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第五話 レリック

 一時間ほどかけて幕張の現場に移動する間に、久我は他に二件の異質な火災を見つけ出していた。一つは秋田、もう一つは山口だ。双方とも幕張と状況がよく似ていた。過剰とも思える警備が敷かれていたが、やはり焼殺事件と前後して全焼している。その二件の火災についても警察と消防に照会をかけたところで、キャブコンは市街地の外れにある山の中にたどり着いた。鬱蒼とした木々が左右を覆い、道は緩く上下する。二車線の幹線道路から細い枝道に入っていくと、五分ほどで問題の敷地が現れた。古海の一次報告によると、元は木材加工場として使われていた場所らしい。しかし需要の減少で廃業し、その後は点々と所有者が変わり、今では都内の不動産会社の所有物となっている。


「でもその会社、何年か前に潰れてるのよね。それで権利関係が複雑で、実際誰が管理してたのか、調べるのに時間がかかりそう」


 久我は蝋山とともに林道に降り立ち、火災後野ざらしのままになっている全体を眺める。倉庫は殆どが焼け落ち、原型をとどめていない。フェンスには火が届かなかったようで、所々には未だ真新しい監視カメラが据え付けられている。しかし、そこから伸びるケーブルは切れてしまっているのだろう、電源ランプは消えていて、稼働している様子はない。


 それを確認してから久我は正面ゲートに歩み寄り、小さなプラズマを発して大きな南京錠とチェーンを焼き切る。


「消防に話しを聞いたんだけど、向こうも状況を把握できてないみたい。付近に聞き込みをしても場所的に目撃者ゼロだし、出入りしていた人間がいるかもわからないって。だから所有者不明の廃倉庫が不審火で全焼、ってだけの扱いで。一応火元は、裏手の資材パレットが山積みされていた所らしいってとこで捜査は終わってる」


 焼け跡をぐるりと周り、裏手に向かう。確かに十数枚の積み重ねられたパレットが焼けた跡がある。そこで周囲を探っていた蝋山が声を上げた。


「久我さん、あれを」


 フェンスの向こう側を指し示す。数メートル先は里山の藪になっていたが、手前側は一応雑草が刈られている。そのただ中に、茶色い包装ビニールが落ちていた。


「やっぱりヤツの仕業か。またスニッカーズ」よほど好きらしい。「よし、ヤツはスニッカーズと呼ぼう」


 冗談のつもりだったが、蝋山は真顔なままで反応しない。仕方がなく久我はしゃがみ込んで、慎重に路面状態を調べはじめた。


 敷地内は舗装されておらず、複数の足跡やタイヤ痕が窺える。その殆どは、火災によって生じた灰の下にある。だが火災の後に穿たれたものらしい、真新しい跡もありそうだった。


「イルカ。視覚映像を処理してみてくれ。灰が積もった部分をグレーアウト」


 柚木のスリーでなくとも、この程度の事は出来る。すぐに久我の視覚に別の窓が開き、処理された映像が映し出された。


 多くのタイヤ痕や足跡が灰色になり、二本の轍の跡だけが残る。久我がそれを追っていくと、大型らしい車両は火災跡のすぐ側に停まり、複数の足跡が現れる。三人、四人だろうか。一人は見るからに警備員らしく、軍用のブーツを履き、火災跡には目もくれず、敷地全体を監視できる範囲をうろついていた。他の三人はスニーカーやローファーだった。彼らは焼け落ちた倉庫の中に分け入って行き、一カ所を集中的に調べ始めた。


「何です?」


 尋ねた蝋山に手招きし、瓦礫が掘り起こされている跡を指し示した。


「火事の後、何かを回収しに来たらしい」


「何を?」


 久我は少し考え込み、言葉に出した。


「イルカ、パラジウムの痕跡を探せるか」


 どんな種類の異物であろうとも、必ず少量のパラジウムが含有されている。それを期待して尋ねてみると、イルカは立体映像で現れて言った。


『ちょっとこの状況では無理かな。私を探したい方に向けてくれる? 良さそうな電磁波を出すから、それでフォトディレクタ代わりになるはず』


 手の甲を掘り起こされた方向に向けると電磁波が照射されて、瓦礫の中にある微少な粒が煌めきを発した。どうやらやはり、パラジウムの痕跡があるらしい。雲母のように光る粒は、底に向かうに従って増えていく。


 久我は窪みの中に飛び降り、痕跡を探った。


「やはり異物絡みでしたか」


 蝋山が上から尋ねる。久我は僅かにパラジウムの集積が見られる痕跡を見つけ、慎重に探った。


「わからん。ここが掘り返されてる。何かを回収しに来たのか、それとも」


 焼けた材木から飛び降りた瞬間、足下に堅い感触がした。鉄板だ。蝋山と共に辺りの瓦礫を片付けると、二メートル四方ほどの扉が現れた。開いてみると地下への階段が続いている。


 マグライトを灯し、慎重に降りていく。たどり着いたのはコンクリートで覆われた地下通路のようだったが、どうも様子が違う。通路の真ん中に直径五十センチほどのパイプが設えられ、奥へと伸びている。辿っていくと二百メートルほどで通路は途切れ、パイプも何かの装置で終端されていた。


「何かの実験装置でしょうか」


 辺りを探りながら尋ねた蝋山に、久我は傍らにあった事務机を改めつつ答えた。


「見覚えがある。コイツは多分、レーザー干渉計じゃないか」


「レーザー?」


「あぁ。ノーベル物理学賞が贈られた研究、覚えてるか? レーザー干渉計による重力波の検出。つまりこの装置は重力波の検出に使われる装置だ」


 蝋山は一直線に続くパイプに手を這わせつつ、首をかしげた。


「しかし、どうしてそんな物がこんな所に隠されてるんでしょう」


「謎だな」言いつつ、久我は机上にあるファイルホルダを取り上げた。ちょうど手の形にパラジウムが付着している。「とにかく異物そのものというより、異物に触れたヤツがここで働いていたらしい」


 状況からすると、それが正しそうだ。服や髪に付着したパラジウムが散らばり、触れた物にこびりついた。


 ホルダの中には、一枚の紙片が挟まっていた。見慣れたフォーマットだ。グーグルマップを印刷した物らしい。幾つか書き込みがあるが、途切れていて判然としない。ただ何もない原野らしき所に、丸が付けられている。その側には走り書きで、〈Relic〉と記されていた。


「レリック?」記憶にある呼び名だ。「確かクォンタムが、ウェアラブル・デバイスをそう呼んでいたな」


 蝋山は腕組みしながら唸った。


「まさかクォンタムが背後にいるんでしょうか」


「どうかな。連中、今はそんな事をしてる余裕はないと思うが」


 あのカメレオン事件以降、異物の違法研究そのものは公にされなかったが、彼らは災害予防局だけではなく天羽にすら秘して研究を続けていたことから、公的権力により徹底的な弾圧を受けた。関係者数人が不審な死を遂げ(柚木は天羽の関与を匂わせていた)、些細な違法操業、違法検査が明るみに出され、信用失墜により巨額の赤字を出している。身売りも検討されているくらいだから、とてもこの件に関わっているとは思えない。


「それよりロウ、これ何処かわかるか?」


 見慣れない地名に久我が地図を差し出すと、彼は目を細めながら答えた。


「北海道ですね。釧路のあたりです」


 釧路か、と独りごちる。


 火災の後に訪れた三人は、恐らく証拠を回収しに来たのだろう。他にめぼしい物もなく、後は局の科学部を呼んで調査させようと話しながら地上に戻った時だ。フェンスの向こうに、こちらを見つめる人影があった。マウンテンバイク用の尖ったヘルメットを被っていて、目にはゴーグルを装着している。


 久我が瓦礫の上に這い上がってくると、相手は感づかれたのを悟ったらしい。すぐに250cc単気筒のエンジン音が木霊し、木陰からバイクの全体像が現れ、久我たちが来た道を走り去っていく。一瞬蝋山は追いかけたがすぐに諦め、携帯を取り出して写真を撮る。


「何者でしょう」


「ただの火事場見物かもな。ヤマハのセロー。いいバイクだ。オレも欲しい」


 普段はエグゾアの痕跡を調べている科学部の担当を呼びつけ、後の調査は任せて都内に戻りつつ手がかりを調べる。久我が発見した地図は、蝋山の言ったとおり釧路付近のものだった。ひょっとしてエグゾアが発生した事があるのではと思ったが、記録には存在しない。


「未知のエグゾア痕ですかね。周囲に人家もないから、発生したのも気づかれていないとか」首をかしげつつ、蝋山が言う。「確か、災害予防システムで検知出来ないエグゾアもあるんですよね?」


「あぁ。柚木によると直径三十メートル以下のエグゾアは、発生前の予兆として現れる重力変動が小さすぎて、予知不能らしい。しかし今までに確認されているエグゾアは直径五十メートル以上が標準で、それ以下は世界中でも数件しか確認されていない。可能性は低そうだが」


 久我は災害予防局北海道支部に連絡を入れ、担当者に尋ねる。やはり該当地点でのエグゾア発生記録はなく、それを示唆するような通報もないという。


「わかった。とにかくお手数だが、現場を調べてくれないか。ああ。よろしく頼む」通話を切った途端、古海からの電話が入った。「どうだ? 何か出たか?」


「色々辿ってったら、それらしいのが出た。秋田、山口、幕張の三件とも、最終的にはミカミインダストリーって会社に繋がった。でもどんな会社なのかさっぱり。本社はケイマン諸島」


 久我は渋面を浮かべた。


「タックスヘイブンか。関わりたくない」


「そうも言ってられないでしょ。色々偽装はしてるんだけど、そのミカミインダストリーって会社関連で、他にも幾つか不動産が借りられてるのよね。都内に数カ所。横須賀にもある。今はそんなとこ」


「わかった。その不動産のリストを送ってくれ。オレとロウで調べる」


 ざっとネットで調べはじめた途端、捜査の道筋が正しい事がすぐにわかった。十件のオフィスや倉庫中、ここも含め三件で不審な火災が起きている。それもここ二週間の出来事だ。


「火炎男の狙いはミカミインダストリーだ」


 断言した久我に、蝋山は首をかしげる。


「スニッカーズと呼ぶのでは?」


「あ、あぁ、そう、スニッカーズ」そう言われては、使わざるを得ない。「怨恨なのか。誰かに命令を受けているのか。おいロウ、オマエは局に戻って、保安部を動員しろ。残る七件を見張らせるんだ。それからあとは古海を手伝ってくれ。火事の詳細、それとミカミインダストリーと殺されたノーベル賞学者の関連を探るんだ」


「はい。ですが久我さんは?」


 久我は自宅近くにキャブコンを停まらせ、バックハッチに手をかけた。


「急にバイクに乗りたくなった。まだ焼かれてないミカミの拠点を回ってくる。ひょっとしたらスニッカーズと遭遇できるかもしれんしな」


 久我は路上に降りたって、初秋の冷たい空気を吸い込んだ。


 空気は乾燥している。スニッカーズにとって有利な状況だろう。手に負えない大火災など起こされる前に、何とか事態を収拾しなければならない。

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