第4章2話 ライブDVD
「あー、やっと来たぁ。ハンゾーくん、遅いですよ~?」
中等部の生徒会室に入ると、嬉しそうに小鳥が手にした小さなお子様フォークをフリフリと振りながら半蔵に微笑みかける。
机の上に広げられた小さなお弁当箱は蓋が閉じられたままで、まだ食べないで待っていてくれたようだ。
先に食べているように言ったはずなのに、とスマホの時計を見るとまだ半分以上も昼休みの時間は残っていた。
「ああ、すまない。エルフリーデ先生の話が長くってな」
「ふ~ん。だいたいエルさんが、あんたなんかに何の用よ?」
何が気に食わないのかちょっとだけ不機嫌な様子で、箸をフリフリさせているのは妹の十六夜だ。
今日も手作りの小さなお弁当箱を持参している。あ、今朝は失敗でもしたのか、左の人差し指に絆創膏を巻いていた。
「別に、たいした話じゃない。それよりも、俺達がこんな所まで呼びつけられたのこそ何でなんだ?」
そう、実は昼休みには先約があって。というか、副生徒会長の十六夜から話があるからと言って、昼休みに生徒会室に拉致られているのだ。
「ああ、それはね。先週末の特別演奏会の時のオリジナルノーカットDVDをTV局から貰ったから、一緒に見ようかと?」
「わわっ、それは恥ずかしいでしゅ。ぷしゅぅ~~」
紅葉のような小さな両手でギュッと瞑った瞳を隠して顔を真っ赤にしてしまう小鳥に、苦笑しながらも妹に聞き返す。
「何で吹奏楽部の部員たちと一緒に見ないんだよ?」
「え? 放課後にみんなでもう一度見るわよ? 当然じゃないのよ。
でも、小鳥ちゃんは恥ずかしいだろうからと思って、身内だけでの方がいいかと思って別にしたのよ、悪い?」
ふふんっ、と当然のことのようにスタイルの良い胸を張って見せるので、身内ってところに納得がいかなかったが5才も年下の妹に目くじらを立てるのも大人げないかと思い直して静かに黙っている。
自分が次の七夕に勇者召喚に巻き込まれて永遠にいなくなってしまった後、残された小鳥のことを彼女には頼まなくてはならないのだから。
そんな風に、わずかに優しい雰囲気で半蔵が妹の十六夜を見ていたからだろうか。
「な、何よその目は、気持ち悪いわね。何か企んでるんじゃないでしょうね?」
「わっふ~、今日のハンゾーくんは何か変でしゅぅ~。何か変なもの食べましたかぁ?
ほら、あ~ん。コトリちゃんが卵焼きをあげますから、変なものは食べちゃダメですよ?」
直感スキルを持つ二人からほぼ同時に対極の反応をされてしまい、仕方なく卵焼きを口に入れて誤魔化すのだった。
「あむ、もぐもぐ。うん、おいしい。サンキュな、小鳥。それで、DVDを見るんじゃなかったのか?」
「あっ、そうだった。忘れるトコだったじゃないのよ。ポチィとな」
十六夜がリモコンのスイッチを入れると、自動で部屋の前方だけが照明が暗くなって大画面の映像が壁のディスプレイに照射される。
TV局のスタジオ側の番組の説明が終わると、アナウンサーのコメント無しでイントロから流れ始める。
『~~~~~~~~~~』
そうしていると、小鳥のソロパートになって――舞台袖からは気がつかなかったが、既にこの時点でかなりの数の精霊達が集まって来たいたようだ。
いよいよクライマックスのボーカルと吹奏楽部オーケストラの競演になると、画面越しにもその熱狂ぶりは伝わって来て。
最後は会場全体のスタンディングオベーションでカットは終了していた。
別に他校の演奏を見る気は無いので、アッサリと十六夜がDVDを止めると。
「これって、ヤバくない?」
そんなことを言い出す。でも、肝心の小鳥さんは顔を真っ赤にして手で覆いながらも、パタパタともう片方の手で画面の方を指差すと。
「き、昨日の放送は上手く撮れてなかったらしいのでこのビデオ、コピーしてお母さん達に持って帰ってあげてもいいでしゅか?」
そんな可愛らしくも嬉しいことを言うので、コピーガードがかかっていないことを確認すると生徒会室のPCで生DVDに焼いてあげるのだった。
「えへへ~、ありがと。実はハンゾーくんもちょっとだけだけど、一緒に映ってたんだよ? うれしぃなぁ」
「え?」
小鳥が嬉しそうにそんなことを言うので、ギョッとして背中に冷たい物が走ってしまう。
最近、透明人間の自分に視線を向けて来る一般の人達がいることに、気にはしていたのだが。
これは、この世界に帰還して時間の経過と共に透明人間としての特性が劣化してきているのか、それともあっちの世界の半蔵が消えかけているのか。
これは不味いかもしれない。七夕の勇者召喚のその日までは生きて、何としても魔人を倒さなくてはならない。絶対にその前に勝手に自分だけが消滅することは許されないのだ。
さっきの今だが、異世界の大賢者エルフリーデには早めに言っておいて、最悪は消えてしまった後のことを頼んでおかなくてはならないかもしれない、と半蔵が考えていると。
「あんた、なんて顔してんのよ?」
「……え?」
突然、横からかけられたそんな心配そうな声に反応が遅れる。顔を上げると妹の十六夜が不安を堪えるように手を豊かな胸の前で握り締めていた。
ハッとして小鳥を見ると、奥に紅をくゆらせた玄色の瞳に憂いたたえて、しかしなんとか困ったように優しい微笑みを作っていた。
「……最近、時々そんな哀しそうな、今にも泣き出しそうな顔をすることがあるんですよ?」
バレていた。いつから? いや、それよりもどこまで知られた? とっさのことに半蔵が反応できずにいると。
「あんた、まさかまたいなく……」
十六夜にとって、家でも影の薄い兄の半蔵はいつも探してばかりしていた記憶しかない。
幼い頃は一緒にかくれんぼをすると、最後までいつまでも見つけられず、ついには泣いているといつも兄が心配そうに出てきてくれた。
それがある日、突然のように家に帰って来ない日があって、凄く心配していたら翌日の夕方にはヒョッコリ家に帰って来ていて。
でも、やっと見つけた兄はどこか知らない人のようで、すっかり別人みたいになっていた。
だからだろうか、あの日から十六夜は自分から積極的に兄に話しかけるようにしている。
最近、急に大人びた優しい顔をして哀しく微笑むようになった兄を、再び見失わないように。無くしてしまわないように、と願いを込めて。
なのに、だというのに、あろうことかこの間は血だらけになって帰ってきた。
「大丈夫だ。いなくなったりはしない。絶対だ、約束する」
迷子になった子供のように泣きそうな顔をしている妹の十六夜に向かって、半蔵はそう言い切る。そしてゆっくりと、綺麗な金髪に染められた妹の長い髪を撫でていた。
今度は困ったような、哀しい顔はしていなかった、はずだ。
「ふ、ふんっ。そ、そんなこと、聞いてないしぃ~?」
すると、ピンクに染めた頬が恥ずかしいのか十六夜はソッポを向いてしまう。そんなのは、ちっとも信じられないとでも言うように。
が、撫でられている兄の手を払うことはなかった。わずかに嬉しそうに口角があがって見えたのは、おそらく気のせいではないはずだ。
「うふふ~。十六夜ちゃん、い~ぃなぁ~?」
クスクス笑いながら小鳥がそんなことを言うもんだから、とうとう妹はクルッと後ろを向いてしまう。撫でられている金髪の頭はそのままに。
だから、小鳥が嬉しそうに妹に抱きついても、逃げることもなく。後ろからなので顔までは見えないが、綺麗な金髪からわずかに覗く彼女の耳は真っ赤に染まっていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「で、今度は千剣破か?」
放課後、さあ帰ろうと鞄に教科書を詰めて席を立って小鳥と一緒に教室を出ようとしたところで、廊下をそそとやって来た高等部の生徒会長に捕まってしまっていた。
が、それ以上に周囲にはキャーキャー言ってる女子生徒達と顔を真っ赤にした少し前屈みの男子生徒達が集まってきていて、廊下はまるで満員電車のようになっていて。
そういえば、高等部でも美少女カリスマ生徒会長とまで言われている千剣破がわざわざに中等部の教室まで来たのは初めてかもしれない。
「あ……え……っとぉ~……たはは~?」
「おい、笑って誤魔化すんじゃない」
可愛く小さく握ったグーをコツンと綺麗な烏の濡れ羽色をした黒髪に添えると、てへっと薄いピンクの舌を小さく出して見せる。あざとい。
だが、集まっていた中坊達には破壊力抜群だったようで、「きゃぁああ――っ」という悲鳴と絶叫がない交ぜとなって廊下に轟き渡る。
「ちょっと、あんた今度は何やって~って、御雷生徒会長? どしたんですか?」
騒ぎを聞きつけてやって来た副生徒会長の十六夜だったが、高等部の生徒会長である千剣破を見つけるとギョッとしてしまい。
「あ~……いやぁ……ちょっと……半蔵さんとぉ……お話がぁ……あはは~?」
同じく美少女な十六夜には、さっきの様なあざとい真似も通用しないと知っているのか、今度こそ笑うしかない千剣破だった。
「ちょ、ちょっと、こっちへ。あんたもよ!」
そう叫ぶと千剣破の手を握って、集まっていた群衆の囲いを掻き分けるように突破していく豪快な副生徒会長さん。
この隙に、トンズラしてやろうかと半蔵が気配を消そうとしていると、しっかり指を突きつけられて拉致されてしまう。
はぁ~っとため息をついて、しょうがないと諦めて振り返ると、暴徒の中からピョンピョンと飛び跳ねる小鳥の手だけが見えていた。
「きゃふぅ~、待ってェ~。コトリちゃんを置いてかないでぇ~」
「で、何の用なんです?」
妹の十六夜に拉致られてまたやって来ることになった中等部生徒会室で、ブスッとした半蔵が千剣破に向かって問いただす、のだが。
実際は生徒会室のPCに向かって、何故かライブDVDを大量にコピー生産させられていた。
「はぁ~、それなんですが――ところで、半蔵さんは何をしているんですか?」
不思議に思ったらしい生徒会長が、横からPCを覗き込むようにして聞いてくる。
が、それを反対側からドヤ顔で見事なプロポーションの胸を無駄に張りながら、中等部の副生徒会長がドドーンと自慢気に吼える。
「これですか? これは、この間の演奏学部の特別演奏会の様子をTV局からふんだくってげふんげふん――もらって、布教用DVDに焼き増ししているのですよ!」
「おい! 今、布教って言ったか? 吹奏楽部のみんなに渡す分じゃなかったのかよっ」
思わず突っ込んでしまうが、副生徒会長はそんなことは気にすることなく肩を竦めて手をヒラヒラと振る。
「方便よ、ほ・う・べ・んっ!」
どっちがだよっ、と突っ込まなかったのは聞くだけ無駄だと思ったからだ。しかし千剣破は、うう~ん、と唸って。
「いくらで売るんですか?」
なんて聞くので、ギョッとして振り向くと副生徒会長さんはヒッヒヒヒとか笑いながら。
「え~、本当は著作権料とかも取りたいんだけどぉ~。一度、全国放送されてるから、まあ手数料ぐらいだけで」
「おい、金を取るのかよ? 小鳥は知っていたのか?」
呆れ返って歌姫ディーヴァの方を見ると、彼女は顔を真っ赤にしてプルプルと震えていた。
「ぎゃあ~~、恥ずかしいから売るのは止めてください~!」
と、写真ジャケットが入ったDVDケースをブンブンと振っている。
よく見るといつの間に撮ったのか、吹奏楽部部員達をバックに熱唱する小鳥のドアップ写真で、しかも大仰なフォントで『歌姫ディーヴァ』の横に実名まで印刷されているのだった。
「これは……流石に駄目だろぉ?」
「何言ってんのよぉ、学園から許可は取ってるわよ? 今度、握手会とサイン会を一緒に即売会を開催してガッポガッポと」
ガックリとして肩を落とす半蔵に、副生徒会長の野望は止まることを知らないようで。
しかもその炎に、ジェット燃料を投下するようなことを、あろうことか高等部の生徒会長である千剣破がボソッとつぶやく。
「あ~、そう言えば何か学園の高等部と中等部の家族を集めて緊急の演奏会を開くとか何とか理事会で決まったとか職員会議で通達があったようなことをエル先生が言っていたような気が……」
「え?」
「やったぁ~! 小鳥ちゃん、サイン300枚書いてね? いや、500枚……1000枚か?」
「ぎゃあああああ~! サインなんて書きましぇんよっ。それに、知らない人と握手会なんて嫌ですぅ~。わ~ん、ハンゾーくん助けてください~」
後にこの限定サイン入りDVDがネットオークションで爆発的に高騰してプレミアがついてしまい転売騒動が起きるのだが、それはまたの話しだったりする。




