異世界での迷子
つたない文章で申し訳ありません。
どうしたものかと、美琴は頭を抱える。もし、ここが異世界のラインティアであるならば、知り合いは一人しかいない。しかし、この世界の地理も、彼がいる場所も、美琴が知るわけがないのだ。前途多難とはまさにこのことだと途方にくれる。
「お嬢ちゃん、もしかしてラインティアから来たのかい?」
先ほどから優しく美琴の隣で背中を撫でくれていたおばさんの言葉に、俯いていた頭を勢いよくあげる。
「えっ、ここがラインティアじゃ」
「あぁ、ラインティアに行きたいのかい。どこから来たかは知らないが、ここはティルナだよ?」
きっと土地の名前なのだろうが、この世界の知識がない美琴は首を傾げるしかない。今わかることはここがラインティアではないという事実だけだ。だがその事実は美琴に衝撃を与えるには十分過ぎるものだった。
「もしかして迷子かい?」
果たして迷子と呼べるだろうか。だが、表現的には一番近い。とりあえず美琴は首を縦に振る。すると、おばさんは美琴の様子から何か悟ったのか、やっぱりと、どこか納得がいったように頷く。
「そうかい、それは不安だったね。転移魔法は習得してるのかい?」
転移魔法どころか魔法が使えない美琴は、今度は首を横に振る。転移魔法が使えないということがわかると、おばさんはコップを出した時と同様、また指を鳴らす。今度はコップではなく、一枚の紙がおばさんの手に現れる。少し古ぼけた紙を覗くと、そこに描かれているのはどうやら地図のようだった。星形の大陸を中心に海を隔て四つの大陸がそれを囲み、左上の離れた場所にまた一つ小さい大陸が描かれていた。おばさんは、星形の大陸の真下にある大陸を指さす。
「いいかい。ここがティルナ。今お嬢ちゃんがいる場所だね。で、ラインティアはこの上。お嬢ちゃんがここまで行くには転移門を使うか、馬に乗っていくかだけど、お金が結構かかるよ?あんた、お金は?」
「ないです」
あるわけがない。今着ている見覚えのない水色のワンピースにお金が入っているとは到底思えない。とりあえず、後で持ち物を確認しようと美琴は心に決める。
「あんた、それでどうやってラインティアに行こうとしたんだい?」
呆れたもんだと苦笑される。それは当たり前だ。ラインティアやティルナが大陸だと分かった今、この世界のことを知らない美琴でさえ無謀だとわかる。現実世界で海外に無一文で行こうとしている状態と一緒なのだ。そんなの飛行機に乗る前に空港にさえつける状態ではない。
「あとは、誰かに連れて行ってもらうかだけどね。ラインティアに跡を残してる知り合いなんていたかね?」
「シャルなら残しるんじゃないか?」
おばさんが頬に手を当て困っていると、上から突然男の声が降ってきた。声の方を向くと、男は首元にかけている布で額を拭きながらおばさんの方を少し怒ったように見ていた。
「おや、あんた。どうしたんだい?」
「それはこっちのセリフだ! 店番を俺に任せっきりで何をしてるかと思えば!」
おばさんの旦那らしいその男は、勘弁してくれとガシガシ頭を掻く。男がやってきた方を見ると、道を挟んだ向こうに露店があった。何を売っているかは美琴にはわからないが、色や形から野菜か果物だろうということは大体検討がついた。きっと、一向に戻ってこないおばさんに痺れを切らし探しに来たのだろう。
「仕方ないじゃないか。こんな小さい子が困ってんだ。放っておけないだろ?」
ギュッと美琴を抱きしめるおばさんは本当に優しいと思う。この人がいなければ今頃、路頭に迷っていたに違いない。男は美琴の顔を見ると、どこか諦めたようにため息をつきながら座っている美琴と目線を合わせる。
「で?お前はラインティアに行きたいのか?」
強面のその顔に美琴は少しギョッとしながら首を縦に何回も振る。それを確認した男はちょっと待ってろと、また露店の方に戻っていった。いったい何なのかと目を白黒させていると、しばらくして男は騒がしい声とともに帰って来た。
「だーかーら! 俺、今お使い頼まれてるから無理だって!」
「そんなの魔法で送ればいいだろうが! こっちは女房が仕事に戻らなくて困ってんだ!」
「それ俺に関係なくない!?」
はたから聞いても横暴なやり取りだとわかる。男が引きずるように連れてくるのは二十代くらいの男だった。グレーの短髪に、赤い瞳という容姿がよく目立つ。現実世界にはいないその容姿に改めて異世界なんだと実感する。
「シャル! 男前が台無しだよ!」
襟元を掴まれ苦しいのか、三白眼からこぼれそうになっている涙におばさんは情けないねと笑う。男はシャルと呼ばれた人物を美琴の前まで連れてくると、襟元から手を放す。その瞬間、一気に空気が気管に入ったのかシャルは盛大にむせ込んだ。
「ゴホッ! 台無しにしてるの、あんたの旦那だからね! だいたい俺二日前にラインティアに行ってきたばかりなんだけど!?」
無理と反論するシャルにおばさんはまぁまぁとシャルの肩を叩く。
「いいじゃないか。いたいけな少女が困ってるんだよ。見捨てるのは男じゃないと思わないかい?」
知り合いならばその理由も説得力はあるが、見ず知らずの子供が相手だと説得力に欠ける。現に男もため息をついて口を開く。
「なんで俺が見ず知らずの子供のために莫大な労力使わないといけないわけ? 人連れて大陸渡るの結構きついの知ってる!? 大体、君も!」
一気に矛先が美琴の方に向く。呆然と二人のやり取りを見ていた美琴はまさか自分に声がかかるとは思っておらず、ビクッと体を震わせる。シャルは屈んで美琴の目を真剣な面持ちで見つめた。
「どうしてラインティアに行きたいのか知らないけど! お金を貯めるとか、転移魔法を……、習得して……」
初めの勢いはなくなり、だんだんと言葉の切れが悪くなる。それと同時に、シャルはその綺麗な赤い目を見開いていく。まるで何かに驚いたような感じだが、あいにく誰も何もしていない。そうかと思いきや、今度は美琴の両肩をガシッと力強く掴むとその端正な顔を美琴に近づける。綺麗とも呼べるその顔を近づけられた美琴は自然と頬と耳が朱に染まった。
「もしかして、ミコっちゃん?」
追記:やってきました異世界人番外編を掲載しました。やってきました異世界人を読まれた方。興味のある方はどうぞ。ジルヴぇスターの後日談。瑠依視点の話を掻く予定です。読まなくても、この話に支障はありません。URL:http://ncode.syosetu.com/n4649dp/