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 三十分ほど後、もう一台の黒ワゴンが現れた。中からは室井、彼の妻、そして娘が降りてくる。娘は五、六歳くらいで、ひだの沢山付いたドレスを着ている。随分両親を慕っている様子で、左手は父親、右手は母親の手と繋ぎ、楽しげに店に入っていく。


 店内は狭く、テーブルは十もなかった。訪れるのはVIPばかりらしく、数人の黒服を見ても気にもしない。壁際に通された三人は席に着き、差し出されたメニューを開く。


 その時、店の裏手から爆発音が響いた。黒服の半数が様子を見に行くと、裏口に面した公園に生い茂っていた木が炎上している。加えて担当だった男の上着に火がついており、彼は悲鳴を上げながら路上を転げ回っていた。すぐに消し止めるが、男たちの服にも次々と火の手が上がる。


 一方、室井の動きは素早かった。異常を察した彼は怯える妻子を残したまま、黒服に囲まれて店の外に出る。そして既に回してあった黒ワゴンに乗り込んだが、それは他の黒服たちを乗せる間もなく急発進していた。


 室井は事態を察したように、大きくため息を吐きながらシートに背を倒す。


「やられた。一体何の――」


 言い終える前、彼は運転席から振り向いた目出し帽の男の拳を受け、失神した。


 室井を乗せたワゴン車は、山手線の高架下にある建築資材置き場に滑り込んでいく。運転席から降りた久我は目出し帽を脱ぎ、助手席の諸冨は後部座席の扉を開き、完全に気を失っている室井を引きずり下ろす。


 そしてパイプ椅子に座らされた室井は、目と両手両足を粘着テープでぐるぐる巻きにされていた。


「で、どうするんだ。マックスとかってヤツに引き渡すのか」


 未だに意識を戻さない室井を見下ろし言う諸冨に、久我は答えた。


「いや、それは出来ん。速攻で殺される」


「――何なんだ、その声は」


 一応相手は、法律を盾にして生き延びているインテリヤクザだ。これが予防局の暴挙だと知られるわけにはいかない。そこで久我はイルカに命じ、灰の中に微量のヘリウムを生成させていた。甲高い声に怪訝な目を向ける諸冨に、久我は苦笑いして見せる。


「日本最大の兵隊を持ってるヤクザに、わざわざ身元を知らせる事もないだろう。おまえはスニッカーズ、俺は――そうだな、バレって呼んでくれ」


 諸冨はこれ見よがしにため息を吐いた。


「それで? バレさんよ。どうしてこのクソ野郎が死んだら不味いんだ」


「オーケー、こいつを殺したとしよう。それからどうなる? 何が起きる? その出来事に責任を持てるのか?」


「くだらん。こんなクソ野郎が死んで困るやつなんて、同じクソ野郎だ」


「おい、これは俺の作戦だ。おまえはそれに乗った。見返りが欲しけりゃ、黙って従ってもらおう。殺しは、なしだ」


 不服な様子だったが、そもそも彼の目的は室井の命ではない。


「まぁいい。おまえのやり方を見物させてもらおう。どうするんだ」


「シンプルだ。ミカミについて知ってる全てを吐かせる。俺はそれをネタにマックスと取引をする。おまえは得た情報でもって、更にミカミを追う。何か問題は?」


「なさそうだな」


 諸冨は周囲を見渡し、雨水が溜まっているバケツを見とがめると、その中身を室井にぶちまけた。


 すぐに彼は身を震わせ、腐った水を吐き出しながら言葉にならない声を発する。だがすぐに、自分の置かれている状況は理解したらしい。自由にならない手足に身もだえしながら、目の前にいるだろう何者かに言う。


「無駄だ。こんなことをしても、何も出てこないぞ」


「そうか? 色々出てくるんじゃないか? 血とか、内臓とか」


 怖がらせようとしたつもりだったが、甲高い奇妙な声は室井を当惑させただけだった。口を半開きにして硬直する彼を見て、諸冨はため息を吐きつつ久我を下がらせた。


「あんたは黙ってろ」そして手のひらに小さな炎を灯すと、それを室井の顔に近づけていく。「ミカミインダストリー。知ってるだろう? おまえらとミカミは、どういう関係だ」


 不意な熱を感じた室井は身を引こうとしつつも、落ち着いた声を出した。


「そんな会社は知らない」


「なら、秦という男は? 白髪の老人だ」


「白髪男なら沢山知ってる。うちの会社も高齢化が激しくて――」


 室井の言葉尻は、強烈な悲鳴で途切れた。諸冨の炎は室井の顔を焼き、一瞬髪の毛が燃え上がる。久我は慌ててバケツに残っていた水をかけると、呻く室井から諸冨を引き離し、言った。


「おい、殺しはなしだと言ったろう!」


「ヒトは案外、簡単には死なないもんだぜ?」


 平然と答える諸冨を暗がりの方に押しのけ、室井を問い詰める新たな言葉を探そうとした時だった。焼け焦げた髪から滴を落としている室井は、喘ぎながらも反骨の笑い声を上げていた。


「あぁ、そうか。マックスの手下か。なるほどなるほど。あんたら、あのババァからお涙頂戴の話を聞かされてるんだろうが、全部嘘っぱちだぞ? あんなサイコパスのメンヘラーなんかさっさと見切って、ウチに来ないか? 経験者の中途採用は大歓迎だぞ?」


「――何か嘘だっていうんだ。あんたがマックスの親父さんを殺したんだろ」


 尋ねた久我に、室井は苦い笑みを深めつつ言った。


「くだらん。いつも言ってるが、俺が印南さんを殺して何のメリットがあったっていうんだ。あの人が死んだおかげで組が分裂し、最上は一時潰れかけた」


「だが、あんたがそれを掌握した」


「計画だったとでも言うのか? 馬鹿な。私が勝ち残ったのは、ただの偶然だ。あんな混乱、誰が望む。見ててわかるだろう? 私は基本的に守りの人間だ。守り、十分な力が蓄えられてからでないと手は出さない」


 確かに、それが室井による最上組の運営だった。異物に手を出したのも最近だし、予防局への攻撃にしてもあらゆる証拠があるというのに尻尾を掴めない。


「じゃあ、一体何があったっていうんだ。どうしてマックスはおまえを追う」


「彼女は私を、悪人にしたがってるのさ」


「何を勝手なことを!」


 場になかった声が響き、久我は振り向いた。ダンプカーの奥から二つの人影が現れる。わざわざ改めるまでもない、マックスと赤星なのは間違いなかった。


 ヘッドライトが作り出す明かりの輪に足を踏み入れたマックスは、数時間前に見た時よりも更に疲労しているように見えた。歩くのもやっとという様子で室井の前に歩み寄ると、その口元に苦い笑みを浮かべている顔を見下ろす。


 次の所作は唐突だった。少し身を引いたかと思うと、右膝を室井の顔にめり込ませる。骨と骨がぶつかる鈍い音に続けて、室井の悲鳴が響く。


「おい、止せ!」


 すぐに二人の間に割り込んだ久我を、マックスは虚ろな瞳で眺めた。


「いやいや、何とかしてくれとは言ったけど、まさかここまでの仕事は期待していなかった。ありがとう」


「待てよ。おまえに渡すなんて一言も言ってないぞ。だいたいどうやってここに」


「知ってるだろ? あなたの行動は常に追っている。もういいじゃないか」そしてスーツの内ポケットを探ると、緩衝材に包まれた小さな塊を久我に投げ渡した。「ほら、これがお望みの代物だ。取引は完了。だからもう、帰ってくれ」


 彼女から目を離さないようにしつつ、包みを解く。中からは二つのビー玉が現れた。以前柚木に言われていた通り、それを右手のレンズに近づける。多目的型はマーブルを使役することは出来なかったが、確かに磁力のような引力を感じた。今度は嘘偽りなく、本物を寄越したらしい。


 しかし帰れと言われても、この状況は見過ごせない。


「いいや、まだだ。下がれ」


 言った久我に、彼女は大きなため息を吐いた。


「どうしてだ。あなたにはもう、何の関係もないだろう。だいたいこいつはPSIと組んで、あなたを殺そうとしたんだぞ? 久我さん」


「あーっ!」


 叫んだが、手遅れなのは目に見えていた。鼻血を出しながら喘いでいた室井は状況を察して顔を上げ、壁際で腕を組み状況を見守っていた諸冨は楽しそうに笑う。


 そしてマックスもまた、シナリオを理解して薄く笑った。


「あぁ、そういうことか。いくら予防局とはいえ、表向きは民間人な彼を浚うなんて、思い切ったことをしたものだと思ったが。じゃあつまり久我さん、これであなたにも、こいつを殺さなきゃならない理由が出来たってことだ」


「いや、いやいや」久我は諦め、脳内でイルカに命じてヘリウムの生成を止めさせた。「重要なのはこいつじゃない。最上でもない。裏で糸を引いているやつだ。ミカミインダストリー。知ってるか?」軽く首を傾げるマックスに続ける。「そいつらが最上に、レリックと呼ばれてる異物を渡した。目的は? あんたらの組織を争わせて、その性能を確かめるためだ。いいのか? そんな得体の知れん連中の手駒にされて、相争って。あんたは他人に利用される、嘘を吐かれるのは大嫌いだったろう?」


「嫌いだが、こいつはもっと嫌いだ。こいつを殺すためなら、喜んで利用されよう」


 唐突に室井が笑い声を上げた。それから咳き込んで口から血の塊を吐き捨てると、肩を揺らしながら言う。


「沙織お嬢さん、勘弁してくれ。私があなたに何をしたって言うんだ。私とあなたのお父さんは、最善の道を探っていただけだ」


「最善の? 最善の道? 誰にとってだ! あんたと、あの人と、最上の腐った連中のためだろう! そこに私の意志はあったのか?」


「相変わらず子供じみたことをいう。あなただって十分な利益を得ていたはずだ。働きもせず、タワーマンションのペントハウスに住んで、道楽で商売をして、好きな物を好きなだけ手に入れて――それが全て無償のものだとは、思っていなかったはず――」


「もういい! 赤星!」


 右袖をまくりながら歩み出てくる赤星。久我はすぐに彼の前に立ち塞がったが、突然、何かが起きた。


 目眩がして、足下がふらつく。次に頭に何かが叩きつけられたような衝撃を感じ、立っていられなくなった。膝を突くと、その痛みがそのまま頭に何倍にもなって響いてくる。喘ぎ声を発したはずだが、それは甲高い高周波の耳鳴りに掻き消される。


 一体何が起きたのかわからないまま、辛うじて顔を上げる。その場にいる全員が、似たような感覚を味わっているようだった。マックスは両手で頭を抱え、赤星は地面に嘔吐し、諸冨は喉を掻きむしっている。


 平然としているのは室井だけだった。彼の手のひらには、黒い結晶体が現れていた。


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