異世界との時間軸
すみません。体調崩して遅くなりました! エタることは決してしませんのでよろしくお願いいたします。
「まさかの浦島太郎になる!?」
頭の中でどう計算しても、こっちの世界の一日は美琴の世界の二日分に相当する計算になる。ということは、このままこっちで過ごして向こうに帰ると確実に浦島太郎状態だ。それを想像した瞬間美琴の背筋に冷や汗が流れる。
「誰だ? そいつ?」
浦島太郎を知らないジルヴェスターは訝し気な顔をしているが、浦島太郎を真面目に説明している暇など美琴にはない。
「太郎さんは良いとして、ジルがこの世界に帰ってから私は一年経ったけど、ジルからしたら半年しか経ってないってことよね?」
「まぁ、計算上はそうなる。だが、時間のズレは原因不明だからな。向こうに帰ったとしても、実はこっちに来た日から変わってなかったとか、同じ時間しか経っていないって可能性もある」
適当な紙に、時間軸を書きわかりやすく説明してくれるが、美琴からしたらわからないことだらけで首を傾げるしかない。だが、それはジルヴェスターも同じでいくつか書いた可能性の上から大きくバツ印を書く。
「一番の問題はお前を向こうの世界に帰す方法が全くもって、わからねぇって所だが」
「え?」
隣でペンを投げ出しソファに深く座りこむジルヴェスターを美琴は虚を突かれたような顔で見る。それに、ジルヴェスターは少し驚いた顔をした。
「え? って、お前、突然この世界に来たんだ。向こうの世界に未練があるだろ? 帰りたいとか思わないのか?」
ジルヴェスターの言葉に、向こうの世界の人たちの顔が浮かぶ。確かに、この世界に来るまではジルヴェスターが約束の日に迎えに来てくれるという期待感があった。だけど、こっちにくる時は未練がないようにしようとも思っていたのは確かだった。こっちの世界に来てからはジルヴェスターに会うということを目標にしていたためそのことはすっかり忘れていた。向こうの世界に未練がないかと言われたら嘘になる。だが、違う思いも美琴の中にはあった。難しい顔をし始めた美琴にジルヴェスターは頭を撫でる。
「まぁ、いい。こっちにいるにしろ、向こうに帰るにしろ色々問題はあるからな。ゆっくり考えろ。無理強いはしねぇよ」
その言葉に美琴はそうしようと、肩の力を抜く。たとえ帰るという選択をしたところですぐに帰れるわけではないのだ。まだ、時間の猶予はある。
美琴が冷めた紅茶を飲み、口を潤していると、ジルヴェスターが起き上がり、そういえばと、美琴を見た。
「お前、今どの部屋使ってるんだ?」
「ここがどこかわからないけど。二階の端にある部屋だよ? シャルが隣の部屋」
「今すぐ変えろ」
シャルの名前が出た途端、不機嫌になり、部屋の変更を申し出るジルヴェスターに美琴は慌てたように手を振る。
「いやいやいや。無理だから! イレーネさん困るでしょ!」
「俺からイレーネに言ってやるよ」
大体美琴はメイド見習いという立場の上、居候の身でもあるのだ。勝手に部屋の変更を申し出るというわがままができるわけがない。そのことを伝えると、今度はジルヴェスターがイレーネに申し出ると言い始め、頭を抱える。
「大体変えるってどこに部屋替えするの?」
「俺の部屋でいいだろ? 向こうの世界でもそうだったしな」
「いや、あれは部屋がなかったから仕方なくって感じだったでしょうが!」
ベッドが一つしかないという理由からでもあったが、今は状況が違う。部屋もあれば、ベッドもある。あの頃はいつのまにかそれが当たり前になっていたが、今は少し気恥ずかしいものがある。それが、たとえ子供の姿だったとしてもだ。
「どっちにしろ、仕事するならあの部屋が便利なんだけど」
あの部屋の場所はイレーネの采配でもあるのか、色々と便利が良い場所にある。ミコトが与えられた仕事場からそこまで離れていないのだ。
「お前……、仕事する気満々だな……」
「いや、給料ちゃんと出るって聞いたし」
呆れたように見られるが、知ったことではない。仕事を始める前にイレーネからそれなりの給料が出ると聞いた瞬間から、やる気は満ち溢れていた。
「さっきも言ったが、お金とか生活面のことは気にするなよ。お前が俺にしてくれたように。こっちでの面倒は問題ないように見るつもりだ」
「ありがとう」
先ほどまでの不機嫌な顔は何処へやら優しく微笑み、無理するなというジルヴェスターに美琴は嬉しくなった。
「そういえば、生活用品とかどうしてたんだ?」
イレーネか? と聞いてくるジルヴェスターに美琴は首を振る。
「ラインティアに来る前にシャルにある程度買ってもらった!」
「あいつの部屋変えるか……」
美琴はお店のおばあちゃんのことを思い出しながらニコニコする。また会いたいなと思っていたら隣で何か聞こえたが、声が低すぎて美琴は聞き取れなかった。
「何か言った?」
「いや? 今度、俺がラインティアの街を案内してやるよ」
「やった!!」
俺がという部分が強調されて聞こえた気がしたが、美琴はジルヴェスターと出かけられることが嬉しすぎてそれどころではなかった。ここに来るまでは色々あってゆっくり買い物ができなかったのだ。今度はゆっくり色々見れるとワクワクする。
「そうだ、喜んでる所悪いが、明日会ってもらわないといけない奴がいる」
「誰に?」
まぁ、名前を言われてもわからないだろうけどと、美琴が言うと、とんでもない言葉がジルヴェスターの口から飛び出した。
「王だな」
「……はっ!? えっ!? 何で!?」
わからない所の話ではない。王というとあれだろうか、国王陛下っていう国のトップの人のことだろうか。日本でいう天皇陛下で間違いないないだろうかと美琴の頭は混乱する。
「ミコトのことを知ってる一人でもあるし、一応、一国の王だからな。耳に入れとかないと面倒なんだよ。拗ねるから」
一応とか、面倒とか拗ねるとか色々ツッコミを入れたい所が山ほどあるが、美琴はそれ所ではない。良くはわからないが、王に会うときに色々仕来りがあるはずだ。こっちの礼儀作法さえわからない美琴にとって不安しかない。
「どうしよう。緊張する」
「別に緊張する必要ないだろ。ミコトのことを知ってる王とイレーネと俺だけで会う予定だ。他は人払いするから問題ない」
「そういう問題じゃないんだけど」
いくら人払いをすると言っても、問題の王様が残ってるじゃないかと美琴は頭を抱える。いっそのこと王様も出て行って欲しい。
「お前が考えてるほど、仰々しいものじゃないから安心しろ」
「いやいや、だって王様でしょ? 王冠かぶってマント羽織った髭生やした人が王座に座ってるんでしょ!? 変なことしたら死罪とかって、何笑ってるの?」
美琴の頭の中は凝り固まったイメージの王が既に王座に座っていた。よく、物語で見る王様は威厳があって、気に食わないことがあると、すぐに処分したりしているイメージしかない。いや、偏見過ぎるかもしれないが。
そんな、美琴の話の途中からジルヴェスターは顔をそらし、笑いを堪えるように肩を震わせている。そんな、ジルヴェスターをジト目で見る。
「いや、似ても似つかなすぎてな。本当、誰だ、そいつ」
「王様なんだけど」
王以外の誰がいるんだと言うと耐えきれなくなったジルヴェスターは吹き出した。
「もう、そんなに笑うことじゃないじゃない!」
失礼だとムッとした顔をするとジルヴェスターは笑いながら謝って来た。
「悪い悪い。まぁ、明日楽しみにしてろよ」
「できないし」
未だ笑いが収まらないジルヴェスターは美琴の隣から立ち上がると、自分の机から書類を何枚か掴む。
「あっ、仕事するなら部屋に戻るよ?」
自分がいても邪魔だろうと、ソファから立ち上がるとジルヴェスターは首を横に振る。
「いや、良い。急ぎじゃないしな」
「でも」
書類を机に戻してしまったジルヴェスターに美琴は言い淀む。急ぎじゃなくても仕事には違いないだろうと思ったがジルヴェスターは気にしたようもなく指を鳴らす。
「心配することねぇよ。それより、俺が帰った後の向こうの話聞かせてくれないか?」
目の前に新しく出てきた紅茶と見たことのないお菓子に美琴は目を輝かせる。話、聞かせろよというジルヴェスターの言葉に美琴は喜んで口を開いた。
「寝たか……」
楽しそうに向こうのことを話していた美琴だったが、話疲れたのか気が付けば気持ちよさそうに隣で眠っていた。さすがに、執務室で眠らせるわけにもいかないかと思った瞬間、ジルヴェスターはあることを思いついた。
「イレーネ」
名を呼べばしばらくしてイレーネは礼をしながら現れる。まだ、仕事をしていたのか恰好はメイド姿のままだ。
「お呼びですか? あぁ、ミコト様眠られたのですね。お部屋にお連れしましょうか?」
「いや、それより頼みがある」
頼み? と首を傾げるイレーネにジルヴェスターは考えていたことを伝える。伝える途中、イレーネの表情が一瞬変わったらジルヴェスターは素知らぬ顔をした。
「別に構いませんが、ミコト様騒ぎませんか?」
「ここで寝たやつが悪いだろ?」
意地悪そうな顔をしてるジルヴェスターにイレーネは呆れた顔をする。しかし、ジルヴェスターに言われた案件をこなすために、一礼し去っていった。それを満足そうに見た後、ソファで眠っている美琴の額に唇を寄せる。
「明日が楽しみだな」




