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第九話 機能

 破壊音を聞きつけて現れた野次馬、そしてタイヤを軋ませながら近づいてくる警察車両に、久我はようやく意識を取り戻し始めた。


「イルカ」呟き、そして久我は駆け出した。「イルカ!」


『なに?』


 現れて一緒に脇を駆ける彼女に、久我は叫んだ。


「オマエに救急医療機能とかあるのか!」


『あるよ? 云ったでしょ、多目的だって。アンタたちの身体の構造は把握してるから、ジェヨ・セル・アイレラとか一時的なフロゼン・イパモクとか色々』


「何だかわからんが、とにかく用意しろ!」


 車両の側面は完全に歪み、ガラスが粉々になっていた。後部座席に残るもう一人の運び屋は、完全に気を失って座席に崩れ落ちている。


 そして、前の座席。エアバッグが開き、京香も涼夏も項垂れている。奥の涼夏は小さくうめき声を上げていたが、手前の京香は、ピクリともしない。


「京香!」


 僅かに覗く細い首は、酷く青白い。


 そして気がついた。歪んだ扉から突き出た金属が、深々と、彼女の脇腹に突き刺さっていたのだ。


 溢れ出る血で、助手席が赤黒く濡れている。久我は完全に混乱し、ただただ叫びながら、歪んだ扉を引き剥がそうとする。


「京香! おい、京香!」


『パニック。ノルアドレナリン値が高いなぁ。対処しちゃっていい?』


 脇から、何事もない風な京香が云う。

 いや、イルカだ。クソッ! そうだ、こんな時こそ、冷静にならなければ。


「なんでもいい、落ち着かせろ!」


『あいよ』


 僅かな頭痛。それを感じた瞬間、それまでの自分が驚くほど視界が狭まっていたことに気がついた。心臓の鼓動は緩やかになり、久我は軽く息を詰め、状況を改めた。


 そうだ。助手席は歪んで、開きようがない。更にはその一部が京香に突き刺さってる。かなり深い。このままだと失血死する。


「イルカ」久我はカラカラに乾いた唇を舐め、云った。「この娘の、この傷が見えるか。オマエの機能で、何か対処できるか」


『私を彼女に近づけてくれる?』


 云われ、久我は包帯に巻かれた右手を京香に向ける。途端、僅かな高周波が響き、包帯の下のレンズが青く光を発した。そして奇妙な感覚が久我を襲う。そう、京香の身体の構造が、まるで手に取るように頭の中に流れ込んでくるのだ。


 だが、その状態は悲惨としかいいようがなかった。金属片は二十センチ以上も突き刺さり、様々な臓器を傷つけている。


『なるほど』イルカは云って、小さく唸った。『対処できるよ。この邪魔な金属も取り除かなきゃ』


「だが、こういう状態の場合、下手に引き抜いたら。出血を加速させる」


『わかってるよ。だから先に、傷口にプルリポテント・ユィオセルとアンチシロムボティック・オルワンロゥを注入する。そうすれば』


「待て待て! またワケわからん言葉が出てる!」


 イルカは僅かに口ごもり、軽く首を傾げつつ顎に人差し指を当てた。


『じゃあ、こう云えばわかる? この娘の傷に、万能細胞ジェルを詰め込む。そうすれば傷口は塞がるし、次第に臓器も元通りになる。まぁ他にも色々一緒に入れなきゃいけないけど、そこは任せてもらって大丈夫』


「万能細胞ジェル? SFだ」狼狽えながら云う久我。「とにかく、わかってるんだろうな? この娘を死なせないのが目的なんだぞ?」


『わかってるって。だいぶこの世界の雰囲気も掴めてきたからさ。もう最初みたいな失敗はしないって』


 まるで緊迫感もなく、楽しげに云うイルカ。久我は小さく舌打ちをしつつ、京香の首筋に手を当てた。


「まぁいい。やってくれ」


『オーケー。やってみましょ? 包帯とって、私を傷口に近づけて。そう、そんな感じ。ちょっとアンタの組織を一杯使っちゃうから、貧血気味になるけど我慢してね?』


 僅かに、〈異物〉が震えた。そしてレンズの周囲の金属が、右に、左に、まるで古いリレー装置のように回転する。小さな頭痛。加えて献血で血を抜かれる時のような寒気を感じ、レンズからは生暖かく赤黒いジェルが溢れ出てきた。


 ポトリ、ポトリと。そしてドロドロと流れ落ちるジェルは、まるで自ら意思を持っているかのように、不自然な動きで傷口に流れ込んでいく。


「おい、何だこりゃぁ。どうなってんだ」


『大丈夫。もう少し』そして間もなく、ジェルの流れは止まった。『よし、いいよ。あとはプラズマで扉を焼いちゃって?』


「そんなことして、京香は燃えちまわないのか?」


『大丈夫。完璧に磁気制御するからさ。さ、あんまり時間経っちゃうと万能細胞ジェルが変な形で固まっちゃうから、早く早く!』


 久我は僅かに車から身を離し、歪んだ扉を見つめる。

 そこでふと、視線を感じた。


 柚木。彼は百メートルほど離れた車の中から、丸い瞳を大きく見開き、久我を凝視していた。


 加えて数人の野次馬。


「イルカ。煙幕は張れるか?」


 唇を舐めながら云った久我に、彼女は応じた。


『そうだなぁ。アンタの水分を使って蒸気煙幕。若しくはそれを使って光を乱反射させて光学迷彩とか』


「いや。オレが扉を焼灼する(焼いて消滅させる)のを見られたくない」


 うぅん、とイルカは唸った。


『そういうピンポイントなのはねぇ』そこで、あっ、と彼女は叫んだ。『あぁ、その手があるね。アンタ意外と賢いじゃん』


 閃いた久我。その意識をイルカは拾ったのだろう。


「じゃあ、行けるんだな?」


『いけるいける。それで行こう』


 歪んだ扉。そして京香の身体に突き刺さった金属の形を意識し、レンズを向ける。途端、ほんの一瞬、目の前が青白く。そして真っ白に輝いた。僅かな熱を感じる。だがすぐそれも夜の空気に拡散していき、久我は全身が露わになった京香を助手席から引っ張り出した。


 傷口は、完璧に赤黒いジェルで埋まっている。レンズを向け、身体の状態を確かめた。悪くない。未だ危険な状態なのには変わりなかったが、早くもジェルは傷ついた血管や内臓に分化しつつあり、輸血さえすればすぐに回復するだろう。


 柚木が手配していたのだろう、救急車、そして警察の車両が近づいてくる。久我は京香の細い身体を慎重に横たえ、一応、忌々しくはあったが、涼夏の身体も確かめる。こちらは異常ない。気を失っているだけだ。


 久我は踵を返し、未だに口を中途半端に開け放っている柚木の元に戻る。後部座席に乗り込み、云うべき言葉を探している風な柚木に、久我はすぐ、右手を向けた。


 右に回転。そして左に回転。


 ふっ、と柚木は一瞬、頭痛を感じたように表情を歪める。同じように運転手にも、右手を向ける。そして二人が頭を振り、顔を上げた時には、彼らのこの二分間は、消え去っていた。


「久我くん」当惑したように、柚木は云った。「どうなってる」


「どう?」イルカの云った通りだ、酷く頭がクラクラする。それを堪えつつ、久我は応じた。「知りませんよ。何なんです、あの海坊主は」


 口を噤む柚木。


「それより、キミの娘さんと奥さんは。無事か」


「気を失っているだけです。それと、元、です。元」


 ようやく腰を上げて車外に出て、集まってきた警察や救急に足を引き摺りながら歩み寄り、事情を説明し始める柚木。久我は酷い身体の重さに、後部座席に身を沈めたまま、身動きできなくなっていた。


『云ったでしょ? 物質を使う系はさ、結局アンタの身体の成分を使わなきゃならないから。はやめに何か補給して?』


 車外に現れ、窓から覗き込みつつ云うイルカ。

 さっきまで死にかけ、顔を青白くしていたオレの娘。

 それと全く同じ姿の存在に云われ、久我は不意に、酷く困惑した。

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