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第十二話 三つ巴

 随分忙しい一日だ。千葉から横須賀、そして今度は高崎だ。高速を降りる頃には日も暮れかけていて、急激に冷えてきた外気に身震いする。


『ちょっと待って? つまりあの幕張を襲った人が、諸冨さんだって言うの?』


 道すがら推理を口にしていた久我に、今村はヘッドセット越しに尋ねてきた。久我はハンドルに据え付けたカーナビ代わりの携帯を操作し、進路を確認しつつ応じる。


「あくまで推理だ。だが可能性は高いと思う。どうだ?」


『それは、言われてみれば、諸冨さんと同じくらいの背丈ではあったような気もするけど――でも、こういったら何だけど、諸冨さんは凄い太ってるのよ? 百キロじゃきかないくらい。でもあの人は凄いガリガリで――』


「それもヒントの一つだった。この界隈ではありがちでな」


『ありがち? おデブさんが急に痩せるってのが?』


「まぁな。前にもあった。キミらの研究で発見しただろうレリックには、どうやら重力が関わっているらしい。すると恐らく異物の一種だ。異物ってのは強力な力を発揮する代物だが、魔法じゃあない。エネルギー保存則には従ってるんだ。ヤツの炎を浴びたとき、オレは独特な臭いを感じた。あまり思い出したくないが、覚えがあった。人間の脂肪が溶けた時の臭いだよ。つまり諸冨の場合、自身の脂肪を気化させ、燃焼剤にするんだろう。だから力を使えば使うほど、痩せちまうってわけだ。しかし今じゃそれでも足りなくなって、スニッカーズが主食になってる。でないと保たないんだろう」


『でも、どうして須藤さんを。それにあちこち放火して――』


「恐らく彼は実験台にされたんだろう。その恨みとかな。あるいはプロジェクトの正体に気がついて、止めなきゃならないと考えているとか」


『プロジェクトの正体? それって? レリックを発掘して、それで何をどうしようって?』


「さぁな。だがケイマン諸島の企業が出資してるんだ。ろくな事じゃないのは確かだ」


 急に色々話したせいで、混乱しているのだろう。しばらく彼女は沈黙したまま久我の隣を走っていたが、ようやく彼女持ち前の探究心が復活したらしい。これまでとは別の視点での問いを発した。


『参ったわ。異物に、ウェアラブル・デバイスに、超能力? 何か凄い機密っぽい話をペラペラと話してくれちゃうけど、平気なの? 何か段々、怖くなってきたけど』


 いざとなったら、そのウェアラブル・デバイスの力で記憶を消すだけだ。


 そう考えて久我は包み隠さず話していたが、さすがにこればかりは明かせない。


「平気さ。どうせ誰も信じない。書きたきゃツイッターに書いてもいいぜ?」


 ようやく彼女は笑い声を上げた。


『確かにね。ずっとエグゾア教の連中が、エグゾアには神秘的な何かがどうとか言ってるけど。誰も信じてなかった』


「神秘はない。科学的に説明がつく、はずだ。全てはわかってないがな」


 そこでヘッドセットに着信があって、久我は携帯を叩く。


『スニッカーズです!』


 唐突に蝋山に叫ばれ、前を走るトラックに追突しそうになった。


「何だ、どうした、落ち着け」


『いえ、でも、スニッカーズが現れてホテルに入っていって。どうします』


「先を越された? 何でだ!」愚痴りつつ、画面を切り替えて地図に戻す。「すぐに着く。オマエらは出入り口を全て固めろ」


 とにかく久我はアクセルを開け、数分でホテル前にたどり着く。フル装備の蝋山が駆け寄ってきて、入り口を指し示した。既にそこは保安部の人員で封鎖されている。炎対策に全員がジュラルミンの盾を持ち、従業員の避難も開始させていた。


「裏口も封鎖済みです。とりあえず、そこまでは手配しましたが」


「上出来だ」ヘルメットを脱ぎ、当惑した様子で眺めている今村に指を向ける。「状況が変わった。ここを動くな。ロウ、彼女を保安部の車両に」


「待って。諸冨さんが来てるの? なら私も。説得できるかもしれないし」


「ヤツはもう、キミの知ってる優しい同僚じゃあない。もう何人も殺してる。いいから指示に従うんだ」


 蝋山に促され、彼女は保安部の装甲バスに向かう。グローブを外し念のための防護ベストを着込んでいた久我に、蝋山が駆け戻ってきた。


「新川は1502号室。十五階です。消火設備は手動に切り替え済み。部下に指示すればスプリンクラーを発動させられます」


「偉い。待機させろ」一緒に防護服を着込み始めた蝋山に、久我は目を向けた。「オマエはいい」


「いや、しかし」


「大丈夫だ。オマエはホテルの監視カメラを受け持て。スニッカーズの居場所を見つけてナビしろ」


 了解、と応じる声が弱かった。


 しかし今は、そんなことを気にしている場合じゃあない。すぐにホテルに駆け込むと、エレベータのボタンを叩いた。それほど大きくはないが、一応宴会場もあるホテルだ。宿泊客の大半は外出しているが、それでも十数人が中に残っているという。下手に避難を指示するわけにもいかず、慎重に動かなければ余計な被害が出かねない。エレベータを待ちつつ脇に掲げられている館内案内図面を頭にたたき込んでいると、蝋山からの通信が入った。


『いました』


「何処だ。何階だ」


『いや、これは――何が起きてる』


 複数の破裂音がして、久我は辺りを見渡した。かなり小さな音だが、間違いない。銃声だ。


「どうしたロウ、何が起きてる」


 久我が言った途端、ホテル中の照明が消えた。闇の中に灯るのは非常口への誘導サインだけで、エレベータも停止してしまった。


『やられた。久我さん、スニッカーズは地下駐車場にいました。恐らく配電室を焼いたんでしょう。監視カメラも使えません』


「さっきの銃声は何だ」


『スニッカーズが襲われていました。相手は黒服の二人組。きっと今頃、灰になっています』


「クソッ、面倒な事になった。状況からしてミカミの連中だろう。おい、スプリンクラーはまだ生きてるか?」


『恐らく』


「待機だ。用心しろよ、ミカミがそこに向かうかもしれん」


 久我はマグライトを灯し、階段室に急いだ。


 館内案内によると、階段は東西二カ所ある。中に入って耳を澄ましてみたが、足音は聞こえない。きっとスニッカーズは逆側の階段室だろう。


 負けるわけにはいかない。久我は全力で階段を駆け上がったが、六階で限界になる。喘ぎながら踊り場で息を整えていると、不意に扉が開いて黒服の男が現れた。


 耳にはイヤホン。ミカミの人間だ。


 相手も部外者の登場を想定していなかったのだろう。一瞬互いに見つめ合うが、彼らの組織は話し合いとか誤魔化しというテクニックを使わないらしい。すぐに拳を振り上げて殴りかかってくる。


 久我は拳をかわし、マグライトで頭を殴りつける。それでも向かってくる相手の腕を捉え、久我は愚痴りつつ階段室から押し出した。


「こっちは軽々しく焼き殺すわけにはいかないんでな!」


 床に倒れ込んだ男は拳銃を向けてきたが、その目の前で扉を閉じ、鍵をかけ、プラズマでノブを溶解させる。


 数発弾丸が撃ち込まれる音がしたが、破られる心配はなさそうだった。一息吐いてから二階、三階と上っていったが、次第に速度は鈍っていく。なんとか十五階まで達したときは、足がパンパンになっていた。


 それでも、休んでいる余裕はない。扉を開いて廊下に出る。駆け出したいのを堪え、慎重に辺りを窺いながら足を進める。そして角を曲がった瞬間、二発の銃声が響いてきた。


 近い。


 久我は躊躇するのを止め、プラズマの盾を正面に展開させつつ駆けた。更に次の角を曲がった時、炎が燃え上がる恐ろしい音と同時に、橙色の明かりが顔にさした。問題の1502号室の扉が開け放たれ、炎と黒煙が吹き出してくる。


「遅かったか」


 呟くのと同時に、複数の悲鳴が響いてきた。部屋の中から、火だるまになた男が転がり出てくる。どう見ても手の施しようがなかった。すぐに男は動かなくなり、嫌な臭いが漂ってくる。


 久我は燻る死体をまたぎ、室内を覗き込む。


 八畳ほどの洋室の中央に、男が大の字になって倒れていた。頭がはげ上がり、黒縁の眼鏡絵をした中年。新川だ。彼は灰色のスーツ姿だったが、胸元が真っ赤に濡れている。


 傍らにはもう一つ、燻る死体があった。それに片手を向けて立ち尽くす男も。


「スニッカーズ」


 呟いた久我に、一瞬だけ顔を向ける。彼は新宿で出くわした時より、更に痩せているようだった。力の利用に対し、脂肪の補給が追いついていないのだろう。頬はこげ、鎖骨は浮き出て、骨と皮だけのような姿になっている。急激な脂肪の消耗で、身体に無理が出ているようだ。顔色は青白く、玉のような汗を浮かべ、喘いでいる。


 その彼は久我を認めると、脇腹を押さえ、片足を引きずりながら奥の扉へと逃げていった。


 追おうとしたが、新川の口から漏れたうめき声に引き留められた。すぐに屈み込み、脈と傷を確かめる。きっとミカミのエージェントが彼を撃った直後にスニッカーズが現れ、彼がエージェントを片付けていた間に久我が来たという具合だろう。新川に火を浴びせられた形跡はなかったが、銃弾が肺と心臓の近くを貫いている。すぐに万能細胞ジェルを流し込み始めたが、場所が場所だけに、臓器が修復されるまで保つかわからない。


「おい、しっかりしろ」


 声をかけた時、新川は瞳を薄く開いた。そして震える手で久我の腕を掴むと、視線をベッドの上の鞄に向けた。


「何だ? 何がある?」


 既に声を出すほどの力も残っていない様子だった。とにかく鞄を開いて中身をぶちまけると、それらしい物が見つかる。記憶スティックだ。


「これか? ミカミが探していたっていう」


 呟きつつ振り向いたが、新川は既に事切れていた。


 まったく、今回は何もかも後手後手だ。


 久我は舌打ちしつつ、スティックをポケットに収めてスニッカーズの後を追った。

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