異世界でのお買い物
ゆっくり話を進めていこうと思いますのでお付き合いお願いいたします!
「……やっぱりやーめた」
「はっ!?」
一度口を閉じ開いたかと思えばシャルは首を振り、挙げていた手をバツ印に変える。あそこまで言っておきながら何だとシャルを見ると頭を撫でられた。
「やっぱり確信を持ちたいしね。いたずらにミコっちゃんを不安にさせたくないからさ。時が来たら教えてあげるよ」
「時っていつよ?」
不安でたまりませんと半眼でシャルを見ると、シャルは苦笑する。
「そうだね。ラインティアに行って城についてからかな」
「えっ?」
「えっ? って、何? それくらい待ってもらいたいんだけど?」
「いや、そうじゃなくて」
何かを勘違いしているシャルに手を振る。確かに、なんでラインティアについてからなのだとか、色々気にはなる。しかし、美琴が不思議がっているところはそんなことではない。
「ラインティアに連れて行ってくれるの?」
あれほど、嫌がっていたのだ。てっきり連れていってもらうために説得が必要だと思っていた美琴としては予想外だった。
「あぁ、そっち。そりゃあ、約束を果たしてないからね。俺とミコっちゃんの約束は君が会いたがってるジルヴェスターに会わせること。だから、約束を果たすために今度は彼に会うまで俺がついていくよ」
「ありがとう……」
「何言ってるのさ? それはこっちのセリフなんだけど」
笑いながら手を差し出してくるシャルに首を傾げる。わからないまま、その手を恐る恐る取るとグイッと力強く引き寄せられる。
「何っ!?」
「取り合えず旅支度ってね!」
シャルに抱きかかえられたと思った瞬間、あの嫌な浮遊感に襲われる。まさかと目を見開いた時には遅かった。
「到着っと!」
静かなところから一転、街を行きかう人のざわめきに包まれる。突然のことに目をパチパチさせていると、いたずらが成功したような顔をしてシャルがこっちを見てきた。
「びっくりた?」
「あ……あ……」
「あ?」
「あんたねー!移動するならするっていいなさいよー!」
驚きすぎた、むしろ酔うかと思ったとシャルを叩く。だが、思いっきり叩いたところでなぜか痛くなる自分の手に美琴は愕然とする。何かおかしい。
「ミコっちゃん? 何やってんのかなー?」
「いや、いい体してるなぁーって」
ペタペタと服の上から触れるお腹は、ぷにぷにの脂肪ではなく鍛えられた筋肉の感触だった。これは確認であって、セクハラではないと自分に言い聞かせながら美琴はその感触を楽しむ。
「はいはい。女の子なんだからそんなことしない」
終わりというように美琴はシャルから簡単に引きはがされる。
「そんなことより買い物するよ。ちなみに、今持ってるものは?」
「持ってるものって言われても」
今確認できているのはワンピースと指輪のみという何とも頼りない装備だ。ほかに何かないかと美琴はポケットに手を入れる。
「これ」
馴染み深くあるが、前よりも大きく感じるそれが手に触れる。長方形の形をしたそれをゆっくり取り出す。
「あぁ、それ、スマホ? だっけ? ミコっちゃん大切に持ってたもんね」
取り出されたスマホを覗きこんでくるシャルをよそに、美琴はホームボタンに手をかける。開かれた画面の左上には圏外の文字。けど、なぜか不思議なことに右上の充電マークは消えていた。壊れたのかなと思いながら、他に変わったことがないか操作していく。
「あっ、これ!!」
開けるところを全部開いていくと、アルバムの所で手が止まる。そこには一枚の写真が保存されていた。
「それ、俺が復活した日になんかしてたやつでしょ? 残すこともできるんだね」
大人の姿の美琴の隣にポカンとした顔で映るシャル。日付を見るとちょうど三日前の日付だった。これは、シャルといた決定的な証拠だった。
「本当だったんだ」
どこかでまだ信じられていなかった美琴はポツリと呟く。これを見ては何も言えない。
「やっと信じてくれたんだね……。ちなみにそれ他の人に見せないでよ?」
「なんで?」
「そんな変な顔、他の人に見られたくない」
確かに少しあほ面かもしれない。せっかくのかっこいい顔が台無しだ。プライドの問題かと苦笑しながら、美琴はスマホをしまう。他に何かないかとポケットの中を探るがあとは何も出てこなかった。
「どうしよ。これだけ……」
わかってはいたが、旅にこれだけなのはいただけない。
「まぁ、なんとなくわかってたけどね。そしたら、最低限のもの買いに行こうか?」
ほらこっちと、手を引かれる。シャルの歩みに頑張ってついていくように、足を運ぶ。さっきの街よりも少し小さい感じのこの街は露店が多い。見慣れない物に美琴は少しワクワクしたようにキョロキョロと辺りを見回す。その様子にシャルは微笑みながら目的地へ向かう。
「とりあえず、ここで最低限の物はそろうから」
色とりどりの服や小物が並ぶ一つの露店の前に着く。シャルが中に声をかけると、奥から背の低いかわいいおばあちゃんがニコニコ顔で現れた。
「おやおや、シャルちゃん。隠し子かい?」
「違うからね。知り合いだから。ちょっと旅に出るからこの子用の旅支度、一式全部お願いできる?」
「おやおや、シャルちゃん誘拐かい?」
「違うからね!?」
「さぁ、お嬢ちゃんこっちへおいで」
穏やかな顔ですごいことを言い放つおばあちゃんに、シャルは物凄い勢いで否定する。しかし、そんなシャルを当たり前のように無視しながらおばあちゃんは美琴を店の中に引き入れた。
「嘘っ」
露店の奥に引き入れられた美琴は口をポカンと開ける。露店の奥だと思っていたそこは広い空間になっており、表の数以上の物が並べられていた。美琴は慌てて外に出てもう一度店を見る。表からはどう見ても、小さめの露店だ。しかし、もう一度奥に入るとどう見てもしっかりとした店構えをしていた。これも魔法世界の常識だろうかと唖然としているとおばあちゃんが美琴の肩を叩く。
「どうしたんだい? お嬢ちゃん。お嬢ちゃんに合いそうなのはここら辺だよ」
隅の方に案内された美琴はそのスペースを眺める。服や靴、鞄などおいてあるが、すべてが小さかった。子供用品売り場というところだろう。元の世界の服とは違う様式の服たちをまじまじと見る。まさか、また子供服を着ることになるとはと思いながら美琴は適当に数着服や必要そうなものを選び始めた。
「あっ、でもお金」
選びながら我に返った美琴はその手を止める。今の美琴に支払い能力はないのだ。
「お金は気にしなくていいからね。俺、お金には困ってないから」
「金持ち発言!?」
一度でいいから言ってみたい言葉だ。いったい何者なんだろうかと思いながら遠慮せず選ぶことにする。どちらにしろシャルに頼るしかないのは間違いない。
「鞄どうしよう……」
ある程度選んだ所でまた問題にぶち当たる。この店の鞄をいくら見てもかさばる服が入る大きさの鞄がどこにもないのだ。
「お嬢ちゃん。鞄ならこれはどうかね?」
真っ白なポシェットみたいな物を手におばあちゃんはやってきた。白地に水色の花のコサージュが付いているその鞄は正直かわいい。しかし、服の一枚も入りそうにないそれに美琴は首を傾げ、助けを求めるようにシャルを見る。それに気が付いたシャルは美琴から鞄と服を取ると、服を躊躇いもなく鞄に突っ込んだ。
「入っちゃった……」
まるで手品でも見ているかのようにシャルの動作をみる。美琴が選んだ服や小物たちは何の抵抗もなく鞄に吸い込まれるように収納されていく。全部入った所でシャルは美琴に鞄を渡した。
「軽い……」
本当にあれだけの物が入ったのだろうかと不思議になるくらい軽い鞄をまじまじと見る。
「それには魔法がかかってるからね。あと少しなら入ると思うよ。ちなみに取り出したいものを思い浮かべて手を入れると取り出せるし、全部出そうと思ったら鞄をさかさまにして振っちゃえばいいから」
試しに、選んだ服の一つを思い浮かべて美琴は鞄に手を入れる。すると、何かが手にあたりそれを引き出す。
「すごっ!」
思い浮かべた服が出てくると、今度は鞄をさかさまにして振ってみる。すると、さっきシャルが詰め込んだものが音を立てて鞄から出てくる。
「これは、あれね。未来の道具の一つに違いない」
頭に未来の道具を取り出す青いロボットが頭に浮かぶ。ようするにあのポケットと同じ原理と思ったらいいに違いないと美琴は自分を納得させる。
「ミコっちゃんが、何言ってるかさっぱりだけど、鞄はそれでいい?あといるものは?」
「あとは……」
鞄に不満はない美琴は、お店を見回す。子供売り場とは反対の隅のスペースに目が行く。そこへ行ってみると、ブレスレットやアンクレット、イヤリングが小さいスペースに置いてある。こっちの世界にもこういうものがあるのかと美琴が見ているとシャルが一つのブレスレットを取り、おばあちゃんの方を振り向いた。
「こういうの、最近流行ってんの?」
「一部の若い子の間ではそうみたいだよ。だけど、指輪の方がやっぱり安定してるから、そこまで売れるものじゃないねぇ」
へぇとブレスレットを指で回すシャルに美琴は説明を求めるようにシャルの服を引く。
「それ何?」
「あぁ、これ?指輪の代用品。魔法石っていう、えっとこれね。これに魔力を込めて魔法を発動させるんだけど、別に指輪に魔法石を装着させなくてもいいわけ。ここにある腕輪みたいのに装着しても発動できるんだけど、魔力調節が微妙に違ってくるから扱いが少し難しいんだよ」
中級者から上級者向けだねと言うシャルに美琴は納得する。ようするにただのアクセサリーではないらしい。
「そういえば、お嬢ちゃんは指輪がないね?」
その言葉に美琴はビクッと肩を震わせる。別に悪いことをしているわけではないが、指輪をしていないと異世界人ということがばれそうな気がした。
「ちょっと訳ありでね」
「あぁ、そういうことかね。そうしたら、ちょっと待っておいでね」
シャルの言葉に何か納得したおばあちゃんは別の部屋に行くとすぐに戻って来た。
「お嬢ちゃん、手をお出し」
言われるまま美琴はおばあちゃんの前に右手を出す。すると、おばあちゃんは美琴の腕に何かを通した。
「これ」
「これはババが昔使っていた守りの加護が施されてる腕輪だよ。本来なら指輪がその役目を補うものだけど、お嬢ちゃんは持ってないみたいだからねぇ。持ってお行き」
シンプルな金色の腕輪をはめた瞬間、暖かい何かが美琴を包んだのがわかった。本当に貰っても良いものか逡巡しているとおばあちゃんは笑う。
「ババにはもう必要ないから貰っておくれ」
優しく微笑むおばあちゃんに美琴は頭を下げる。
「ありがとうございます。大切にします。」
「ミコっちゃん、良かったね」
シャルの言葉に美琴は頷くと、ばあちゃんにもう一度頭を下げる。おばあちゃんの優しさに涙が出そうになるのを堪えているとおばあちゃんに優しく頭を撫でられる。
「何かあったらまたババの所へおいで。ババはこの店で待ってるからね」
その言葉とともにおばあちゃんに包まれた美琴の目からは堪えきれなくなった涙があふれ出る。美琴にとって知り合いが数人しかおらず、帰る場所がないこの世界はどこか辛かった。だから、おばあちゃんのその言葉はお世辞でもとても嬉しかった。美琴はおばあちゃんをギュッと抱きしめると安心させるようにポンポンとおばあちゃんは美琴の背中を叩く。美琴はその温もりに堰を切ったように泣いたのだった。
「本当にありがとうございました」
目を赤くして、買ったばかりの鞄を肩にかけた美琴はお店の前でおばあちゃんに笑みを向ける。
「シャルちゃんに虐められたらババにお言い」
「はい!」
「いや、そこは元気よく返事しなくて良いから!」
またねというおばあちゃんの言葉に美琴は手を振りながらお店を後にする。何度か後ろを振り返るとおばあちゃんは姿が見えなくなるまで手を振っていてくれた。
「また行きたいな」
「また連れて行ってあげるから」
「うん!」
また連れて行って貰えると聞くと嬉しくなる。美琴はそれを楽しみにしようと心に決める。
「それじゃあ、ラインティアに出発しようか?」
街はずれまで来ると準備は良い?というようにシャルが聞いてくる。美琴は今から始める旅にドキドキしながらもしっかり頷いた。
「お願いします!」
次回は私も待ちに待ったラインティアに行きます!前座長くてすみません!