表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
72/114

第三話 戦力不足

 すぐにプラズマの盾を作り出して防いだが、男は威嚇だけのつもりだったらしい。炎は盾に届く前に宙に散り、男は驚いた表情で呟く。


「何なんだ」


 久我の正面に展開している青白いプラズマの膜、そしてそれを発している手の甲のウェアラブル・デバイスを見つめる男に、久我は対応を迷いつつ答えた。


「とにかく無駄な抵抗は止せ。一緒に」


 来てもらおう。そう言い切らない間に、今度は強烈な炎を放射してきた。束となった橙色の塊がプラズマの盾に浴びせられ、強烈な輻射熱で顔面が焦げそうだった。


「おいイルカ! ヤツのを見たか!」


 叫ぶと、目映い炎の渦の中に彼女の立体映像が現れる。


『見た見た。何だろねあの結晶体』


「それを聞こうと思ったんだがな! もういい消えろ!」


 対応策を考えたが、どうにも上手い手が浮かばない。プラズマ・シールドを解いた途端に久我は黒焦げになってしまうし、逃げようにも放射範囲はかなりのものがある。


「ったく、単純なだけに手に負えない」


 問題はエネルギー効率だ。男の手にしている結晶体が何なのかわからなかったが、ウェアラブル・デバイスの亜種だとすれば、必ず何らかのエネルギーを消費している。こう強烈な炎を発し続ければいずれ燃料切れを起こすはずだったが、果たしてそれまでこちらのエネルギーが保つかどうか。プラズマ・シールドは酷く燃費が悪い。せいぜい一分が限界だ。


 根比べでは、負ける。


 しかし相手も、相当に焦っているはずだ。男はウェアラブル・デバイスの存在を知らない様子だ。幾ら炎を浴びせても、久我は防いでしまっている。このままでは不味いと考える。何かしようと思う。


 果たして、それは?


 久我は炎の奔流を防ぎながら路地裏の様子を素早く眺めた。異常を察して、路地の出口付近に野次馬が集まっている。雑居ビルの壁は焦げてはいたが、耐燃材で炎上する心配はない。しかし壁にはパイプが走り、その先には――


『残エネルギー五十パー切ったよ。あと周囲の酸素濃度が急減少中。一酸化炭素中毒の恐れがあるよ』


「それだ!」


 イルカの通知を受け、久我は叫んでいた。


 簡単な話だ、燃焼剤が何なのかわからなかったが、燃焼は酸素を消費する。この狭い路地でこれほど強烈な炎を出し続ければ、エネルギーが切れる前に酸素が欠乏してしまう可能性が高い。


 あとは焦った相手が軽挙妄動を起こしてくれれば。


 しかしその時、不意に炎の向け先が変わった。


「何やってんだ!」


 蝋山が突撃していたらしい。瞬く間に彼は火だるまになり路上を転がる。すぐに久我はシールドを解いてプラズマの刃を男に向けて投げかけたが、直前に男もまた、次の手を打っていた。


 久我も注意していた、壁面の給湯器だ。炎が放射されると見る間に溶解し、ガスに引火する。


 爆発が起きた。それほど大きなものではなかったが、久我も転がっている間に注意を削がれ、男の姿を見失ってしまう。しかし今は、それよりも蝋山だ。


「おい落ち着け! 動くな!」


 炎に包まれ混乱する蝋山に叫び、集中してプラズマを発する。瞬時に彼の全身を覆っていたスーツごと炎は消し飛び、蝋山は呻きながら横たわった。


「おい、大丈夫か」


 抱え起こすと、インナーウェアだけになっている彼は痙攣して我に返り、慌てて辺りを見渡した。


「な、何がどうなって」そして悟ったように項垂れる。「あぁ、プラズマで」


「そういうことだ」


「ヤツは?」


 久我は渋い顔で周囲を見渡した。確認するまでもない、あの男の姿は何処にもなかった。


「逃げられた。おいロウ、何だってまた勝手に突っ込んだ」


「あいつ、あの給湯器を爆発させようとしてたんですよ。それで久我さんは気づいてない風だったので」


「オマエ、オレがアホだと思ってるだろう」


「え?」


「爆発が起きると、何が消費される?」わからずに口ごもる蝋山に、久我は続けた。「酸素だ。ヤツも頭を働かせたつもりなんだろうが、ガス爆発を起こせば周囲の酸素が一時的に薄くなる。そうなれば自分の火炎の威力も弱くなる。だろう? だからオレはわざと爆発を起こさせ、それはシールドで防いで、火炎の威力が弱った隙を突こうとしてたんだ」


 手を貸して起き上がらせる。その頃には予防局の人員が到着していて、野次馬の整理やいまだ燻っているゴミの山の消火にあたっていた。


「すいません。何分、こういう戦いは不慣れなもので」


 医師に火傷を看てもらいつつ言う蝋山に、久我は無理に笑みを浮かべて見せた。


「なに。生身の割には、よくやってる」


 皮肉に聞こえたかもしれないが、それが予防局の現状を端的に表していた。


 災害予防局に戻った久我は、局長室にある直通エレベータで地下四階へと向かった。フロアの殆どは放棄されていて、明かりもない。その埃にまみれた通路を奥へと進むと、唯一稼働している施設が現れる。


 おそらく東京の地下で、もっとも広大な空間だろう。旅客機の製造工場ほどもある空洞で、その中央には黒々とした物体が拘束されていた。


 久我はこれをなんと形容していいのか、いまだにわからなかった。強いて言えば〈暗黒への通路〉だろうか。直径五メートルほどの穴だが、それはどの方向から見ても穴であり続け、実体は球形らしい。球だというのに、立体感は全くない。穴だ。のぞき込めば底知れないようで、すぐに息苦しくなってくる。


 それだけでも異様だというのに、穴は思い出したように、タコやイカのような触手を伸ばす。何かを探すように振り回す。この施設全体は、この触手を防ぐために作られた物らしい。時折触手は勢いよく延びて外壁を突き破ろうとするが、振れた途端に不思議な光が迸る。触手は驚いたように引っ込み、再びあたりを探るよう蠢き始める。


 生き物のようにも見える。だが柚木に言わせると、これは生物でも、そもそも物体でもないらしい。


「この〈ヴォイド〉は、この世界に存在しているように見えているが、実体は別の次元にある。これは〈影〉でしかないんだ。いや、影という説明すら正しくない。これは巨大な重力によってこの次元空間が排斥された、〈ドーナツの穴〉なんだ」


 意味がわからない。工学修士程度の学歴じゃ、今更勉強しても理解できないだろう。そう久我は諦めてしまっていたが、そもそも柚木ですら、この現象の真髄を理解できてはいないらしい。彼はこう、付け加えていた。


「私は十年にわたってこれの研究を続けてきたが、未だにそれ以上のことはわからない」


 正確に言えば、彼は理解するのを諦めていた風がある。久我の知る限り、ここ半年は特務班の活動にかかりきりで、この地下四階に来ることすら稀だったはずだ。


 だというのに、ノーベル賞受賞者の須藤が焼殺されて以降、彼はこの〈ヴォイド〉の監視ブースに引きこもるようになった。元々あった機器を最新のものに置き換え、身を囲むようにコンピュータ端末を設え、背後にはホワイトボードを置き、立ち上がることなく全てを完結出来る体勢を作り上げた。


 それで何をしているのかは、わからない。わからないが、彼が必死に何かを考え、研究しているのは確かだった。ろくに寝てもいないようで、様子を見に訪れる度に血色が悪くなっている。このままでは倒れかねないと心配になってはいたが、彼は彼なりに必要性を感じ、この活動を始めたに違いない。それはひょっとして久我が追い求める医療型ウェアラブル・デバイスに繋がる事かもしれず、久我は何処まで彼を放置しておくべきかを悩み続けていた。


 このままでは、不味い。


 とにかく一度、彼の真意を問いただそう。


 しかし何を、どう聞いたらいいのか。


 考えつつ〈ヴォイド〉の監視施設に足を踏み入れた久我は、ブースの中でキーを叩く柚木の姿を見て、驚いた。


 彼はこれまで、何があっても常にキッチリとスーツを着こなしていた。上等なスーツに、上等なベスト、上等なシャツに、カフスボタン。革靴は綺麗に磨かれている。だというのに今は上着が傍らに投げ捨てられていて、ネクタイも緩めている。


 余程の事と言っていい。


「おい柚木。大丈夫か?」


 声をかけた久我に、彼は振り向いた。


 笑顔ではあったが、どこか正気に欠ける瞳をしていた。


「あぁ、久我くん。いい所に来た。私は勘違いしていたよ。私はこの世界を十次元の超弦理論をベースに解釈しようとしていたが、十一次元のM理論を活用しなければ駄目らしい。私はどうも二次元膜の量子化など不可能としか思えてならなかったから、これは誤った道筋だと思っていたんだが。私が間違っていた。いや、正確に言うならばM理論には別の発展方法が」


「柚木」ため息混じりに、久我は遮った。「オレには何のことがわからんが、オマエが何か間違った方向に進んでるってのは、わかる」


「あ? あぁ、そう言ったじゃないか。だから私は方向を修正して」


「違う。アンタにはお手上げだったんだろう? だから須藤ってヤツの知恵を借りようとした。違うか? オレはそう学問に詳しくないが、経験上、一度自分には無理だと悟ったものってのは、まず覆せない。何か別の手を考えるべきなんじゃ?」


 柚木は戸惑ったように黙り込んだが、すぐに笑みを浮かべた。


「なに。私にだって出来るさ。先生や天羽さんが成し遂げた事だ、私も同じ人類だ。出来ないはずがない」


 同じ人類でも、ヒトには向き不向きがある。確かに柚木は天才ではあったが、倫理や道徳というものを、聖道かのように重んじる短所、あるいは長所があった。そういう特性は、どうもこういう、何か新しい発見をするのには不向きだとしか思えない。


 だがそれくらいの事、彼自身だって理解しているはずだ。それでも自分を騙し、前に進もうとしている。久我の言葉程度では彼は納得しないだろうし、そもそもそれで彼が何を明かそうとしているのかを、久我は理解できていない。


「天羽の成し遂げたこと? それって何だ。何が問題なんだ」


「キミがそれを思い悩む必要はない。だいたいキミには、私の行動を気にかけているような暇はないはずだ。火炎放射男を取り逃したそうじゃないか。彼を放置しておくことは危険だ。早急に対処してもらわなければ困る」


 それを言われては、久我も立つ瀬がない。


「なら手伝ってくれ。アンタのスリーなら、速攻で居所くらい突き止められるだろう」


「悪いが手が離せない」


「だが、こうは考えられないか。アンタが必要としたときに、須藤は殺された。しかも異物絡みだ。これはアンタの悩みと、何か関係があるんじゃ?」


「無関係だ。それは断言できる」


「どうして」


「私の行動を邪魔したい者なんて、いるはずがないからだよ」


 これもまた奇妙な言葉だった。久我はついに柚木の説得を諦め、矛先を変えた。


「じゃあ、一つだけ教えてくれ。火炎男の手のひらには、結晶体のようなものが埋め込まれていた。あれは何だ? 何かの異物か?」


「それも聞いているが、そうした異物の存在を私は知らないし、関連しそうな情報もない。それだけに今回の事件には最大限の関心を持っている。何とか解決してくれ」


 今更嘘を吐いているとは思いたくなかった。久我はため息を吐き、踵を返した。


「さて、どうしたもんか」


 柚木への対応も悩ましかったが、彼の離脱は実務的にも大問題だった。調査活動は柚木が仕切る。作戦行動は久我が仕切る。それが完璧に定着してしまっていただけに、今更「後は任せた」と言われても、一人では手も頭も回らなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ