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第四話 手がかり

 エグゾアは国内だけでも、年間数十件発生する。地球全体ともなると数百件だ。その全てを厳格に管理する事は不可能で、結果的にその痕跡で発見される異物の相当量が闇に流れることになっている。


 闇に流れた異物は好事家たちの間で高値で取引され、国内にも流入してしまっている。予防局はせいぜい千人規模の組織だ。その全てを取り締まることもやはり不可能であり、結果として天羽は彼らと取引することで可能な限り拡散を防ぐ事を選んだ。脅威にならない程度の情報を提供し、場合によっては利用し、彼らを支配下に置いていた。クォンタム社のような倫理のきかない大企業、PSIのような政治結社、あるいは最上組やマックスのようなマフィア組織だ。


 そのおかげかもしれなかったが、これまで久我が相手にしてきたのは、偶発的にドライバーになってしまった人々が殆どだった。せいぜい月に二、三件がいいところで、十分に久我と柚木だけで対処出来ていた。


 しかし柚木が天羽を封印した結果、裏社会の手綱をとる者がいなくなってしまった。ひょっとしたら火炎男の登場は、それが原因なのかもしれない。加えて柚木も、よくわからないが働きたくないという。


 久我は急激に資源不足を感じ始めていた。別に蝋山がヘマをしたからというのではないが、それが契機になったのは確かだ。彼は間違いなく優秀な保安部員だったが、ドライバーではない。どうしてもそこには、大きな壁があった。


 どうやらそれは、蝋山自身も自覚しているようだった。


「提案ですが」呼びつけに応じてキャブコンに乗り込んできた蝋山は、率直に言ってきた。「状況は切迫しています。マックスと最上が開戦一歩手前のような状況で、また新たな種類の異物が現れた。柚木さんが戦線離脱している今、予防局も戦力拡充を目指すべきです」


 それが簡単に出来たら、久我も悩みはしない。口をへの字に曲げつつ応じる。


「じゃあどうしろってんだ。マックスとでも手を組めって?」


「違います。予防局には十分な数の異物が保管されている。それを活用するべきです」


 実は一度、柚木とそんな話をしたこともあった。しかしそれは相談にもならなかった。二人の意見は完璧に一致していたからだ。


「志願者を募って、異物に反応するヤツを探せってんだろ? 例えばオマエとか。悪いが、答えはノーだ」抗弁しかける蝋山を遮る。「たまたまオマエに反応する異物があって、オマエがドライバーになったっとして。そしたら本性現して大暴れするんじゃないか、とか。別にそういう事を心配してるんじゃない」


「じゃあ、何です」


 それを久我は上手く説明出来る自信がなかった。久我も自分で感じていることだが、この力は志願して得ようとも、偶然で得ようとも、どんな意味でも不確定要素にしかならないのだ。久我と柚木が上手く利用出来ているように見えているのもたまたまで、予め計画し、制御して利用しようとすることなど不可能としか思えない。


 これだけ混乱している状況で、さらなる不確定要素など望まない。


 それが久我と柚木の、一致した見解だった。


「とにかく、この話は終わりだ」そして不満そうな蝋山は無視し、同席していた調査部の古海に顔を向ける。「で、何か出たか」


「いやいや、急にそう丸投げされても。柚木さんと久我さんで調べるんじゃないの?」


「無理だな。柚木は使えん。火炎男はオレたちだけで何とかする」


「何とかねぇ。それで何か手がかりはあるの」


「待てよ。なんで他人事なんだ」苦笑いで久我が言った。「元々こういうのは調査部の仕事だろう。何か知恵を出せよ」


「んなこと言われてもね、相手は人外よ? 火を放つって言われても、それで何を何処まで出来るか、私らが完璧に理解出来るわけないじゃん。出来ることがわからないと、何処まで調べたらいいかもわからないじゃん。違う?」腕を組み、頬を膨らませる。「土台無理があんのよ。人外は人外が相手にしないと。やっぱ柚木さんじゃないと無理だって。あの人なら日本中の監視カメラとかネットワークとか探って、さっさとアイツを見つけられるでしょ。楽勝じゃん。なのに何やってんの?」


「ははぁ、オマエ、妬いてるのか?」


 唐突に言った久我に、古海は目を白黒させる。


「待って。意味わかんない」


「つまりオマエは超優秀な捜査員のつもりで予防局に入ったはいいが、柚木の足下にも及ばない。だもんで妬いてるんだ。僻んでるんだ。違うか?」


「そりゃあね。僻みもするわよ」なかなか蝋山は認められずにいるようなことを、彼女はあっさりと認める。「こっちが何人日もかけて調べることを、柚木さんなら数時間で調べちゃうんだもん。僻むというより諦めてるっていうか、土俵が違うっていうか」


「オーケー、愚痴は十分に聞いた。満足か? じゃあ仕事だ」久我は不服そうにする古海をも無視し、コンソールに映し出されている顔写真を指し示した。「火炎男だ。どうにかしてヤツを捕らえなきゃならない。手がかりはないかと聞いたな? それならある。ノーベル賞受賞者の須藤だ。ヤツとの関係は? どうして殺した? 関係者を当たる。単純だ。何が問題だ」


 古海はため息交じりに答えた。


「じゃ、それ、やってみましょ?」そこで彼女は立ち上がると、コンソールに座っていた久我を押しのけ、画面に人物の顔が並んだリストを表示させた。「これが今のところで、洗い出せてる範囲の関係者。大学のお偉いさんとか、研究所の手下とか、色々」


「なんだ、働いてるんじゃないか」


 これだから古海は馬鹿に出来ない。当の彼女は、何のことはない、という調子で続ける。


「でも現状、手がかりは何もない。警察にも話しを聞いてみたけど、向こうも火炎男が何者か突き止められていない。異物絡みだってのも、まだ感づいてないみたいだし」


 久我と蝋山は二人でその関係者リストを眺めていったが、あの火炎男らしい顔は見当たらない。


「そもそも、関係者が多すぎるのよ」様子を察した古海が言う。「ノーベル賞もらうような学者さんだもん、色々なプロジェクトに顔を出してるし、色々なパーティーに出席してるし、色々な所で講話してる。全員を洗い出すのなんて、ウチの人員じゃ不可能よ。警察の仕事ね」


「確かに」久我もそこまで、調査部に期待していない。「しかし他に何かあるだろう」


「他に出来るのは推理くらい」


 古海の決め台詞に久我は苦笑する。それが一番役立つというのに、どういう訳かいつも最後の最後にならないと披露しない。


「それを待ってたんだよ。で? 何が問題だ」


「そもそもなんだけど、須藤の関係者を追っても火炎男にたどり着けないとしか思えないのよ。どうして火炎男はあんな派手な方法で須藤を殺したの? どうしてあんな大勢に顔を見られるような手段を?」


 久我は僅かに首を捻った。


「あの時、あの場所でしか実行できなかった」


「じゃあどうして犯行があの場所に限られたのか? 犯人はあの場所でしか須藤を捕らえる事ができなかった、と考えるのが妥当よね。この事から、火炎男、もしくは彼に須藤殺害を命じた人物は、須藤の詳細な行動を把握できる立場になかった、という推理が成り立つ」そしてちらりと、画面に映し出されたままのリストを眺める。「少なくとも彼らは、プロジェクトの場や何やらで須藤と接触出来た。もし彼らのうちの誰かが火炎男に須藤殺害を依頼したんだとしても、須藤の帰り際なんかを狙わせた方が全然いい。なのに、そうしなかった」


 ふむ、と久我は考え込んだ。


 言われてみれば、状況は不可解だ。


「つまりオマエは、こう言いたいんだな。火炎男は単独犯で、須藤と関係があったとしても深いものではない」


「そういうこと。犯行が杜撰すぎるもの。とても組織的な犯行とは思えない。だからアレは、火炎男が、単独で、決死の覚悟で行った犯行だと思う」


「どうしても須藤を殺さなきゃならなかったのに、須藤の行動を把握できないほど縁遠いヤツ」どうにもよくわからない。「しかし火炎男は、異物を手にしてるんだぞ? それも未確認の異物だ。何らかの組織に関係しているとしか思えないがな」


 よくわからないよね、というように、古海は肩を竦めて見せる。


「ま、他の可能性もあるけどね。須藤の行動は追えたけれども、計画を立てている時間がなかった、とか。あるいは、あの会見の場で殺すことに象徴的な何かがあった、とか」


「誰かに脅されていて、やるしかなかった」久我は火炎男の風貌を思い出していた。体脂肪が枯れたかのような痩せた姿。汚れた服に汚れた顔。「いずれにせよ追い詰められてるヤツなのは確かだ。とてもこれで終わりだとは思えない。まだ何かしでかしそうだが」


 その言葉に何か閃いたのか、古海は黙ったままコンソールを操作した。まもなく日本地図が開き、各地に二十個ほどの矢印が置かれる。


「何だ?」


 尋ねた久我に、キーを叩きつつ応じる。


「最近起きた火事」条件を加え、絞り込む。「明らかな失火や原因が特定されているものを除外」


 残ったのは五件だった。久我は興味を覚え、幕張での事件を指さした。


「それ、焼殺事件の翌日だな。貸倉庫?」


 古海はニュースサイトの記事と、グーグルマップに映し出されているストリートビューを映し出した。


 火事の記事にある写真は惨憺たる状況だった。小学校の体育館くらいある倉庫が全焼し、骨組みしか残っていない。


「強風でもないのに、ここまで丸焼けになるなんて変よ。相当な火が出ないと」


 首をかしげつつ言う古海に、久我は全焼する前のストリートビューを指し示した。


「どうも妙だな。ただの倉庫にしては警備が厳重すぎる」


 周囲が高い金網で覆われ、死角なく監視カメラが据え付けられている。ゲート脇には守衛の詰め所もあり、屈強そうな警備員が仁王立ちしていた。


「これは帝都総合警備保障の人員ですね」制服を見て取った蝋山が指摘する。「実戦向きな連中が揃ってる。プルトニウムの輸送警備も請け負ってるくらいだ。到底、普通の倉庫とは思えません」


「臭いな。古海、オマエは消防に事件のあらましを確認して、倉庫の借り手を洗え。オレとロウは現地に行ってみる」


 古海はキャブコンから去り、蝋山は運転席に向かってハンドルを握った。柚木の調査能力が当てにならない以上、足を使って調べるしかない。久我は揺れ始めたキャブコンの中で、他にも異常な放火事件がないか探し始めた。

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