衝撃と再会
いろんなキャラを一気に出してすみません。テンポを少し速めようと思いますのでよろしくお願いいたします!
「これでよしっと」
頼まれた食材を厨房へ置くと、その代わりにバスケットを持ち厨房を出る。慣れない仕事に悪戦苦闘したもののどうにか午前中の仕事を終えることができたことに美琴は胸を撫でおろす。お昼を食べ損ねてしまった美琴は、仕事中仲良くなった料理長に食材を分けてもらい簡単な物を作ると、イレーネに断りを入れ、外に出る。天気も良いことだし庭で食べようと意気揚々と庭に入った瞬間、美琴は目を見開いた。
「死んでる!?」
ピクリともしないその体に美琴は眉間に眉を寄せる。うつ伏せで顔はわからないが、体格からして男。何をしていたのか全身に土や葉っぱが付いていた。何やら土に文字が書かれているがあいにく美琴にそれは読めない。まるで殺人現場のようだと一瞬現実逃避するも、ゆっくり近づき、脈を確認する。
「あっ、生きてる」
音は弱いが早い速度で打つ脈に安心する。行き倒れの人なんて見るのは初めてだ。ましてや敷地内、どれだけ器用なのかと思いながら空を見る。もしかしたら、今日は暑いから日射病にでもなったのかと色々な可能性を浮かべながら美琴は男を見た。
「大丈夫ですか?」
取り合えずお決まりの言葉かけをしてみるものの反応があるはずもない。背中を思い切り叩いても反応がない所で美琴は悩む。木陰に連れて行ってあげたいが、体格差でどうしようもできない。引きずっても良いが目覚めたとき男は悲惨な状態になっているだろう。ならば、イレーネを呼ぶべきかと美琴が立ち上がろうとした瞬間、手に持っていたバスケットに重さが加わった。
「うわっ!!」
間一髪で転げずに済んだが、いったい何が起きたのかとバスケットを見る。すると、バスケットにいつの間にか倒れていた男の手がかかっていた。意識を取り戻したのかと思った所で男が何か言葉を発していることに気づく。
「……か……ぃ……」
「何ですか?」
低い声が拾えず耳を近づけると、男も顔を少し上げ先程よりも大きな声で言った。
「お腹……空いた……」
美琴は隣で勢いよくバスケットの中を平らげる男を呆れた目で見る。銀髪に、グレーの瞳。左耳に金色のクラウンのイヤカーフをつけた男の顔は美形だ。なのに、勿体ないと美琴は今にもサンドイッチを喉に詰まらせようとしている男に紅茶を渡す。
「プハッ! ありがとう! 助かったよ! 庭の手入れに夢中になって食事のこと忘れてた!」
庭の手入れということは庭師なのだろう。だが、葉や土を全身に付けるなんてどれだけ夢中だったのだろうか。
「ちなみにそれも食べたいならどうぞ」
「ありがとう!」
食後のデザートに食べようと作ったクレープをジッと見つめる男に、どうぞと勧めると満面の笑みで食べていく。年齢は二十代後半くらいだろうが、その様子はさながら小動物のようで少しかわいい。
「美味しい! これ何て言うの?」
「クレープって言います。まぁ、本来は四角く包むものではないですけど」
持ち運びやすいように作ったそれは長方形だ。この世界にはクレープは存在しないのかなと美琴は首を傾げる。そんな間にも男は美琴の昼食を全部食べ終え、紅茶を飲みほすと、とても満足そうな顔をした。
「くれーぷ? 初めて食べたよ。君、城で見たことないけど、新しい子?」
本当に全部食べ切ってしまったと、バスケットの中を見る。今日のお昼は諦めるしかないかと思いながら美琴は答える。
「今日からメイド見習いとして働いてるんです。名前は美琴って言います」
「見習い? ふぅん、珍しいね。僕はジェラルドって言うんだ! 呼び捨てで良いからね!」
ジェラルドの目つきが一瞬変わったように見えた美琴は、その表情にドキッとする。しかし、美琴の気のせいか今は元の笑顔だった。
呼び捨てで良いというジェラルドに、一応年上の男の人を呼び捨てにはできないのでジェラルドさんで妥協してもらうようにした。それに、どこか納得できなさそうなジェラルドだったが、美琴が折れないことがわかったのか、しぶしぶ諦めてくれた。
「そういえばさっきから気になってたけど、足と腕どうしたの?」
ジェラルドに言われ足と腕を見てみると、足はハイソが横一線に切れて血が滲んでいて、腕は腕で青あざが出来ていた。バタバタしていたからいつの間にできたのだろうと言うと、ジェラルドは呆れたような目で見てきた。
「女の子が傷作っちゃダメだと思うよ」
いや、むしろ庭仕事中に空腹で倒れる方がどうかと思うんだけどという言葉が出そうになるが、どうにか飲み込む。このくらいの傷は自然に治るから気にしないが、初日早々切ってしまったハイソが美琴にとって大問題だった。繕うかと考えていると、ジェラルドが僕苦手なんだけど、と言いながら切られた足に手を当ててきた。
「暖かい」
触られた瞬間、痛みが一瞬走り、肩が跳ねる。しかし、次の瞬間にはまるでお湯にでも浸かっているかのような暖かさに包まれた。気持ちいいと思っているとそっと手が離される。
「これでよしっと。次はこっちだね!」
「嘘っ!?」
手が離された所はまるで初めから何もなかったように元通りになっていた。試しにハイソを下して見るもそこに傷の一つも見当たらない。
「魔法って凄い」
改めて魔法の凄さに驚いていると横から笑い声が聞こえた。
「面白いこという子だね! もしかして魔法は苦手なのかな?」
「苦手というか、魔力が少なすぎて使えないんです……」
本日これで何度目かになるそのセリフを言うと、ジェラルドはキョトンとした顔をする。その表情にこれはこれで珍しいなと美琴は頬を掻く。仕事の際、初めて会った人に聞かれるたび、大体魔法が使えないというと、イレーネのように驚くか、門番達のように憐みの目で見られるかのどちらかだったのだ。まぁ、初めから使えないことがわかっている美琴にとって反応などは正直どうでも良い話なのだが、ジェラルドの反応は予想外だった。
「って、仕事!!」
残りの仕事を思い出し慌てて立ち上がる。呑気にジェラルドと話していたため結構な時間が経っているはずだ。いつの間にか腕が治っていることに気づいた美琴はお礼を言うと慌ただしくその場を立ち去る。そんな美琴の後ろ姿を面白いものでも見るかのようにジェラルドは見送る。
「あの子、気づいてないのかな?」
ポツリと呟かれたジェラルドの言葉は誰にも聞かれず、空に消えていった。
「お腹空いたなぁ」
一階から、城の最上階まで駆け上がった美琴は息を切らしながら干していたシーツを籠の中に集めていく。ジェラルドに昼食を譲ったのは良いがクレープまで譲るんじゃなかったなと今更ながらに後悔する。
「あと三枚!」
この後の美琴の仕事はラディスの所に行ってシャルに紅茶のセットを渡して、料理長の元で夕飯の準備の手伝いをする予定だ。イレーネの仕事配分の何が凄いって、ちゃんと仕事の合間にシャルに会う時間が設けられている所だ。まぁ、それに救われているわけだが、行くたびにだんだん疲れた顔になっているシャルが気の毒で仕方ない。
「あと、もうちょっと……」
高い所に干してあるシーツを背伸びして取ろうとするが、後一歩の所で届かない。元の身長なら届くのにと今度はジャンプをする。指に掠るシーツに手ごたえを感じた美琴は思いっきり飛び上がった。
「取れたー!」
シーツの端を掴むことができ、そのままシーツを引っ張ろうとした瞬間、突風が起きる。
「やばっ!」
飛ばされそうになるシーツを慌てて両手で掴んだ瞬間、二度目の突風に体が煽られ、宙に浮く。風の抵抗を受けたシーツがムササビのマントのようになっていることに気づき、離せば良いのかと美琴は片手を離す。
「あっ……」
地に足が付いたと思った瞬間、ズルッと嫌な音を立て足場がなくなる。結構な勢いで飛ばされた体は気づかぬうちに城の端まで来ていたらしい。柵も何もないそこに美琴は体制を整えることもできないまま体が空に投げ出される。真っ青な空に舞う白いシーツがまるでスローモションのように見える。だが、落ちる! と思った瞬間、一気に浮遊感が襲い、スピードが戻ってきた。
「いやーっ!!」
無意識に伸ばす手は空を切る。このままじゃ確実に死ぬと思った瞬間、意識が遠のきそうになる。きっと襲ってくるだろう衝撃に目を瞑った瞬間、ため息が聞こえた。
「お前はどれだけ俺を驚かせたら気が済むんだ? ミコト」
ありがとうございました。シャルが出しゃばり過ぎましたが、やっと再会です!次話もよろしくお願いいたします。