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第九話 発掘

「それからは」今村は恐怖を思い出したかのように、唇を震わせながら続けた。「とにかく状況がわかるまで隠れていた方がいいと新川さんに言われて、都内のホテルにいて。私は警察に行くべきだと言ったんだけど――それは絶対に駄目だって」


「理由は何か、言っていたか?」


 尋ねた久我に、彼女は頭を振った。


「無理。教えてくれない。それでもせめて諸冨さんがどうなったかは調べたいって散々言ったら、ようやく折れてくれて。ここの場所を教えてくれたの」


 なるほど、と思いつつ、久我は調査部が捜査を続ける倉庫を眺めた。今村塔子の事は軽々しく信じられないが、キャブコンの椅子に座って小刻みに震える様子、所々必死に思い出そうと頭を巡らせる様子など、今のところ嘘らしい所はない。内容的にも、久我たちが掴んでいた物を補完している。


 恐らく須藤博士はミカミインダストリーという謎の会社と手を組んで、何事かの研究を続けていた。ところがそこに、スニッカーズが現れた。彼は須藤を焼殺する。ミカミはそれで極秘研究が明るみに出るのを恐れたのだろう。四人のメンバー全員の抹殺を図った。ところが幕張の施設はスニッカーズに襲われ、新川と今村は辛うじて逃げ延びる。諸冨の行方は定かではないが、由利はあの通り、始末された。


 ミカミはきっと、この施設の監視を続けていたのだろう。状況を探りに来た今村に気づき殺そうとしたが、たまたま居合わせた久我に邪魔をされた。


 そんな具合だろう。


 だがわからないことが、まだあった。


「オタクの話だと、ミカミとの間に何かトラブルを抱えている風だったらしいが。何かわからないか」


「さぁ。全然。でもそういえば、テレビ会議の風景が、ここの試験室と似ていた」


「あの手術台みたいなのがあった、あそこか?」


「そう」


「ここは何の施設だったか、聞いたか?」


「由利さんと諸冨さんは、ここのところここに詰めていたって。それだけ」ふむ、と唸る久我に、彼女は僅かに身を乗り出させた。「ねぇ、貴方たちの捜査で、諸冨さんの情報は? 何かないの?」

「いや。今のところ、何もない。ミカミって会社が裏にいること自体、ついさっきわかったばかりでな」ため息を吐いて項垂れる今村に、久我はなるべく気軽な調子で言った。「あまり楽観的な事を言える状況じゃあないが、精一杯探すよ。とにかく何とかして新川を確保したいんだが、どうやって連絡を取り合ってるんだ?」


「向こうから一方的に電話が来るだけ。しかも非通知」


 苛立たしげに吐き捨てる。久我は苦笑いした。


「ま、得体の知れない組織に命を狙われてるとあっちゃぁ、気持ちもわかる」


「そう、それも。ミカミインダストリーって、何の会社なの? そもそも私たちは、何の研究をしていたの? その、スニッカーズ? あの人は一体何なの? それに貴方、さっきの何かの波動的な力は何? 新しい兵器か何か? それをどうして予防局が?」


 よほど好奇心旺盛なたちらしい。


「それで良くオタク、研究所付のエンジニアなんて立場に収まってたな。自分で未来を切り開きたくなかったのか?」


 尋ねる久我に、彼女は疲れた笑みを浮かべた。


「それはそれ、これはこれだもの。私にとっては、未知の解明なんかよりお金の方が大事」


 思わず久我は手を伸ばし、当惑する彼女の小さい手を握りしめた。


「いいこと言うね。オタクとは気が合いそうだ」


 とにかく調査部を呼び、今村の携帯をモニターできるよう細工を加えて貰う。これで新川から連絡があれば、発信地点を辿れるはずだ。


 それが終わった頃、久我の携帯に通話が入った。災害予防局、北海道支部の担当員だ。


「状況は?」


 釧路の調査を命じた件だろう。そう期待して尋ねると、彼は強い風音に負けまいとしてか、大声を張り上げた。


『近くまで来たんですけどね、釧路湿原のど真ん中だもんで、とても行けたもんじゃないです。仕方なくドローンを飛ばしたところで。映像見ます?』


「送ってくれ」


 回線をキャブコンのコンソールに切り替えると、湿原の上を飛ぶドローンの映像が映し出された。葦の草原が広がり、まばらに木々が生い茂っている。


「釧路? 何?」


 尋ねる今村に、久我は件の地図を差し出した。


「幕張の施設の地下で見つけた。見覚えは?」


「ないけど。そうだ、言ったでしょう、諸冨さん、マリモのお土産を」


 ドローンは蛇行する川に沿って飛んでいたが、円形の泥沼のような所に行き当たり、ホバリングした。


『座標はここですね』


「エグゾア痕か?」


 担当員はドローンを降下させる。次第に子細が見えてきた。かなりの土壌が失われ、そこに湿地の水気が流れ込んでいる状況らしい。


『違いますね』


 彼の言うとおり、エグゾア痕ではなかった。そうであれば完全に円形の痕となっているはずだが、これはかなり歪に掘り返されている。穴の傍らには掘り返された土が山盛りになっていた。


「直径どれくらいだ?」


『十メートルくらいでしょう。見てください、キャタピラの轍が出来てる。何者かが何かを探しに来て、重機で掘り返したんです』


 何者かが、何かを探しに。


「わかった。そこはもういい。後は」と、由利と諸冨の顔写真を送信する。「付近でこいつらを見かけた人がいないか、聞き込みをしてくれ。それと近場のホテルも」


 了解、と通信は切れる。


 エグゾア痕ではなかった。


「それはそうだ」久我は考えを口に出していた。「アンタ、エグゾアによるノイズをフィルターしていたと言っていた。つまりあの場所を指し示していたのは、また何か別の信号ということ」


「つまり、私たちの装置で、この釧路の地点を、見つけたって?」


 突飛すぎる珍説を聞いた教授のような仕草だった。今村は全力をもって鼻で笑い飛ばそうという勢いだったが、それもすぐに納め、真顔になり、考え込む。


「そう。全てのヒントが、それを指し示している」久我の言葉に、彼女は困惑した瞳を向けた。「それはレーザー干渉計は何億光年先から訪れる空間の歪みを捉えるっていう、極スケールが大きい装置だ。しかしキミは言っていた。どうも自分たちの作っている物は、もっと近くに焦点を合わせている」


「えぇ。そう。そうね」落ち着かない様子で、彼女は答えた。「由利さんと諸冨さんは、観測結果を元に、それが指し示す地点を〈発掘〉していた。でも何故? そこに一体、何が? レリックって、何?」


 発掘、という言葉を聞いた途端、久我は不意に一つの記憶を蘇らせていた。


 そうだ、随分前の事だが、柚木はクォンタムが異物をレリックと呼んでいると知り、こんな事を言っていなかったか?


『レリックとは本来、〈過去の遺物〉を意味する。彼らは単に、人智を超えた物としてレリックという言葉を使っているだけなのだろうか。それとも本当に、異物を過去の物だと認識しているのだろうか。だとすると、何故だ?』


 何故だ?


 まさかひょっとして、彼らがレリックと認識していた物と、久我たちが知る異物とは、また別の代物なのか?


 もし、そうだったとして、彼らがレリックと呼んでいた物とは何なのか?


 それはまさか、あの結晶体の事では――


 途端に鳥肌が立って、久我は慌てて腕を手のひらで擦った。


「ヤバい。強烈にヤバいぞ、それ」問い返そうとした今村の肩を、久我は掴んだ。「その、諸冨ってヤツの土産だがな。どれくらい貰っていた?」


「え? そう、たしか五つか六つ」


 ミカミインダストリーが何のためにレリックの発掘を始めたのかは知らないが、それだけの数があれば、相当の騒ぎを起こせる。


 火炎放射男、一個分隊の登場だ。予防局だってひとたまりもない。


 どうする? 無理にでも柚木を引っ張り出すべきか?


 考えていた所で、モコモコしたマリモがぶら下がっている今村の携帯が震えた。彼女は怯えた瞳で画面を凝視し、久我はすぐ、コンソールで逆探知を命じた。


『どうだった? 何かあったか?』


 スピーカーから流れてくる新川の言葉は、酷く震えていた。久我は今村に目配せして、予め打ち合わせた通りの台詞を言わせる。


「何も。由利さんも諸冨さんもいない」


『そうか』


 普通ならば着信の瞬間に相手の携帯が繋いでいる基地局がわかるはずだが、代わりに調査部からの通信が入る。


『通常回線じゃないです。IPフォンなので少し時間が』


 今村に視線を向けられ、久我はとにかく、通話を引き延ばすようジェスチャーを送った。


「いい加減、何なのか教えてくださいよ。このままいつまで隠れてればいいんです? 私にだって生活が――」


『そう簡単な問題じゃあないんだ!』


 強い口調で言われたが、彼女はそれで黙るような人間ではなかった。


「私にとっては簡単。私は何も。何にも悪いことなんてしてない。話してくれないなら、このまま警察に」


『そんなことをしたら、キミも殺されるぞ!』


「だから、誰に殺されるっていうんです!」


 押し問答が始まる。それで相当時間が稼げた。彼が使っているIPアドレスが絞り込まれていき、群馬県高崎市の中心部が指し示される。


「ロウ、高崎。このホテルだ」と、蝋山にホテル名を告げる。「オレが行くまで下手に動くなよ」


 今村に、切っていいとジェスチャーを送る。そしてキャブコンから飛び降り、彼女を任せようと古海を呼んだ時だ。今村が背中から追いついてきて、袖を捉える。


「私も行く」


「馬鹿言わないで」すぐに古海が遮った。「あなたは十分にヤバい状況なんだから。予防局が安全な場所に連れて行く。人外の事は人外に任せるのが一番だって」


「いや、連れて行く」


 言った久我に、古海は目をむいた。


「なんで? 久我さんちょっとは考えてよ!」


「考えてるさ。新川を懐柔するには、彼女がいた方がいい」


「でも、彼女は得体の知れない組織に狙われてんのよ?」


「その通り。つまりオレの側が一番安全だ」


 すぐに自らのバイクに駆けていく今村を眺めつつ、古海は呆れ顔で言った。


「いくら何でも自信過剰じゃない? だいたい彼女、本当に信用出来るかも怪しいし」


「あぁ。だから手元に置いておきたいんだ」


 渋い表情を浮かべる古海に軽く手を挙げ、久我はバイクを発進させた。

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