不安要素
「壊れた洗濯機、テレビ、冷蔵庫……」
ただどれもとても古いがつく。手動式の洗濯機なんて初めて見た。数日前の謁見の後、この世界に流れ着いた物を見せて貰ったそれらはとても古すぎた。他にも小物が数点あったが、いまいち何に使うものか見当がつかないものだった。
「まぁ、もしかしたら捨ててた物の中にミコトちゃんの時代の物があったかもしれないからそう気を落とさない方が良いよ」
「まぁ、そうなんですけどね」
別に残念だとは思っていない。早々簡単に元の世界に戻れる手段が見つかるとは思ってはいないのだ。ただ、もし元の世界に戻れる手段が見つかったとして、戻れる時代が元の時代とは限らないかもしれないという疑念が出てきただけだ。
「それより、良いんですか?サボってて」
「何を言ってるの?これも仕事のうちだよー!あっ、これも食べていい?」
「どうぞ」
相も変わらず昼食時になると庭園にいるジェラルドに美琴は昼食とおやつを提供していた。絶対料理人が作る料理の方が美味しいに決まっているのに、おかしな人だ。
「そういえば大丈夫?」
「何がですか?」
生クリームついてますと、頬を指さしながら美琴は首を傾げた。指で生クリームを取り美味しそうに、その生クリームをなめながらジェラルドはもう一方の手である方向を指さす。その方向に美琴は視線を向け、あぁと納得した。
「仕事ですから仕方ないですよ」
美琴の視線の先で真剣な面持ちで誰かと何かを話いるジルヴェスターはこちらに気づくことはない。あの謁見以来何かと忙しそうなジルヴェスターは夜遅くにベッドに入り、朝早くにベッドから出ていく。慣れないメイドの仕事で疲れている上、体質まで子供になってしまったのか、早くに眠気がきて深く寝入ってしまう美琴はこういう時でしかジルヴェスターを見ることは叶わなくなってしまっていた。
「ジルヴェスターも気にしてるよ。ただ時期が悪いんだよね。今色々忙しくて」
「その割にジェラルド様はお暇そうですが?」
「もう!さん付けで良いって言ってるのに!僕は僕なりに仕事をしてるんだよ。まぁ、そろそろ戻らないとジルヴェスターにバレそうだから戻ろうかな」
やっぱりサボってるんじゃないかと言う目で見ると、ジェラルドは悪戯が見つかったような笑みでまたねと手を振って消えていく。本当に自由人だ。まぁ、庭師の真似事をしている段階でおかしいのだが。
「あっ……」
視線を先ほどまでジルヴェスターがいた方に戻すと、そこにはもう既に誰もいなかった。美琴はため息をつくといつものようにバスケットを二つ持ち立ち上がる。
寂しくないわけじゃない。ジルヴェスターも朝にはいなくなっているが代わりに手紙を残してくれている。日本語で書かれたそれにまだ覚えているんだと嬉しさを感じながら読み、返事を書くのが最近の日課だった。
「近いのに遠いな……」
だんだん沈んでいく気分に、これはいけないと首を何度も横に振る。避けられているわけじゃない。仕事なのは仕方ないじゃないか。
「あら、シャル様がいらっしゃるわ!」
どこからか聞こえる歓喜の声に後ろを振り向くと、そこには自分に向けられる好意の視線何て気にも止めず疲れた顔でこちらに向かってくるシャルがいた。いつのまにか知れ渡っていたシャルの存在を無視できる女性はいない。そのルックスと何気ない優しさに落ちている女性は多くいる。だんだんとこっちに向かってくるシャルとともに、その視線が私に向けられる嫉妬の視線に変わるのが居たたまれないが、声を掛けずにはいられない。
「えっと、大丈夫?」
先ほど自分に向けられた言葉を今度はシャルに向ける。髪は乱れ、出会った時の威勢は影を潜め、目には軽くクマを作っていた。だが、その憔悴しきった顔に色気を感じさせるのが女性にまた受けるのだろう。美琴の問いに自分の時とは違い、シャルは項垂れると首を横に振った。
「何なの?あのジジイ。本当ありえないんだけど。扱き使われまくりなんだけど!?」
急に叫び始めたシャルに本当に限界まで来ているのではないだろうかと心配になる。
「えっと、ジルに頼んで解放してもらおうか?」
いくら美琴のためにいてくれると言ってもここまでして貰う義理が美琴にはない。ジルヴェスターと美琴を再会させるまでが本来の約束のはずなのだ。それにシャルには帰る場所もあるはずだ。確か元々はお使いをしていたのではなかっただろうか。
「いや、別にここにいるのが嫌なわけじゃないからね!俺もあのジジイの研究には興味が沸いたし!ただジジイが腹立たしいだけ!」
どうやら、シャルはシャルで楽しんでいるのはいるらしい。そのことに少しホッとする。だが、いざという時はジルヴェスターに頼んでみようと美琴は心に決めた。
「あっ、そうだ、これ持っててくれる?」
「何これ?」
目の前に出されたそれを受け取る。小さい金色の丸い金属の外側に繊細な花柄模様が象られ、空洞の中に何か入っているのか振ると鈴とは違う優しい音色が奏でられる。綺麗なそれから目が離せない。
「んー。お守り?」
「ん?」
何故か疑問形の答えに美琴も首を傾げる。まぁ、とりあえず持っててよと言われ、嫌な物でもないのでメイド服のポケットに入れておく。ポケットに大事にしまい込んでいる美琴にシャルは目線を合わせる。
「ミコッちゃんも無理してない?」
「えっ?何で?」
そんなに皆が心配するくらい暗い顔でもしているだろうかと顔を抑える。顔に出してる覚えはないのだが。
「いや、大丈夫なら良いんだけどさ! 何かあったらいつでも言いなよ!」
苦笑しながら美琴の頭をなでるシャルはそのままどこかへ行ってしまった。無理してるのはシャルだろうにとバスケットを抱え直す。あの顔色はいただけない。後で甘い物かハーブティでも差し入れに行こうと考える。
「っつ!」
突然走った腕の痛みに美琴は顔を歪めた。痛みが走った部分を見ると一筋の傷が出来、血が滲もうとしていた。浅くもないが深くもない、数日あれば痕さえ消えそうな傷だ。美琴は後ろを振り向くが人影はない。同じような傷が出来るのは初めてではない。始めはどこかに引っ掛けたのかと思っていたが、何もない所でこのような傷ができ始めると流石に鈍い美琴でも気が付いた。
「どこの世界でも同じってね」
気づいたから感じる嫌な視線。理由はわからない。いきなり現れた得たい不明のメイドが気に喰わないのか、はたまたジルヴェスターやシャルと仲良く話しているのが気に喰わないか。まぁ、考えた所で仕方がない。犯人は不明な上、魔法で対抗されては手の打ちようがないのだ。
「別に良いけどね」
この程度なら気にならない。あの時と比べたらどうってことはない。暗くなりそうな気分を振り払うように流れ出た血を拭う。
「ん?」
歩き進める程聞こえる金属音に何の音だろうと首を傾げる。何回かこの廊下を行き来したけどこんな音は初めてだ。美琴ができる午後の仕事は先なので少し足早に音の方向に向かう。
「うわぁ」
聞こえてきた外からの金属音に、男たちの声。一体何かと思えば、何かの訓練なのか、剣を打ち合う男達がいた。その中にはこの間会ったルーファスが真剣な顔で檄を飛ばしている。正直あんな顔も出来るのかと思ったのは秘密だ。
魔法だけの戦いかと思えば、そうでもないらしい。剣に炎やら水やらを纏わせて戦っている姿は美琴からしたら凄いというより、綺麗と思わせるものだった。
「あー、上手く行かねぇな」
ブツブツ聞こえるその声は外に続く階段の横から聞こえる。何が上手く行かないのか気になった美琴はそぉっと階段を下り、階段の横を覗く。
「何でそうなったの……?」
目の前の光景に口をポカンと開けて言ってしまった美琴は仕方ないだろう。その声に気づいた男と視線が合うとその男は恥ずかしそうに笑うのだった。




