シャルの思惑
「あー! 疲れた!」
凝り固まった身体をほぐすようにストレッチをする。毎度毎度仕事を押し付けてくるラディスにイライラしながらも、ラディスの後ろ楯がないとこの城に居られないことを思い出しため息をつく。
テーブルの上に乗った選抜の道の資料と途中まで図解した解析魔法図。これさえ解けばもしかするととペンを取る。しかし、その瞬間部屋の扉がノックされた。シャルは慌てることなく目の前の資料一式を消し、返事をしながら扉へ向かう。
「あれ? ミコっちゃん? 珍しいね」
扉を開いた先に居たのはパジャマ姿で枕を両手で抱えた美琴だった。これが、元の姿なら夜這いかな?と思ってみたりするが、流石にこの姿の美琴を襲うと犯罪だし、美琴の表情からそうじゃないことは伺えた。何かあったなと思いながら、部屋へ美琴を導く。
「良かったらこれ飲んで」
ソファに座らせ。温かい飲み物を出すと美琴は小さく礼を告げ、ちびちび飲み始める。シャルも同じ物を出すと美琴の目の前の席に座り飲み始める。
「で? どうしたの?」
「今日ここで寝ていい?」
上目遣いで少し恥ずかしそうに告げる美琴にむせそうになるのをどうにか堪え美琴をマジマジと見る。一瞬勘違いしそうになったが、ソファを手で叩いていることから、どうやらここというのはソファのことらしい。
「何々? ジルヴェスターと何があったのさ?」
「確信なんだ?」
「確信に決まってるでしょ? で? 何があったか教えてくれる?」
そう言うと美琴はポツポツと今日あったことを話し始める。初めはへぇと聞いていたシャルだったが、後半に行くにつれ目尻が引き攣っていく。
(婚約者って……)
嘘だろ?それが、シャルの第一の感想だった。第三者からしても美琴を溺愛しているあのジルヴェスターに婚約者という方程式をなり立てることができないのだ。妻が何人もいるとも思えない。シャルとて馬鹿ではないので情報収集はしている。だが、婚約者のことは知らなかった。
(レーア姫ねぇ……)
正直姫とかに興味がないのでどこの姫かは分からない。またチャンスがあれば見てみるかと思いながら飲み終えたカップを魔法で消す。
「俺が調べてあげようか? 」
本当にジルヴェスターの婚約者かどうか。そうすれば美琴の憂いも晴れるだろうと思ったのだが、美琴はしばらく考えた後首を横に振る。
「直接聞くから大丈夫」
美琴のその口調に、しばらく聞かないなと思ったけど、そこは口には出さずそっかと答える。眠たそうにウトウトしている美琴にそう言えば子供の姿になってから寝る時間が早くなったと言っていたことを思い出す。
「ミコっちゃん、ベッドで寝てくれる?」
「ソファー……」
「まぁ、強制なんだけどね」
ごめんねと笑いながら魔法で美琴を浮かせる。ついでに眠らせる魔法もかけ静かにベッドに運ぶ。シャルに充てがわれたベッドは美琴のよりも小さいが十分なサイズはある。布団を掛けようとしたところでシャルは手を止め、目を細めた。
「傷……」
パジャマが少しめくれた位置にある足の傷。よく見れば細かい傷がいくつかあった。治りかけもあれば、真新しいのもある。偶然できたにしてはおかしい傷だ。
(困るんだよねー)
誰の仕業か知らないが、美琴に敵意を持った誰かがいるのは確かだ。こんなに辛い目にあっているならこの城から連れ出してしまおうか?とか思案する。だが、美琴はそれを望まないだろう。
『治す? 治す?』
シャルに近づいて来た緑の光が声をかける。シャルはそれに驚く事もなくお願いと言うと、緑の光は楽しそうに美琴の周りをクルクル周り最後に美琴の頬にキスをするかのようにくっつき、シャルの方に戻る。傷がなくなったことを確認するとシャルは布団をそっとかける。緑の光が美琴を治療する間にいつのまにか集まった色とりどりの光りがシャルを囲む。そんな幻想的な光景を美琴が見たら喜ぶに違いない。だが、あいにく美琴は夢の中だ。
「そろそろ真面目に考えなきゃな」
これからのことと美琴のことを。けれど、そうすると問題は色々出て来る。だが、そろそろ頃合いだろう。
「覚悟してね。ミコっちゃん」




