伝えたい想い
楽しんで読んでいただければと思います。
夢を見た。それはジルヴェスターが美琴の世界から自分の世界に戻ったあの夏の夜。ジルヴェスターを見送った後、帰った自分の部屋は、夏なのにどこか冷たさを感じた。電気もつけず、ジルヴェスターが座っていたお気に入りのソファでジルヴェスターの着ていた服を抱きしめ声を殺して泣いた。一年後の再会の約束をして別れたばかりなのに、ジルヴェスターの物を見ると自然と涙が溢れた。声を聞きたい、抱きしめてほしい。そんな思いが美琴の心を埋め尽くし、黒く染める。
「ジル……、んっ」
頬を伝う涙と、自分の寝言で美琴は目を覚ます。寝起きの頭は未だ働かず、安心するその暖かい温もりに近づき、また眠ろうと目を閉じる。
「暖かい……、ん? 暖かい?」
布団とは違うその温もりに一気に目が冴えてくる。現状を理解しようと働かない頭を無理やり回転させる。確か昨日は、久々にジルヴェスターと話をして嬉しくて、はしゃいでしまった。それから、どうしただろうか? 部屋に戻った記憶は一切ない。ならばどうしたのだろうか。しかし、美琴の思考を邪魔するかのように、その温もりは美琴をさらに包み込む。
「っつ!!」
動いたことで落ちてきたサラサラの金髪に、耳元にかかる吐息。美琴を包んで離さないかのように回された腕。それらは、美琴を覚醒させるには十分過ぎた。
「なななななな……むぐっ!!」
何でと叫び声をあげそうになった瞬間。ジルヴェスターの手により美琴の口が塞がれる。それに驚いた美琴はジタバタ暴れる。
「落ち着け。そして、朝から叫ぼうとするな」
叫ばれるようなことをしているのは一体どこの誰なのかと美琴は反論したかったが、口を塞がれている今それは叶わない。外してと口に当てられている手を叩くと、ジルヴェスターは叫ぶなよと念押しをしてその手を外す。
「何で、ジルと一緒に寝てるわけ!?」
「話疲れて寝たミコトを部屋に運ぶのも面倒だったしな。ベッドも広いし問題ないだろ?」
「いやいやいや! 問題そこじゃないから! せめて起こしなさいよ!」
ジルヴェスターの腕から抜け出し、起き上がりながら訴える。確かに、このベッドは広く、クイーンサイズはあるだろう。だが、問題はそこではない。だが、ジルヴェスターは起き上がることもなく眠たそうな目を擦りながら言った。
「それも面倒だった」
どれだけ面倒くさがりなのかと美琴は頭を抱える。揺り起こして貰えば、起きる自信はある。というか、ここが最後にいた執務室の場所ではないのは確かだ。この部屋がジルヴェスターの自室と仮定したとして、ここに運ぶ手間をかけるなら美琴の部屋に運ぶ手間を少し出して貰いたかったと項垂れる。
「まぁ、今日からこの部屋で一緒に寝るんだ。気にしてたら持たないぞ?」
突然放たれた突拍子もない言葉にギョッとして顔を上げジルヴェスターを見る。
「はっ!? 何で!? 私、部屋あるし、あの部屋の方が仕事場所から近いって言った!」
一体、何がどうなってそういう話になったというのだろうか。寝る前までの話はどこに行ったのかと訴えるとジルヴェスターは一つの扉を指さした。行ってみろと言うジルヴェスターの言葉に、ベッドから降り、その扉の前に立つ。
「そこの扉開いてみろ」
目の前にあるのはごくごく普通の扉だ。隣の部屋に何かあるのだろうかと、美琴は首を傾げながら扉を開く。
「……、ジルさん? これは?」
目の前に広がるありえない光景に美琴は目を疑った。しかし、目をこすってもこの光景が変わることはない。これも魔法というやつなのだろうか、目の前には何故か美琴の部屋が広がっていた。
「イレーネに頼んで、部屋を繋げた。そこの扉を使えばミコトの部屋に直結しているからな。仕事場にもすぐ行ける。これで文句はないだろ?」
問題解決だなと、いつの間にか起き上がったジルヴェスターはベッドの上で満足そうに笑っている。しかし、美琴が訴えたいのはそれだけではなかった。
「ベッド無いんですけど?」
昨日までは確かにあったベッドは、忽然と部屋から消えていた。ジルヴェスターが寝ているベッドよりも狭かったがそれなりの大きさのあるベッドが消えたため部屋が一気に広く感じる。
「ここで寝るから必要ないと、イレーネに言ったからな。イレーネも了承済だ」
「イレーネさん!!!」
最後の砦だったイレーネまでもが、ジルヴェスターについたとなると、美琴が太刀打ちできるわけがない。目の前の現実に衝撃を受けながら、美琴はジルヴェスターのいるベッドにふらふらになりながら倒れこむ。
「ミコト、諦めろ」
顔は見えないが、楽しそうな笑い声に脱力する。美琴も別に嫌ではない。ただ、本当に気恥ずかしいだけなのだ。
「なぁ、ミコト?」
「何?」
笑い声が止まりしばらくすると、ジルヴェスターが美琴の名を呼ぶ。美琴は声色の変化に今度は何事かと体を起こし、ジルヴェスターを見た。その顔はさっきまで笑っていたのが嘘のように真剣味を帯びていた。
「俺がこっちに戻った後、さっきみたいに泣いたのか?」
その言葉にビクッと体が跳ねる。すると、優しくジルヴェスターの手が目尻に触れてくる。きっとそこには先ほどの涙の跡があるのだろう。美琴は夢のことを思い出す。ジルヴェスターがいないあの空間。正直、ジルヴェスターのことを思い出して涙することもあった。目の前にジルヴェスターがいるにもかかわらず、それを思い出すと、涙が目に滲む。それに気が付いたジルヴェスターは美琴を優しく抱きしめる。
「悪かった」
「違うの……、ジルは悪くないからっ」
そう、一年後会うという約束をしてくれたジルヴェスターは悪くない。こっちの世界に来るかと言われ、元の世界を捨てる勇気がなかったのは美琴自身。
「こっちに帰って気づいた。ミコトがいない空間は色がねぇなって。だから、ミコトの世界に行く方法を探してたんだが、まさかミコトがこっちに来るとは、俺も予想外だった」
その言葉とともに優しく頭を撫でられる。落ち着くその感覚にジルヴェスターの背中に腕を回す。
「私も会いたかったよ。やっぱり、ジルと一緒にこの世界に来たら良かったんじゃないかとも後悔したこともあった。けど、約束したから、頑張れた。証とくれたこれもあったし」
そっと、胸元にある、鎖に通された指輪を出す。それを見たジルヴェスターは目を細める。
「そこにつけてたのか」
「シャルが戦争の火種になるからって」
「懸命な判断だな」
ここでは戦争の火種になる、危ないもの。だけど、美琴にとってはとても大切な宝物。
本当は、名前を呼んで、こうやって抱きしめてほしかった。会いたい気持ちが心を締め付ける時もあった。だから。
「目が覚めたらこの世界にいて、子供の姿になって不安だったけど、ジルがいる世界ってわかったから頑張れたんだよ」
こぼれ落ちる涙を隠すように、ジルヴェスターの胸に顔を埋める。
「昨日はバタバタして言えなかったけど、本当はジルに会えてすごく嬉しかった。あの時、助けてくれて本当にありがとう。でもね、ジル?」
「何だ?」
美琴は涙を拭きながらジルヴェスターを見上げる。これは、昨日から言いたかったけど、答えが怖くて聞けなった言葉。
「私はこの世界に、ジルの傍にいてもいい?」
約束の日よりも早く来てしまったことに美琴はどこか不安があった。ジルヴェスターにはやるべきことがあるんじゃないか、その時、何もできない美琴は邪魔なのではと色々考えていた。
自分の意思とは反して、流れ落ちる涙は、服に落ちシミを作る。ジルヴェスターは美琴の言葉に一瞬、目を見開いたものの、優しい笑みを浮かべ、美琴の頬を包む。
「何を考えているのかと思えば、相変わらずだな。俺の話、聞いてねぇだろ?」
「聞いてる」
その言葉にジルヴェスターはクスクス笑い、嘘つけと言う。
「言っただろ? 俺は美琴に会うために、美琴の世界に行く方法を探してたって。そっちに行く方法がわかったら本当はすぐ行くつもりだった」
「えっ?」
意外なその言葉に美琴は驚く。てっきり一年は会えないものだと思っていた。
「後悔してたのはお前だけじゃねぇよ。俺も、お前を無理やりにでもこっちに連れてくれば良かったと後悔したことが多々ある。なぁ、ミコト?」
「ん?」
顎を軽く持ち上げられジルヴェスターの方を向かされる。妖艶とも言えるその笑みに美琴の心臓が高鳴る。
「ミコトが向こうの世界に本気で帰りたいって願う以外、お前を手放す気はないから覚悟しろ」
一瞬何を言われたのか理解できなかった。だが、その意味を理解した瞬間、涙は止まり、代わりに顔が紅潮するのがわかる。口をパクパクさせるが、上手く言葉が紡げない。嬉しいのか、恥ずかしいのか色々な気持ちが入り混じる。そんな美琴の表情を満足そうにジルヴェスターは見ながら美琴の額にそっとキスをする。
「っつ!!!」
湯気が出そうなくらい、さらに朱に染まった顔を隠すように美琴は下を向く。こんなに自分は初心だっただろうか、それともジルヴェスターの色気がさらに増したのだろうかと、煩い心臓を無理やり落ち着かせるように目を瞑る。すると、耳元に気配を感じた。
「ドキッとしたか?」
「もう!!」
耳元から聞こえる楽しそうな笑い声に、途中からからかわれたのかと気づいた美琴はジルヴェスターの体を突き飛ばす。だが、この子供の体では、ベッドに尻餅をつかせるくらいしかできない。ムッとしていると、ジルヴェスターは笑いながら何かに気づいたように口を開いた。
「そういえば、仕事はいいのか?」
仕事というフレーズにサッと血の気が引く。外を慌ててみると暗かった外はいつのまにか明るくなっていた。
「遅刻するー!!」
イレーネに怒られるという頭でいっぱいになった美琴は、ジルヴェスターの笑い声を背に慌ただしく部屋から駆け出した。
「もう泣かせたりしねぇよ」
まるで自分に言い聞かせるかのように呟かれたその言葉は、美琴に届くことなく消えていった。
次話もよろしくお願いいたします。




