっていた。
「ハンゾーくん、だいじょうぶ? 怪我は無い?」
後方から支援魔法をかけてくれていた歌姫ディーヴァが駆け寄って来るが、そのまま地面に膝を着くと、ウゲェゲェ~と胃の中の物を吐き始めてしまう。
人を殺したのは初めてだった。
異世界に召還されてから既に3年が経過していたが、偶々なのか運がいいのか悪いのか、これまで盗賊すら殺したことが無かったのだ。
それが最初に殺すのが同じ勇者召還に巻き込まれた被害者であるはずの、しかも同じ高校の上級生とは。何でこうなったのか。
それはハッキリしている。そこで死んでいる高等部の副生徒会長だった越後屋二太郎、本人が言っていた。
『異世界召還されたが、勇者の職業ではなく。剣はもちろん、上級魔法すらも使えない。それでも王女と恋仲にまでなったのに、勇者じゃない唯の平民だから結婚は許可できないときたもんだ。
だから、手柄を立てて貴族になって。手始めに最強のパーティーメンバーを揃えるんだ。だから、巷で噂の歌姫ディーヴァを俺に渡せっ!』
呆れるほど単純で自分勝手な我侭を平気な顔をして当然のように吐き捨てたお坊ちゃまは、結局これまで王城を出たことすら無かったらしく。
スキルレベルも習熟度も見るからに素人同然で、しかし手にした魔剣の性能だけは凄まじく、恐らくは恋人の王女が持たせた国宝級だったんだろう。
その魔剣は、持ち主の意識を乗っ取ってでも敵を倒す呪いがかけられているという最悪の類の物で。
実際に手足の筋を断ち切っても、狂戦士のように襲い掛かってきて止まることが無かった。
遂には心臓を破壊して、ようやく活動を停止するという有様だった。正直、もう一度やれと言われても、できる気がしない。
そんなことを、ボンヤリとゲロを吐きながら半蔵が考えていると。
そこへ騒ぎを聞きつけた冒険者達が王都から大勢やってきてディーヴァから事情を聞くと、倒れていた傭兵達に尋問という名の鉄拳制裁を始めた。
ようやく証言の裏が取れるとポーションを大量に置いてから、ボロボロになった傭兵達と死体をひとつ担いで王都の冒険者ギルドに帰って行ってしまった。
同行して来ていた冒険者ギルドのマッチョな副ギルマスによると、冒険者への襲撃による暴行に殺人未遂として扱われるので全員が犯罪奴隷か死罪になるだろうとのことだった。
魔剣は倒した者の物になるので、ここに置いていくと言って地面に突き刺していった。
歌姫ディーヴァの献身な怪我の手当てとポーションで何とか傷は塞がった半蔵は、それでもすぐには動けずに彼女の膝枕で横になって休んでいたのだが。
そこへ選りにも選って、勇者パーティーがやって来てしまう。
日本から異世界召還された勇者チハヤと大賢者エルフリーデ、そして聖騎士のジークリンデの王国では知らない者はいない最強の精鋭三人組だ。
馬上から、地面に突き刺したままの血だらけの魔剣を一瞥すると。
「遅かったか。貴様がやったのか? ふんっ、所詮は勇者召還に巻き込まれただけの、唯の平民だったということか」
開口一番、聖騎士のジークリンデが上から目線でそんなことを吐き捨てる。すると、それをニヤニヤと笑いながらエルフの大賢者エルフリーデが陽気に笑い飛ばす。
「まあ、そう言うな。王女様の寵愛を受ける程なのだ。余程、床上手だったのだろう? くっくくっ」
「二人共、いい加減にしなさい。死者を冒涜することは許しませんよ。それに、彼は私の召還に巻き込まれた同郷の者です」
それらを遮るように右手を上げた、純白の金属鎧に身を包んだ勇者チハヤが、血だらけで横になったままの半蔵を睥睨する。
と、わざわざ馬から降りるとペコリと烏の濡れ羽色をした黒髪を前に垂らして頭を下げてしまう。
「歌姫ディーヴァさんと冒険者のハンゾーさんですね? 今回は同郷の者が大変ご迷惑をおかけしました。この償いは私が誠心誠意……あら?」
勇者は言葉を途中で止めると、トテトテと近づいてきてジィ~っと半蔵の顔を覗き込むと。
「霧隠さんのお兄さんではないですか! どうしてこんな所に? ……いえ、それじゃ……まさか」
どうやら、半蔵が巻き込まれて召還されていたことを全く知らなかったようだ。まあ、召喚された時も影が薄かったし、おまけの鑑定は勇者が終わって退室した後でコソッと行われたから気付かないのも無理はない。
すると、それが気に入らなかったのか、生真面目そうな聖騎士が口を挟む。
「勇者チハヤ、そのような下賎な者に」
「うるさい」
逆にそれを一言で遮って黙らせてしまう勇者チハヤ。すかさず、エルフな大賢者もまあまあと軽いノリで割って入ろうとするが。
「いやいや、そうは言ってもねぇ。我々としては、勇者チハヤの身を守る」
「黙れ」
低い声でそう言う勇者千剣破からは純白の魔力が漏れ出てしまっていて、その圧倒的な威圧感に二人のパーティーメンバーですら押し黙るしかなかった。
「そう……ですか。あなたも……私に巻き込まれて……本当にすみません」
覗きこんできた姿勢のそのままに、震える唇で漏らす言葉は懺悔のそれで。
かといって、唯の女子高生だった千剣破にその責任が欠片もあるはずがなく。
むしろ、彼女ですら被害者であることに違いないのに。こんなにも、すまなさそうに頭を下げ続けていて。その小刻みに震える肩を見ていると。
だから、学園に通っていた昔を思い出すように、軽い口調で。
「ああ、妹の十六夜が世話になっていたな。それに千剣破もこんな所に誘拐されて来ただけなんだから、お前が謝る必要は無いぞ」
妹から聞いていた珍しい彼女の真銘で話しかける。お前は悪くない、だから泣いてもいいんだと。
「は、い……久しぶりにその名で呼ばれました。ありが、とう……ございます」
そう言って、異世界に召還されて本人の意志とは関係無く勇者に祭り上げられてしまった御雷千剣破は、ようやく泣くことを許されたとばかりにボタボタと大粒の涙を零すのだった。
そんな日本人の二人を忌々しそうに睨みつけている聖騎士と大賢者、そして訳が分からずキョトンとしている歌姫ディーヴァがいた。
その騒動から暫くして勇者の千剣破は時々、王城を抜け出すとやって来て半蔵に剣や魔法を教えてくれるようになった。
当然、勇者パーティーの二人は良い顔をしなかったが、勇者である千剣破が聞く耳を持たなかったようだ。
千剣破は罪悪感からかサポートパーティーに入らないかとか、一緒に日本に還らないかとも誘ってくれている。
魔神を倒してその魔石を手に入れたら、元の世界に帰還する異世界転移魔法が使えるようになるらしい。
これも、特にエルフの大賢者が露骨に嫌な顔をしていたが、問答無用で勇者な千剣破に余計な口出しを止められていたようだ。
ただ、そっちはディーヴァもいるので断ることになるだろう。と、半蔵は確信するのだった。
後になって、あの魔剣は国王が用意して王女にわざわざ渡したもので、王女に寄りつく害虫を自滅させるための物だったことが分るのだが、それは随分と先のことになる。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「おい、そこな小僧。勇者チハヤに馴れ馴れし過ぎるぞ、控えろ。
だいたい、貴様は召還されても全く役に立たないどころか、余計な問題ばかり起こしおった無駄飯食らいのろくでなしの癖に」
そこに何故か当然のようにいたエルフな大賢者であるエルフリーデ先生が、越後屋副生徒会長に対して容赦の無い罵詈雑言を吐き始める。
すると、元来が小心者の越後屋二太郎くんはハリウッド女優のような美貌にタジタジとなってしまって、しょんぼりと後ろに下がって行ってしまう。
その情けないイケメンの後姿を見ながら、生徒会長の千剣破がこしょこしょと半蔵の耳元に囁きかけて来る。
「(あのぉ~、半蔵さん。もしかして越後屋くんって……)」
「(ああ、何だ大賢者から聞いてないのか? あいつが、もう一人の異世界へ召還されることになるヤツだ)」
アッサリと端的に答えてやると、あちゃぁ~っと額に手を当ててしまう勇者さん。まあ、気持ちは分かる。
「(それで、彼は……)」
「(あー、聞かないほうがいいぞ?)」
恐る恐ると言った感じで聞いてくるので、スパッと拒絶してやると。余計に気になってしまったようで、眉を下げてしまって。
「(ええー、そんな怖いこと言わないでくださいよぉ)」
「(はあ~、隠してもしょうがないからな。いいか、気持ちを強く持てよ? 俺が殺した)」
手のひらで顔を半分だけ隠したままもう一度くどいくらいに聞いてくるので、大きなため息をついてから仕方なく答えてやると。
ヒックッ、と殺人なんてものから程遠い普通の一般人で、わずか16才の少女でしかない千剣破は息を呑んで固まってしまうのだった。
半蔵はあの時、越後屋二太郎を殺したことを、一片たりとも後悔してはいない。奴はディーヴァに手を出したのだ。
しかし、勇者の様子がおかしいことに気づいたらしい大賢者が、まなじりをあげて言い寄って来る。
「おい、透明人間。私の敬愛する勇者チハヤに余計なことを言うな」
「お前こそ五月蝿ェよ。余計なこと言ってんのはテメェだろ? だいたい、あいつもこれからお前達が召喚して殺す相手だ。今のうちに謝っておかなくて良いのか?」
自分のことは棚に上げてジロッと睨むと、思い当たる所があり過ぎるエルフな大賢者は、スーっと視線を逸らしてしまう。
チッ、無駄に600年も長生きしやがって、現実を直視することすらできねぇ癖に大賢者とか言って威張り腐っているだけの糞エルフが。
半蔵はもう、そんな意味の無い奴の相手をするのはキッパリと止めにして、視線を斬り捨てる。そんな無駄な時間は、もう自分には残されて無いのだから。
「はいは~い、それじゃあ会議を始めますよ~。最初に日程と今度は当校単独での公演なので曲数は増やす方向で――」
固まったまま再起動して来ない千剣破に代わって、中等部の副生徒会長である十六夜が渋々といった雰囲気で仕切り始めてしまうのだった。




