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「関係、あるだろ」呆れた様子でマックスに見つめられ、久我は必死に言葉を探った。「ある日、予測出来ていなかったエグゾアが発生する。その場所がオマエのアジトだったら? じゃなきゃ親しい人物が巻き込まれたりしたら? それでえも無関係だと言えるのか」
「そもそも私はエグゾアなんて、年間数千億円もかけて予測するような<災害>だと思っていない。あれは<事故>だ。人類がどれだけ進歩しても防ぎようのない、偶発的な事故だよ。確率的にはその程度の代物だ」
「随分な事を言うな。そもそもオマエは、仁義をなくし堕落したヤクザから、この街を取り戻すってのを大義名分にしていたんじゃなかったか? 同じ話だろう。カタギを守る。違うか? それともそれは、やっぱりただの看板だったのか? 実際は親父さんの復讐が目的なだけで――」
そこでマックスは眉間に皺を寄せ、厳しい表情で遮った。
「久我さん、他人の問題にあまり口を突っ込むべきじゃない」
「散々利用しておいてよく言う。今だって天羽やPSIと手切れをしたもんだから、俺たちの内情がわからなくなって困ってる。それで俺の住処を見張ってた。違うか?」
初めて彼女の上に立てたような気がする。赤星は狼狽したようにマックスへ視線を投げ、彼女は口を真一文字に結んで黙り込む。久我が笑みを浮かべるのを見て、ようやく苛立った声を上げた。
「何が言いたい」
「俺の言いたいことは、こうだ。ヤクザ同士の抗争なんて知ったことか。好きにしろ。公安にも話を通してやる。しかし民間人を巻き込むような事は絶対にするな」
「その黙認の代わりにマーブルを渡せと? 不十分だ」
「じゃあ何が欲しい。言ってみろ」
マックスは数秒、久我の真意を探るように見つめてくる。<シャード>と呼ばれる異物の一種に寄生された彼女の瞳は、現実世界を見る能力を相当失っているらしい。しかし一方で、<現実ならざる何か>を見る能力を得ているという。その<何か>が何なのか彼女自身もわかっていない様子だったが、そこには久我の内面を見通す鍵もあるのだろうか。まるで脳の中まで探ろうとするかのようなマックスの視線に耐えていると、ようやく彼女は視線を緩め、口元に微笑を浮かべながら言った。
「情報戦型のドライバーは特異だ。今は情報化社会。もし私たちが情報戦型のドライバーを確保出来れば、強力な戦力になる。そして情報戦型にとっては、マーブルの数こそが力だ」
「そんなことはわかってる」
「ならば、『知ったことか』なんて適当な事を言って貰っては困る。私たちにとって重要な資源を渡せというのは、私たちの問題に積極的に関わる意志が必要だ。それが久我さん、あなたたちに出来るのか?」
正論だ。そして彼女の言うとおりヤクザ同士の抗争になんて関わりたくないし、政府組織としてどちらかの片棒を担ぐような事も許されると思えない。
だが、そんなことを言っている場合か?
久我は自問し、慎重に尋ねた。情報戦型の話を出したということは、彼女の望みはこれ以外にない。
「最上の何が知りたい」笑うマックスに、久我は付け足した。「内容次第だが、柚木に調べさせてもいい。しかし確約は出来ない。何しろ柚木はあぁいうヤツだし――」
「いいや、柚木さんの力は必要ないと思うな。私の要求は簡単。久我さん、あなたに室井に会ってもらいたいんだ」
室井、と久我は反駁する。最上組の現会長で、マックスの父親を追放だか暗殺だかした張本人だと聞いている。
「よくわからんが。会って何をしろって?」
「会えばわかる。私たちが何を求めているかもね」
困惑する久我を余所に、マックスは赤星を促して立ち去ろうとする。
相変わらず謎めかすのが好きなヤツだ、と苛立ちつつ、久我は彼女を呼び止めた。
「待てよ! 会うって言ったって、ヤクザの親分とそう簡単に会えるはずもないだろう。あんたと同じく、居場所は極秘じゃないのか?」
「逆だよ。向こうは表向き、暴力団対策法を遵守している。公的機関が望めば面会は可能だ」
「ひょっとしてそれが狙いか? 自分らじゃあ居所を掴めないから、俺を出汁におびき寄せて暗殺しようと? 悪いがそんなのに乗るわけには――」
「それも考えたんだがね。現状では実現不可能だ。その理由も彼に会ってもらえればわかるよ」
そしてマックスと赤星は裏路地を出て行こうとしたが、ふと立ち止まって振り向いた。
「しかし疑問なんだがね久我さん。どうして私たちなんだ。予測システムは国際プロジェクトだろう。他国の異物関連機関に当たればいいんじゃないのか? 例えばアメリカとか。彼らならばマーブル、あるいはレッドの一つや二つ、手にしているだろう。違うか?」
そうだ。そこに考えが及ばないとは、俺も阿呆だ。
久我は思いつつも、その狼狽を悟られないよう、即座に答えた。
「国際政治ってのは複雑でな」
「確かに。まぁともかく、室井のことはよろしく頼むよ」
そしてマックスは踵を返し、雑踏の中に紛れていく。
久我は言い様もない疲労を感じてしばらく立ち尽くしていたが、次第にその正体がわかってきた。
丁度考えていた所だった。他人に何かを求めるということは、その人物の抱えている問題をも一緒に背負い込むことになるのだと。
「勘弁してくれ」
久我は呟きつつ、顔を拭った。京香の寿命。予測システムの危機。異物の謎を追う胡散臭い連中。自分のことだけでも手一杯だというのに、他人の面倒まで見ていられない。ヤクザの内部抗争など、その最たる物だった。




