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透明人間の詩  作者: 珠乃 響(ゆら)
第4章 霧隠半蔵
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第4章1話 哀しき決意


「ディーヴァ、ハンゾー。これが今回のお前達の取り分だ。マジで助かったぜ、また次も頼むな?」


「ハンゾーくん、金貨ですよ! 金貨ぁっ! きゃっふ~っ」


 依頼主である冒険者パーティーのリーダーから契約額以上の報酬を(もら)って、浮かれている歌姫ディーヴァが嬉しそうに半蔵に抱きついて来る。


 極細のミルクティカラーの長髪がふわりと目の高さに舞って、柔らかな身体がピッタリとくっついて来るので、その豊かな胸元から香るいい匂いと、首筋にかかる彼女の甘い吐息に思わずクラッとしてしまう。


 ――最近は、昔の夢をよく見る。


 そんな初々(ういうい)しい二人を、冒険者ギルドの一階にあるテーブル席に座っている猛者達が見て見ぬフリをしながらも、生暖かい視線で密かに見守っていることに二人だけが気がついていない。


 冒険者登録できるのは12才になってからだから、14才になったばかりの半蔵もまだまだ半人前だ。まだ13才のディーヴァに至っては、本来は見習いも良い所だ。


 しかし、この一ヵ月で二人のコンビはセッションという形でパーティーに参加することで驚くべき成果を上げていた。


 それはほとんど戦闘職ではない二人が生きるためだけに考えて考え抜いた結果、辿(たど)り着いた究極ともいえる選択だった。


 探索者(シーカー)職業(ジョブ)である半蔵は、その空気のような薄い気配を()かして、次々と基本スキルである探査の他にも迷彩、潜伏、隠蔽、隠密(おんみつ)、夜目と、何かに突き動かされるように習得していった。

 そして先日、それらのスキルの補正に特化した、透明人間というレア称号を手にしていた。


 また、これまでも歌姫というレア職業(ジョブ)勇名(ゆうめい)()せていたディーヴァは、索敵が安定することで後方からの効果抜群な支援魔法がその歌を(うた)うという時間的アドバンテージを得て、その直感スキルと共に絶大な効果を発揮し始める。


 最近のセッションでは、この二人に敗走という二文字は存在しなかった。いや、常勝と呼ぶに相応(ふさわ)しい活躍をしていると言っても過言では無かった。


「ははは、よかったな。これも、ディーヴァのおかげだ」


「え? そう? えへへ~」


 半蔵に抱きついたまま、嬉しそうに歌姫ディーヴァが微笑む。


 そうなのだ、目が離せない可愛い娘といった外見の歌姫ディーヴァはここ王都冒険者ギルドにおいて、密かにファン倶楽部が存在する程にみんなから愛される存在だった。


 そういう訳で、まだ駆け出しの二人にアコギな仕事を依頼してくる者がいても、自然と依頼日当日になると行方不明になっていたりした。

 

 だから、そんなディーヴァが一緒にコンビを組んでくれている幸運に、半蔵が感謝しない日は無い。


「うふふ、でもハンゾーくんのおかげでもあるんだよぉ? そうだ、今日は何か美味しい物でも食べよっか~?」


「ああ、そうだな。この前、ディーヴァが美味しいって言ってたデザートがある店にしてみるか? あとは~、部屋風呂が付いたホテルが部屋食サービスを始めたって前に聞いたけど」


 日本人の半蔵からすると、イタリアンなデザートのレストランと、温泉旅館で部屋に食事を持って来てくれるようなものか、などと考えていると。

 周囲の(いか)ついオッサン達の突き刺さるような視線が痛くなって、しかもディーヴァは顔を真っ赤にしてオロオロとし始めてしまう。


「わ、わたぴは、ま、まだ、一緒におフロは早いと思いまちゅぅ~?」


「おわっ、わ、悪い! いや、そういう意味じゃなくって。ほら、ディーヴァは前にお風呂にゆっくり入りたいって言ってたからさ。

 も、勿論(もちろん)、一緒に入ったりはしないから安心して良いよ? (なん)なら、俺はディーヴァがお風呂終わるまで部屋の外で待っているからさっ」


 自分が言った不用意な一言(ひとこと)で、まだ幼いディーヴァを困らせてしまったのかと、逆にビックリしてしまってアタフタと取り(つくろ)うのに必死になる半蔵だった。


 だからだろうか、ようやく落ち着いた様子のディーヴァが優しく微笑みながらも、半蔵の(ほお)へとそっと手をやって。


「うふふ、ちょっとビックリしてしまいました。まだ、ドキドキしていますぅ。ハンゾーくんが、(ヘン)なコトしないのは知ってますよ?

 だから、そんなに謝らないでください。お風呂はもうちょっと大きくなってから、一緒に入りましょうね?」


 そんな大人っぽい妖艶なことを言うもんだから、周囲にいたゴツイ親父達が血の涙を流しながらテーブルに突っ伏してしまって。

 一方(いっぽう)で半蔵は少しだけホッとしながらも、これは残念に思う所だろうかなどと思いついていた。


 実際、ディーヴァは最初に魔の森で会ってからというもの、王都に帰って来てからもずっと同じ部屋に寝泊まりするようになってしまっていて。


 当時は食う者にも困っていたから宿代が節約できるので、それはそれで良かったのだが。

 でも部屋にはベッドはせっかく二つもあるのに、わざわざ半蔵の方に潜り込んでくるのは、流石(さすが)にお年頃な娘さんとしてはどうなんだろう。

 などと思い始めている、この頃だったりする。


 そんなことをボッと考えていたら、ディーヴァがまた首筋にそのぷっくりした唇を近づけると、甘い吐息と共に(なま)めかしい声でそっと(ささや)く。


「今日は疲れたので、早く帰って寝ましょう?」


 だから、思わずまたクラッとしてしまって、もう止まらなくなりそうだった。


 ――この頃の夢は、楽しい思い出ばかりで(あふれ)れていて。それは、まるで毎日が宝箱のようだったんだ。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「お前は誰だ?」


 週が明けて登校してみると昼休みに校内放送で、新校舎の屋上に副担任のエルフリーデ先生に呼び出されてしまう。

 そのクラスでも透明人間な半蔵を立入禁止のはずの屋上に呼び付けるという、あり得ない内容だが誰も気にする様子も無く。

 仕方が無いので、小鳥(コトリ)には一足先(ひとあしさき)に生徒会室に行って先にお弁当を食べているように言ってから、一人(ひとり)言われた通りに屋上へと来てみると。


 エルフな大賢者のエルフリーデがシャンパンゴールドの髪を風になびかせながら碧眼を細めて、(にら)みつけるようにそんなことを言うので。


霧隠半蔵(きりがくれ はんぞう)だが?」


 そう、面倒臭(メンドくさ)そうに淡々と答えてやる。

 この大切な時期にそんなつまらないことを聞くためだけに、こんな所でこの大賢人は何をやっているのかさっぱり分からず。

 小鳥(コトリ)の傍にいれないことに、苛立(いらだ)つ半蔵だった。


「そんな訳が無い。向こうの世界で5年が経っているハンゾーがこの世界に帰還したとしても、肉体年齢が(さかのぼ)るはずも無い。

 それ以前に、この世界に元からいたはずのハンゾーはどうした? 本来なら勇者召喚が行われる前の、今この世界にはハンゾーは二人いるはずだ。 

 だが、お前は向こうの世界の記憶を持ったまま、こっちの世界のハンゾーとしてここにいる。まさか、多重存在だとでも言うつもりでもあるまい。

 だからもう一度、聞くぞ。いったい、お前は誰だ?」


 それは大賢者エルフリーデが構築した大魔法陣に死ぬ気で飛び込んで、この世界で気がついたらこうなっていたとしか言いようが無い。


 そう言えば、家の自分の部屋で5年ぶりに目を覚ましてみると、そこに転がっている自分のスマホに表示されている時間が、召喚される二ヵ月前の日付けであることにビックリしたのを覚えている。


 それは、異世界に召喚されるはずの勇者千剣破(ちはや)を助けるためだけに、異世界間の転移術式が構築されたのだから、召喚前の日付けであることに(なん)ら不思議は無いはずだった。


 だが、大賢者の計画では召喚日から一ヵ月前が転移指定日だったはずだ。


 にもかかわらず、半蔵は異世界転移術式を構築した大賢者エルフリーデよりも一ヵ月も前の時間に転移――いや、帰還を果たしていた。


 しかも、肉体年齢は召喚前のままで、記憶もスキルも召喚された後の最後の状態で。


 すぐさま、異世界転移に失敗したのかと走り出す。全てのことを差し置いても、何より大切な守るべき小鳥(コトリ)の元へと、全力で走り始める。


 部屋の扉を乱暴に開けて廊下に飛び出したところで、階段を二階へと上がって来た妹の十六夜(いざよい)とバッタリ鉢合わせしてしまう。


 半蔵の感覚では5年ぶりのことだったので思わず対応に遅れてしまい、視線を(はず)して横を通り過ぎようとした瞬間に、先に声がかけられる。


「あんた、誰よ?」


 そう、ついさっき大賢者エルフリーデにかけられたのと同じ台詞(セリフ)だった。


 でも、別に悲しくは無かった。元々、妹とは異世界に召喚されてしまう何年も前からそんな関係だった。

 普段から(くち)を利くことも無く、視線を合わせることも無く、唯々(ただただ)空気のようにやり過ごす。


 だから、妹から声をかけて来たことに違和感を覚えると共に、答えに(きゅう)してしまう。


 だからかもしれない。半蔵は考えることを放棄すると、そのまま彼女を横を通り過ぎて駆け出していた。


「今は邪魔するな」


 (ただ)、そう吐き捨てるように擦れ違いざまに言い残して。もしかしたら、殺気も漏れていたかもしれない。

 何故(なぜ)なら双子なのに5才も年下になってしまった彼女は、ビクッと恐れるようにたじろぐと逃げるように階段の壁際に避けてしまっていたのだから。


 スニーカーを引っかけて玄関から飛び出すと、そのまま隣の家の玄関に飛びついて呼び鈴を繰り返し鳴らす。

 気がつくと辺りは夕暮れ時で、空は茜色(あかねいろ)に染まっていたらしい。


 頼む、無事でいてくれ。それだけを祈って。これまで願っても何も(かな)えてくれなかった神にすら(すが)るように。じっと耐えて、ひたすら祈り続ける。


 すると、トテトテと足音が聞こえて来てバタンと玄関が開けられると――そこには、あの日と変わらぬ小鳥(コトリ)がいた。


「もう~、昨日の晩はどっか行っちゃってぇ。今日も学校休んで、今までどこ行ってきゃあ!」


 我に返ると、半蔵は小鳥(コトリ)を抱きしめて大声で号泣していた。


 あの日から叶わぬ願いだったはずだ。あの日に彼女と交わした最後の約束でもある。あの日から枯れて流れることの無かったはずの涙だった。


 だからビックリしたがそれでも、わんわんと泣き崩れてしまった半蔵を、小鳥(コトリ)は黙って抱きしめて背中を(さす)ってやる。


「……小鳥(コトリ)っ……小鳥(コトリ)っ……」


 (ただ)、自分の名前を繰り返し呼び続ける半蔵に、その(たび)に優しい鈴を転がすような涼やかな声で(ささや)き返す。


「……はい、ハンゾーくん。私はここにいますよ? ……だいじょうぶです、どこにも行ったりしませんよ?」


 それから半蔵が玄関先で泣き止むまで、ずっと小鳥(コトリ)はその小さく丸くなって(すが)りついたまま震える身体を抱きしめていた。

 優しくそっと背中を(さす)りながら、何も問いただすこともせずに、そのまま受け入れるように抱きしめてくれていた。


「だから、小鳥(コトリ)が『ハンゾーくん』と呼んでくれるなら、他の誰が(なん)と言おうと、俺が霧隠半蔵(きりがくれ はんぞう)だ」


 そう、異世界の大魔術師であるエルフの大賢者エルフリーデに胸を張って答える。それでも、全てに気がついたらしい大賢者は苦しいのを(こら)えるようにして、さらに言葉を続ける。 


「しかし、そのままでは勇者召喚の日には……」


「ああ、この身体が異世界に勇者千剣破(ちはや)と共に召喚されてしまうと、下手(ヘタ)をすれば俺という人間は死ぬか、良くてもこの記憶と人格は消滅するだろう」


 あの時、大賢者エルフリーデが構築した異世界転移の大魔法陣に死ぬ気で飛び込んで、やはり半蔵の身体は死滅したのだろう。

 ただ、偶々(たまたま)かもしれないが魂だけが魔法陣に引かれて、この元いた世界に辿(たど)り着いて元々のこの身体に融合したのかもしれない。

 だとすると、さっきエルフリーデが言っていた、多重存在というのは正しいのかもしれない。

 でもそれも、勇者召喚されるまでの期間限定でしかないだろう。それは最近になって、半蔵自身が薄々、勘付(かんづ)いていたことだ。


「だったら……」


「ディーヴァとの約束は――彼女の転生した小鳥(コトリ)には再び会うことができた。後は小鳥(コトリ)が幸せに暮らせるこの世界を守れれば、それだけで十分だ。それ以上に望むものは何も無い」


 元々、影の薄い透明人間が一人(ひとり)消えたところで、気にする人間なんて限られている。


「しかし、それでは……」


「だから、お前の(ちから)を貸せ。異世界からやって来た魔神の欠片の()(しろ)となっている魔人ジークリンデを、必ず勇者召喚のその日までに倒す。

 絶対に、勇者は殺させないし、魔人はこの世界から跡形も残さずに消滅させてやる。お前にとってはそれで十分なはずだ。だから、余計な口出しはするな」


 最優先事項はこの世界の――いや、小鳥(コトリ)の安全確保だ。それ以外のものは、全て余計(よけい)だ。


「わ、わかったわよ……」


 そうして、話は終わったとばかりにクルッと踵を返すと、半蔵は屋上から降りる階段へと向かって歩き出す。

 しかし扉に手をかけると、(うつむ)いたまま振り返ることなく小さな声でつぶやくように()らす。


「ただ……お前が向こうの世界に(かえ)らないと言うのなら……できる範囲でいいから、小鳥(コトリ)が幸せに暮らせるように見守っていてやって欲しい……あいつが、寂しくて泣いたりしないように……ちょとでいいから、気にかけてやってくれ。頼むよ」


 そうつぶやき終わると、後悔も、無念も、その全てを振り払うように扉を開けて階段を降りて行ってしまう。


馬鹿(バッカ)じゃないのぉ? あんたが死んで、あの子が寂しくて泣かないはずが無いでしょうに~!」


 だから、異世界から来たエルフの大賢者であるエルフリーデは天を仰ぐ。あやうく綺麗な碧眼から、何かが(こぼ)れてしまいそうだったから。


 そして、そんな二人を離れた高等部新校舎の生徒会室からジッと見ている勇者千剣破(ちはや)は、急激に成長し続けるその大量のスキル群によって一部始終を聞いてしまっていた。



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