ジルヴェスターの苛立ち
「何だこれは?」
ガンッと大きい音を立てて倒れた机に報告書を出した調査員が小さい悲鳴をあげる。それは各国の不穏な動きを調査した物だった。だが、報告書の中は抜けだらけのものだった。
「申し訳ございません! 巧妙に動いているようで、一部しか確認できておりません!」
その報告に睨みつけるジルヴェスターは今にも目の前の人物を殺してしまいそうな勢いだ。それを見かねたジェラルドが魔法で机を元に戻す。
「そんなにイライラしないでよー。彼らだって頑張ってるじゃない」
「誰のせいでイラついてると思ったんだ?」
ギラッとジェラルドを睨みつけると自覚があったジェラルドはそっと視線を外す。それに調査員は陛下と涙を流しそうになる。こんなにジルヴェスターがイライラしているのは他でもない。仕事が元々多い上にサボリ魔が隙をみてはサボり上げるためだ。お陰で美琴に会えないジルヴェスターの機嫌は最高潮に悪い。その様子を少し楽しげにレーアは見つめる。
「もう報告することはないんでしょう? 下がりなさい?」
ほらほら、早くとレーアが手を振ると男は頭を下げ立ち去る。部屋から居なくなり三人になったことを確認すると、レーアは座っているジルヴェスターの後ろからそっと手を回す。
「ミコトでしたっけ? どんな方ですの?」
「それをお前に言う必要はない。」
離れろと言うように魔法で引き離し、先程までレーアが座ってお茶をしていたソファに座らせる。それに慣れたように座る瞬間、ドレスを整えたレーアは何事もなかったように続きのお茶を飲む。
「あら、酷い。これでも婚約者ですのに」
クスクス笑うレーアを気にも留めず、ジルヴェスターは書類にサインをしていく。この忙しさの一因は目の前のレーアにもあった。本当は明日来る予定だったのに繰り上げた上、連絡を直前にして来たため城内が慌ただしくなったのだ。だが、当の本人は気にした様子もなくこの調子だ。
「今度ミコトにお会いしたいわ」
「余計なことはするな。それよりも、あの話だがって何してる?」
「いえ、ただの虫ですの」
天井付近に向かって何か魔法を放ったレーアにジルヴェスターは訝しげな顔をしたが、虫と言うレーアにそれ以上何も言うことなく自分の話を進める。ジルヴェスターの話を聞きながら手元で壊れたほんの小さな魔法具を楽しげに見る。そして、魔法具を消し去りながら誰にともなく小さく呟いた。
「本当に嫌な虫ばかりで困るわね」




