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第十三話 赤と青

 スニッカーズは続き部屋の扉から外に出て、廊下を逃げていた。だが相当に消耗しているようで、すぐに追いつく。久我が見つけた時、彼は壁に保たれ、心臓の辺りを押さえつつ喘いでいた。


「毎度!」


 呼びかけた久我に、スニッカーズは振り向く。意識が朦朧としているようだ。目を細め、虚ろに見つめてくる。


「ったく、しつこい。また予防局か」彼は嗄れた声で呟き、両足をふらつかせつつ振り向いた。「何なんだ。予防局はいつからレリックの存在を知っていたんだ? その右手は〈青〉か? 青はプラズマ? クソッ、最悪だ」


 どうして予防局と知っている? どうしてこちらの動きを先回り出来た?


 その二つの疑問が揃うことで、ようやく久我は答えにたどり着いていた。


「マリモに盗聴器か」今更愚痴っても仕方がない。「とにかく、落ち着け。おれたちはミカミって会社が何か胡散臭い事をしているのに気づいて、追っていた。おまえは諸冨だな? おまえは連中に人体実験されていた。それで連中を恨み、復讐しようとしてる。だろう? なら、オレたちは敵じゃない。投降しろ。悪いようにはしない」


「悪いようには?」


 唐突に、スニッカーズは肩を震わせ始めた。そして最後には堪えきれなくなったように笑い出す。


「冗談じゃない。遅い、遅すぎるよ。おまえたちがオレに何をしてくれた? オレが地獄の苦しみを味わっている間、おまえたちは何をしていたんだ? その当事者に対して、〈あなたは最高の科学者だ! ノーベル賞をどうぞ!〉」吐き捨て、淀んだ目を伏せる。「どうせ予防局だって、レリックを使って胡散臭い事をやってるんだろ。知ってるぞ? 予防局の前局長は、須藤博士の弟弟子だってな。きっと最初からグルだったんだろ。手に負えなくなって抹殺しにきた。ま、オレみたいな普通の人間は、消費されるだけの世界だ。痛めつけられ、金をむしり取られて、最後は灰になるだけ。何もかも、腐ってる」


「手遅れだったのは申し訳ないが。これ以上暴れてどうする。次は誰だ? ミカミも襲うつもりか?」


「あぁ。それが当然の報いだ」そしてスニッカーズは、右手を突き出した。「邪魔をするなら、おまえらも潰す」


「待て。おまえは急激な脂肪の消耗で、多臓器不全を起こしかけている。今、更に力を使ったら、死ぬぞ」


「それならそれで、いい」


 ごう、という炎の音が聞こえた。すぐに盾で防いだが、これでは前回の繰り返しだ。こう炎に襲われ続けていたら、反撃の手段がない。それはこのまま耐えていれば、スニッカーズはすぐに燃料切れを起こしてしまうだろう。だがそれは彼の死を意味する。何としてでも避けたい。


 彼はただの被害者だ。それは何人か殺しはしたが、相手は悪辣な人体実験を主導した博士と、殺しもいとわないエージェント連中だ。十分に情状酌量出来るし、第一このまま死なせてしまうのは可哀想すぎる。


 すぐ、何かしなければ。


 だが幾ら考えても閃かない。スプリンクラーを待機させてはいたが、こんな状況で作動させれば水蒸気爆発を起こす恐れもある。それは避けたい。


 どうする? 何か手は――


 正面からの熱をこらえ必死に考えていた時、唐突に背後から冷ややかな空気が襲ってきた。身震いし振り向こうとした瞬間、炎とは別の意味で焼けるような痛みが両脇を走っていく。


 霜、氷か?


 気づいた時には、更なる異変が起きていた。左右を走って行った霜の線は、久我の目の前で盛り上がり、あっという間にクリスタルのような壁になる。氷の壁だ。炎はそれを必死に溶かそうとしたが、溶ける側から厚くなっていく。ついに久我はスニッカーズと、三十センチほどもあろうかという半透明な壁で遮られることになった。


 二人は呆然としてプラズマと炎を納め、久我の背後で両手を床についている人物に目を向ける。


 今村塔子だ。彼女は凍えるような寒さに白い息を弾ませていて、床についた両手からは氷の線が出来上がっている。


「一体――」


 久我が呟いた時、彼女は半ば凍り付いた両手を無理に床から引き剥がし、壁の向こうの諸冨に目を向けた。


 互いに何を言っていいのか、わからない様子だった。続く沈黙に久我が口を開こうとした時、諸冨は踵を返していた。ふらつきながら行き当たりまで向かうと、左手に折れていく。


 久我は我に返り、インナーイヤホンを叩いた。


「ロウ、ヤツが逃げる。もうヨロヨロだ。四方から盾で押さえ込め。それで行ける」


 指示を出しつつ、少しでも追おうと氷壁にプラズマで穴をあける。だがスニッカーズが向かったのは階段ではなかった。行き当たりの窓を開くと、両足を乗せて飛び降りる。


 追ってきた今村が息を引きつらせる。


 まさか追い詰められて自殺を、と思ったが、それは違った。久我が窓に駆け寄ると、スニッカーズは中空で右手の炎を爆発させ、その反動で浮かび上がり、隣のビルの屋上へと飛び移っていた。


 これでは、追えない。


 舌打ちする久我に対し、今村は安堵の息を吐く。彼女の右手には、青い結晶体が輝いていた。

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